奥多摩の湖にカヤックで浮かびながら「東京マウンテンツアーズ体験記 (前編)」

朝7:00。朝日が煌めく水の上に浮かぶ。

視界に入るのは、水と木々だけ。

遠いのか近いのか分からない靄がかった山に向かって、パドルを動かし、ひとかきひとかき水をつかみながら進んでいく。

教えられた方法を体に必死に伝達しながら一生懸命漕ぐも、カヤックはぐるぐると回転し、なかなか行きたい方向に進んでくれない。

「行き先を見続けてください」

ガイドの後藤めぐみさんがアドバイスをくれた。リバーカヤックは曲がりやすくできているという。人生も同じだなと感じる。ふとしたきっかけですぐに曲がる。真っ直ぐにはなかなか進んでくれない。けれど、曲がったことで反対向きに見た景色が美しかったり、それで進みたい向きが変わったりもする。

1時間があっという間に過ぎて、少し濡れた服を着替えると朝8:30。湖の見える特等席に、奥多摩近郊で取れた新鮮な野菜たっぷりの朝ご飯が並ぶ。銀色のお鍋からカップに注がれたかぼちゃのスープの美しさに見惚れながら、ゆっくりと朝食を頂いた。

かぼちゃのスープ あさごはん

「湖の水、澄んでいて綺麗でした」

「綺麗ですよね。なんで綺麗なのか分かりますか?」

「うーん…なんでだろう」

「周辺の森林がきちんと整備されているからなんです。枝打ちや間伐といった光が地面に届きやすく、草や低木が育ちやすくなる活動が行われているので、この白丸湖周辺は比較的健康な森が育っています。森が健康だと、土がふかふかになり保水力が高まるので、雨が地中にゆっくりと染み込む間にろ過され、きれいな水になるんです(※1)」

なるほど。森林と水にはこうした関係があるのか。学校で習ったようで忘れている自然の基本原理を思い起こす。

「昔はこの場所は神奈川だったんですよ」

「え!」

「多摩川を自分の自治体にして、東京の水を綺麗にするために、130年前くらいに東京になったんです」

全く知らなかった事実に驚きつつ詳しく調べてみると、当時の江戸・東京の人たちの主な水源であった多摩川が流れる ”三多摩” と呼ばれる今の東京の西側地域は、1893年に神奈川県から編入されたと国立公文書館の記事に記載されていた。(※2)

現在東京の水道水は利根川と荒川水系が80%を占めるが、17%は多摩川水系のものが使用されている。水需要が最も多い夏季や利根川・荒川水系の水質事故時、渇水時などに多摩川の水が利用されるという。(※3)

このように東京の綺麗な水を確保するために、東京都水道局は約120年前から、多摩川上流に広がる奥多摩町、山梨県の小菅村、丹波山村及び甲州市を含む約25,000ヘクタールの森林を「水道水源林」として管理してきたのだ。(※4)

考えてみれば当たり前のようでもあるが、「水道局が森林の管理を長年してきた」という事実に大きな驚きと感謝が同時に芽生えた。

そんな驚きの事実に気づくきっかけをくれた後藤さんは、多摩川上流で1997年にオープンしたカヌースクール グラビティの代表で、今回私が参加した体験のガイドを担当してくださった。後藤さんの趣味は「林業」。7年前から触れ始めた林業を通じて学んだことをきっかけに、カヤック体験を提供しながらも、体験の合間にこうして森林や水のことなどを参加者に伝え始めたという。

ガイドの後藤めぐみさん

後藤めぐみさん

間伐が水や川を良くしていることも、今お話したようなことも、7年前は何も知らなかったんです。なんとなく木が切られて丸ハゲになると、川がちょっと濁るなとカヤックをしながら思っていた程度で。でも縁があって林業に触れる機会があり、本を読んだり勉強をしていくなかで色んなことが分かってきました」

「岐阜県にある長良川が好きで、昔から年に数回は川下りをしに行っているんですが、毎年定期的に通っているなかで川の変化を感じていました。東海北陸自動車道が2008年に長良川に沿って出来たんですが、工事が進み徐々に道ができるのにしたがって、川の様子が変わっていったんです。昔は大雨が降っても川の水はそんなに濁らず、降った後も少し水量が多いかなくらいで、ゆっくりと10日や2週間かけて引いていく感じでした。それが今は、雨が多く降ると水位が一気に高くなって、みるみるうちにすぐに減っていくのが分かるんです。高速道路を作るために木々を伐採し、作業道を作るために山の土を固めてしまったので、周辺の土地に保水力がなくなって、雨が降っても地面に水が染み込まずに、そのまま川に流れてきて一気に水位が上がってしまうんですよね」

「北陸自動車道が出来てから2回大きな洪水が起きています。温暖化だけが原因ではなく、山の状況が変わることによって、洪水の元となっているんです。(※5)こうしたことが、みんなに知られるといいなというのが最近の課題です」

白丸湖周辺の美しい森林

「でも、『環境問題』と眉間に皺を寄せてしまったらみんな敬遠しちゃうと思うんですよね。だから『楽しい』が入り口になるのが大事だと思っています。林業も単純にすごく楽しいんですよ。東京都水道局が水源林を整備する目的で実施している『多摩川水源森林隊』という、豊かな水のための森づくりボランティアがあるんですけど、すごく楽しいんです!」

「木に登ってノコギリで枝を切ったり、道のないところに道を作ったり。鬱蒼としていた空間に光が入って気持ちのいい空間になっていくと、みんなで掃除して綺麗になった時のような清々しさを感じます。作業が終わると、施設にお風呂が湧いていて、ご苦労様でしたとお風呂に入って汗を流してから、奥多摩駅でビールを飲んで帰る。最高ですよ…。時期によって作業内容は違うんですけど、本当に楽しいです。友達を誘ってアクティビティに参加する感じでワクワクしながらいつも参加していますし、カヤックを体験しにきてくれた方にもおすすめしています」

湖でカヤックを体験して美味しい朝ご飯を食べにきたつもりが、気づくと東京の歴史や森林と水の関係性を学び、林業体験をしたくてたまらない気持ちになっていた。なんと濃い朝時間だったのだろう。

今回のツアーは、東京の山間地域を中心に地域や人と出会い、関係を育みあい、楽しみながら地域課題を学びあう体験ツアーを提供している「東京マウンテンツアーズ」が企画、提供していた。記事後半では、「東京マウンテンツアーズ」のツアー企画を担当している青木祥民さんにお話を伺った。

(※1)東京都水道局 | みずふる – 水源林のはたらき
(※2)国立公文書館|変貌 – 35.三多摩を東京府に編入
(※3)東京都水道局|みんなでつくる水源の森実施計画2021-概要版-
(※4)住友林業グループ|森がなくなると、なぜ洪水(こうずい)がおこるの

【参照サイト】カヌースクール グラビティ
【参照サイト】東京マウンテンツアーズ
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飯塚彩子

“いつも”の場所にずっといると“いつも”の大切さを時に忘れてしまう。25年間住み慣れた東京を離れ、シンガポール、インドネシア、中国に住み訪れたことで、住・旅・働・学・遊などで自分の居場所をずらすことの力を知ったLivhub編集部メンバー。企画・編集・執筆などを担当。