冬と春のはざまで、オランダのカーニバルの魔法にかけられた日

2月10日、土曜日。
いつもは静寂なオランダの冬の朝。
カーニバルの賑やかな音楽で、目が覚める。
窓の外には、青い空に、オレンジのグラデーションがたなびいている。

寝ぼけまなこをこすりながら、リビングへと向かう。
毎朝、家の中はコーヒーと焼きたてのパンの芳ばしい香りがただよう。幸せの香りだ。

「おはよう、エイミー。お化粧をして、カーニバルにパーっと踊りに行くわよ」と満面の笑みで手まねきしたのは、ホストマザーのマイ。タイで出会った友人のお母さんで、1ヶ月ほどのオランダ滞在を快く迎えてくれた。彼女がまとう青いベルベットのドレスには黄金色の星屑が彩られ、手には毎年活躍しているであろう、色とりどりのフェイスペイント用のパレットと筆が握られている。

マイが作ってくれた、少し季節はずれのクリスマスブレッドを頬張りながら、コーヒー豆をひく。オランダの「クリスマスブレッド」はドイツのシュトーレンに似ていて、ナッツやレーズンがぎっしり詰まった甘いパンだ。コーヒーをすすりながら、少しずつ目を覚まし、世界に感覚をもどしていく。

今日は待ちに待ったカーニバル。
化粧台では、マイが華やかな色合いの筆で顔にペイントをほどこしている。鮮やかな青にスパンコールがきらきらと輝く金色のペイントで模様をなぞっていく手つきに、熟練ぶりがうかがえる。

ご機嫌に鼻歌を歌いながら支度をするその姿をみて、きっとマイのおばあちゃんも、ひいおばあちゃんも、そのまたおばあちゃんも、毎年同じように心を踊らせながらカーニバルの準備をしていたんだろうなと思うと、歴史という系を人の手で紡いでいくこと、伝承の尊さに胸が打たれる。マイがわたしに用意してくれた衣装も、彼女のお母さんがつくってくれたものだという。何度かほつれを直したような跡があり、丁寧に、大切にされてきたことが伝わってくる。

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Photo by Aimi Takanaga

日本語で「謝肉祭」と訳されるカーニバルは、春の訪れやキリストの復活祭(イースター)を祝うカトリックの祝日だ。断食と苦行が義務となる「四旬節」の前に、人々は冬の間に蓄えた食料、お肉を存分に食べて、豪華な衣装を身に纏い、音楽にあわせてダンスに明け暮れるのだそう。

今回私がホームステイをしているオランダの南部、特にリンブルフ州では、カトリック教徒の伝統に基づいてカーニバルを盛大に祝う。カーニバル期間中は学校や職場に仮装で通学、通勤したり、交流イベントなどもあるのだとか。日本だとハロウィンの日には仮装して街に繰り出す光景があるが、オランダで仮装するのはカーニバル一筋。

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Photo by Aimi Takanaga

ちなみにオランダのお隣、ドイツのパレードでは、観客にお菓子や花束、お酒がふるまわれる。というか投げつけられる。オランダの国境から1時間ほどのケルンという街に留学していたときは、友人たちと持参した袋やかばんにその日収穫したお菓子や花束を詰め込み、合計で10kgくらいは集めた。グミ、チョコレート、クッキー、ポテチ、真っ黒なリコリスの飴玉。3日ほどでペロリと平らげてしまった事実はご愛嬌。

ドイツのパレードで何よりも興味をひきたてるのは、社会問題や政治を取り巻く世界情勢をこれでもかと風刺する山車の数々。昨年は血の風呂に浸かるプーチン大統領が話題に上がったが、これこそ「表現の自由」か、と痛感するほど毎年痛烈なユーモアで観客をあっと驚かせるのだ。

さて、2024年2月10日のオランダ。仮装をして、家のドアを開け外に繰り出すと、数週間の滞在で慣れ親しんできた街路がカーニバル一色に染まっていた。それぞれの家はカーニバルの飾りつけがほどこされ、色とりどりの仮装に身を包んだ人々が会場に向けて歩を進めている。午前10時頃にもかかわらず、ふらふらと千鳥足で向かう人たちもぽつぽつといて、思わずくすりと笑ってしまう。普段はもの静かで穏やかなオランダの朝からは想像できないほど、街は活気に満ち、音楽と笑い声があちこちから聞こえてくる。

