「夜」という非日常への旅

夜

「よっしゃ、やっと華金だ!飲みに行こ!」

10年前の私は金曜日には必ずと言っていいほどお酒を飲みにいき、同僚と仕事の愚痴を言ったり、朝までカラオケしたりと「夜」を謳歌していた。

そして時は2024年。今の私はというと「夜」という存在から遠く離れたところにいる。

子供が産まれてからというもの、夜に家の外にいることがほとんど無くなった。思い返してみても、半年の間に片手で数えられる程しか18:00以降に出歩いた記憶がない。

だから今、「夜」は私にとって非日常だ。

そんな2024年のとある金曜日、唐突に夕方から夜にかけて一人で街をぶらぶらする機会を得た。

まず、太陽が沈み空が暗くなってくると、そわそわしはじめる。

大丈夫だろうか(何が)。理由もなくどこか少し不安になる。夜慣れしていないせいだ。

そして、いつもなら保育園のお迎えからの夕食作りに風呂に寝かしつけと怒涛の生活をしている時間に、一人外にいても何をしたらいいのかよく分からず、就業時間を過ぎた後もパソコンを前にカタカタと仕事をしたりしてみた。それが意外と楽しい。「遅くまでカフェで仕事している私」というのが、“稀有だからこそ”なぜか愛おしい。

そろそろやめるかと区切りをつけて、席から立ち上がる。さて、映画でも行こうか。いや、でも今日は金曜日だからデートのカップルで混んでいるかもしれない。そんなに見たい映画もないしな。とりあえず自転車に乗って街を走る。

空を見上げると、星が一つ、二つ、三つ、四つ、五つ。なんだ意外と都会でも星って出てるんだな。昼間の空はよく見上げるが、夜の空を久しぶりに見上げたことに気づく。「夜空の向こう」が聴きたくなった、もとい歌いたくなった。夜の街を自転車をこぎながら大熱唱している人の気持ちが分かった気がした。

やることが思い浮かばないので、いっそのこと家に帰ろうかと思ったのだが、いやいや夜に一人でぶらぶらできる機会なんてなかなかないぞ?これは旅だぞ?非日常だぞ?そうだ駅前に入ったことがない、赤提灯の灯った焼き鳥屋があったじゃないか、あそこに行ってみよう、お腹も空いたし。と一度向かった家の前を通り越して駅前まで向かうことにした。

お目当ての焼き鳥屋はすぐそこだ。しかし、店の前を通りすぎる。やっぱりだめだ。金夜に一人で焼き鳥屋なんて、入れたもんじゃない。近くに遅くまでやってる本屋があったな、とりあえずあそこに本を買いに行こう。

そうして本屋で小難しい雑誌を買い(これはすんなり出来た)、また焼き鳥屋の前を通る。中を覗いてみたが、まあまあ人が入っている。一人客はいなそうだ。やっぱりいいや、帰ろう、コンビニでご飯でも買って帰ればいいや。そう思い自転車まで向かったのだが、心のなかの自分が叫んだ。「何やってんだ!こんなチャンスはもうなかなかないぞ!夜の焼き鳥屋に一人で行くなんて!行くんだ!自分!ほら!」やっとの思いで踵を返し、ガラガラと店とコンフォートゾーンの扉を開けた。

店内にはカウンター席に二人連れが二組。テーブル席に四人組が二組座っていた。カウンター席に座ると、煙がもくもくと上がるなかから店員が現れ、オーダーを取る。焼き鳥が来るまで暇なので、携帯に目を落とす。ふと周囲の話し声が耳に入ってきた。

「ほんとあれは許せねえよ!」なんだか分からないが仕事関連の苛立ちを大声で話し怒る人。しかし少しすると話題が変わったのか、ガッハッハ!と盛大に笑い出した。一人のガッハッハ!をきっかけに、至るところに波及してガッハッハ!で店が満たされていく。

こんなに人が盛大に笑うのを久しぶりに耳にした気がする。なんだか私も可笑しくなって一人でクククと口角を上げた。朝や昼より、夜のほうが人は盛大に笑うのだろうか。お酒の影響も大いにあるだろうが。

夜の街は怒ったり、笑ったり、騒がしい。その騒がしさは、花火が打ち上がり、ドカン!という音を聴いたときの爽快感にも似た感覚を私に与えた。なんだか楽しかった。

食事を終えて店を出る。さて、もう帰ろう。頑張った!

金夜に焼き鳥屋に行って、何が頑張ったなのかよく分からないが、私にとっては飛行機に乗って見知らぬ街に旅に出るくらいの緊張感がある非日常体験だった。昔はそれが日常だったのに。

いつも出ない時間に、いつもの街を歩いてみる。
すると、その街や世界の別の顔を発見する。
新しい気づきがある。

非日常は案外に側にあるものだ。
夜に出歩くのが多い人なら、早朝に街を歩いてみたらいい。
きっと何かに出会い、何かに気づくはずだ。

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飯塚彩子

“いつも”の場所にずっといると“いつも”の大切さを時に忘れてしまう。25年間住み慣れた東京を離れ、シンガポール、インドネシア、中国に住み訪れたことで、住・旅・働・学・遊などで自分の居場所をずらすことの力を知ったLivhub編集部メンバー。企画・編集・執筆などを担当。