晴れの国、おかやま。
瀬戸内の温暖な気候にめぐまれ、穏やかに吹く風で深いブルーの海はきらめき、晴天の空では野鳥たちが自由気ままに飛び交う。瀬戸内海を背に内陸へ30分ほど車を走らせれば、歴史ある倉敷の古い街なみが広がる。柳が垂れる倉敷川には川舟たちが浮かび、風情漂う石畳の道がつづいている。そんな景色に惹かれて、中学3年生だったわたしがはじめての一人旅で向かったのはもう遠い昔。
まだ14歳だった、あの春の日。
はじめての一人旅、はじめて踏み入れる土地、はじめて感じる孤独感と高揚感。
カメラ、水筒、日記帳、お気に入りのお菓子たち、ガイドブック、好きな音楽たちで溢れるiPodをぎゅうぎゅうに詰め込んだリュックサックを背負い、ゆっくりと歩を進める。父にプレゼントでもらった一眼カメラでのぞく景色のすべてが新鮮で、カメラロールが1日に何百枚と更新されていたのをいまでも覚えている。どの瞬間も一期一会でかけがえがなく、朝から日が沈むまで目を輝かせながら、夢中でシャッターを切っていた。
「日本だけでもこんなに広く、新しい発見がたくさんある。日本の外は、世界は、一体どんな姿をしているのだろう」
考えてみれば、岡山での一人旅の経験が、今のわたしをかたどっているのかもしれない。
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14歳の一人旅から、14年という長い月日が経った。
季節はめぐり巡って2024年、ふたたび桜の花びらが舞う春に、岡山の倉敷駅へと降り立つ。
時が流れるのは、本当にはやい。この14年という歳月のなかで、初めての一人旅の時に感じた想いを抱えながら世界のあちこちを旅してきた。ふりかえると、旅という未知への好奇心に火花をつけてくれたのは、きっと中学3年生のときのあの経験だったのだろうなと思う。
14年越しに、同じ道をじっくりなぞるように、歩んでみる。イマドキな新しいお店がぞくぞくと立ち並んでいるが、14年前の面影は色濃く残ったままだ。桃太郎伝説ゆかりの地ということで、岡山名物のきびだんごをもぐもぐと頬張りながら散策する。伝統とモダンが絶妙に織り交ざった倉敷の街歩きは、いまでも楽しい。
桜吹雪に誘われるように進んでいくと、かつて訪れた阿智神社の前に立っていた。
石段を昇り、心静かに参拝する。14歳だったわたしは何を願い、祈りを捧げたんだろう。
そんなことを考えながら、再び街へと繰り出した。
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Photo by Nomadic Julien on Unsplash
ホテルで遅めの朝食をすまして、倉敷市街から瀬戸内の海へと車を走らせる。
道中には竹林や桜の木がたくさんそびえ立ち、車窓からはいるそよ風が心地いい。
駐車場に車をとめて歩き始めると、手をぶんぶんと振る3人の姿が目に入る。
「Hey, it’s lovely to reunite again in Japan! / やっほ、日本でまた会えて嬉しいよ!」
そう、今日は大切な友人たちとの数ヶ月ぶりの再会の日。タイ・チェンマイで意気投合して毎日のように一緒に過ごしていた友人たちが、日本にはるばる遊びに来てくれたのだ。
久しぶりの再会に胸が躍り、熱いハグを交わす。オーストラリア在住のフルリモートでバリバリ働く中国人のお姉さんと、日本のアニメやゲームが大好きで、それらのサウンドトラックをベースにLo-Fi音楽を制作しているドイツ人兄弟の2人。1年前にタイで出会ってから、バイクでチェンマイの旧市街を一緒に駆け巡ってムエタイに通ったり、クリスマスやお正月、互いの誕生日を一緒に祝ったり、お互いスランプに陥ったときも切磋琢磨してきた、家族のように大切な存在だ。
そしてみんな、世界各地を旅しながら生活しているデジタルノマド仲間でもある。そんな彼らは岡山にくるのははじめてとのことで、わたしがガイドすることになった。