青いウィッグにピエロの格好で、自転車をせっせとこぐおじいちゃん。
バービーとケンを模した、全身ピンクの衣装で練り歩く男女のグループ。
不思議の国のアリスの世界観をモチーフに豪華に着飾った大家族グループ。

小さい子どもから学生グループ、おばあちゃん、おじいちゃんまで鮮やかな仮装を身に纏い、気合いの入れようがわかる。

そんな光景を横目に歩きながら、あっという間にカーニバルのメイン会場へ到着。会場には生演奏が行われる広々としたステージ、ビール、おつまみなどの飲食を提供するテント、お色直し用の化粧室、子どもたちが自由に遊べるボールプールなどの遊具が完備されていて、子どもから大人まで楽しめるテーマパークのようだった。人々でごったがえす会場には、躍動感のあるカーニバル仕様の音楽と歓声がこだまする。

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Photo by Aimi Takanaga

「Hi! Are you having fun? / カーニバルは楽しんでる?」
気さくに話しかけてきたのは、マイの友人のロー。毎年、カーニバルでは各自治体ごとに「Prince of Fools(愚か者の王子)」と呼ばれるカーニバルのプリンスが選ばれるのだが、ローは数年前にプリンスとして抜擢された街の人気者、英雄だ。

愚か者の王子というとなんだか不名誉なプリンスのように聞こえるが、そんなことはない。
「Prince of Fools」の由来は中世ヨーロッパのカーニバル文化までさかのぼる。中世におけるカーニバルは、社会の秩序・規則が逆転し、身分や階級の違いが一時的に解消される期間だった。カーニバルの期間中、一般の人々は王や貴族を模倣した。一方の王や貴族は、「Prince of Fools」を通して「Fool(愚か者・道化役)」としておどけて振る舞う人もいたのだとか。

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Photo by Pascal Bernardon on unsplash

こうした文化的な背景から、現代のカーニバルにおいてプリンスに選ばれる人物は、カーニバルのあいだパレードやイベントなどを通して、人々を笑わせ、楽しませる役割を担う。とても大切な役まわりだ。実際、カーニバル初日には、本物の市長からプリンスに街の鍵(象徴としての作り物)が渡され、カーニバル期間はプリンスが実権を握ることが宣言される。この宣言と同時に、カーニバルは幕をあけるのだとか。

数年前にプリンスに選ばれたローも、とてもユーモアのある気さくなお兄さんで、カーニバルへの熱意が衣装や化粧の気合い具合でひとめでわかるほど。街への愛、情熱を溢れ出んばかりに語ってくるのも素敵だった。

カーニバルではみんなお酒に興じているが、ローも大の呑んべえ。1Lは入るビールジョッキを5本買った直後に、わたしとマイに遭遇したところだった。「日本からはるばるカーニバルに来てくれたせんべつに」と、ウインクとビールを差し出してくれた。さすがプリンスは器が大きい…

寒い冬の朝にもかかわらず、踊っているからか、お酒のせいなのか、体がほてる。
穏やかで落ち着いた、静的なオランダも好きだ。でも、活気にあふれ、混沌として、思いっきり動的なオランダも大好きだ。

近所の人、家族、友人ほぼすべての人が集う1年に1度のカーニバル。
きっと、これからも何十年、何百年と受け継がれていくであろう伝統。

今日は朝から真夜中まで無礼講。共に飲み、食べ、踊り、歌いながら愉快に過ごして、うんと宴を楽しもうじゃないか。一度きりの人生の、一期一会の宴なのだから。

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鷹永愛美

神奈川県横浜市出身。日々旅にして、旅をすみかとするデジタルノマド。わたしはどこから来たのか、わたしは何者か、わたしはどこへ行くのか探究中のスナフキン系女子です。文章やデザインを創りながら、世界の片隅で読書、バイク、チェス、格闘技に明け暮れている今日この頃。旅暮らしの様子はこちらから。