目指す先は、王子が岳という山を登った先にある、カフェBelk。王子が岳はロッククライミングやパラグライダーの聖地としても有名な山で、ゴツゴツした大きな岩たちは迫力がある。
山の麓の駐車場に車を停め、みんなで雑談をしながら登山道へと向かう。
最近の仕事のこと、本やドラマのこと、日本で旅行している間に感動したこと。再会するまでの空白の数ヶ月を埋めるように、次から次へと話に花が咲いていく。マシンガントークにあわせて、少しはやいテンポで山頂までの階段を登る。山の中腹あたりから、みんな疲れてきたのか口数が徐々に減っていく。久しぶりのハイキングに少しヒーヒー言いながら、一歩一歩階段をあがっていく。木々のざわめきのなかに、ウグイスの美しいさえずりが響き渡る。
「わぁ!」
強い風が吹き、頭上で桜の花が乱舞する。みな足をとめて、青く澄みわたった空を背景に踊り舞う花びらに目を奪われる。風になびいていく桜を追ってうしろを振り返ると、瀬戸内の海と四国連山が目に映る。みな言葉は発さずに、ただただその景色を頭に焼き付けるようにたたずむ。
ずっと一緒に長い時間を過ごしてきたからか、お互いが何を想い、感じているのかなんとなく伝わってくる気がした。
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引用元:岡山観光WEB│王子が岳
最後の一段を上りきり、王子が岳山頂までたどり着く。この瞬間の直前にイノシシと遭遇したのはちょっとしたサプライズ。
せっせと1260段もの階段を登ってきたので、喉はかわき、お腹がぐうと空いてくる。息切れしながら、おのおのベンチへどっと腰かけていく。
「さて、みんなチーズテリーヌと珈琲でもどう?」
お気に入りのカフェがあることを秘密にして登ったので、予想外の問いかけにみんな子供のようにどっと喜び、早足でカフェBelkに向かった。
一足先にたどり着いた友人が、そっとカフェの扉を開ける。
引用元:るるぶ&more
青い空と海が一望できる店内は、ゆったりとした音楽と珈琲の香りで包まれている。大きな窓からはそよ風がなびき、中央のテーブルに置かれたあせびの木がゆれる。とてもシンプルで洗練された店内は、まるで絵画のフレームのように瀬戸内の景色を主役に引き立てているような佇まいだ。この空間だけ、時間の流れがゆっくりしているような錯覚におちいる。
注文を済ませて席に着き、みんな目を見合わせながらまだかまだかとご馳走をまつ。平日の夕方だからか客足が少なく、店内にいるのはわたしたちのみ。初めて一人で訪れた日は行列ができるほどの賑わいで、カウンター席で一人もくもくとチーズテリーヌを頬張ったのが嘘のようだ。先刻まで淡いブルーだった空は紅色に移り変わり、夕焼けに染まった街が見渡せる。
窓の外の景色に目を取られているうちに、チーズテリーヌと珈琲がちょこんと机へと提供されていた。
「いただきまぁす」少しまだぎこちない日本語で感謝の言葉を唱え、両手で合掌をする。
デンマーク産のチーズをつかった濃厚なチーズテリーヌが、口の中でとろける。目を瞑って五感をフルに使いながら味わいたくなるまろやかで上品な美味しさ。珈琲の苦味もデザートの甘さとよくマッチしていて、歩き疲れた体と心にしみていく。
「岡山、海も山も街もすべて絶景だね。また他の季節にも来てみたいな」
ひとりがそう呟き、「うん、またみんなで来たいね」と他のメンバーも続く。
一緒にまた来ようね。
そんな未来の約束を気軽にむすべる友人ができて、心からよかったと思う。
14歳の自分に、伝えてあげたい。あなたはこれからたくさん旅をして、広い世界をうんとみて、家族のような大切な友人たちと出会うんだよ、と。
【参考サイト】belk公式Instagram
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鷹永愛美
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