日本ワーケーション協会に聞いた、ワーケーションのもつ地域活性の可能性

いままでも私たちは、日本全国様々な場所を旅してきた。

日々の連なりに束の間の別れを告げ、温泉や自然、食べ物を求め移動する。予約していた宿に泊まり、家族や友達と町を歩いて回り、観光地を訪れたり美味しいものを食べたり。

そういった旅を思い返す時、訪れた地域に住む人々と深く話をしたり、その地域の日常や課題などに頭を巡らせた記憶はそこにあるだろうか?

交流を好む人であれば、いくつか思い出すこともあるだろうが、おそらく多くの人があまり思い返すことのできない記憶なのではないかと思う。

近年「ワーケーション」という言葉をよく耳にするようになった。ワーク(仕事)とバケーション(休暇)からなる造語であるワーケーションでは、今まで旅や休暇で訪れていたような土地で仕事もする。完全な旅行者ではなく、旅行者であり仕事人である自分として、もしくは仕事人や生活者である自分としてその土地を訪れるのだ。

その時、自分に見えるその土地は、旅行者として訪れた時とは少し異なったように映る。その目線や姿勢に、従来型の旅では持ち得ない、地域活性などの様々な可能性が秘められているように筆者は思う。

今回お話を伺った一般社団法人日本ワーケーション協会代表理事の入江真太郎さんも、ワーケーションのもつ地域活性の可能性を信じている人のうちの一人だ。

協会立ち上げ前に感じていた旅行業への違和感、ワーケーションのもつ地域活性の可能性、現状日本で行われているワーケーションの7つのタイプの説明から、各地域がワーケーションをより有効に推進していくうえでのポイントまで、お話を伺った。

話者プロフィール:入江真太郎さん

(一社)日本ワーケーション協会代表理事。長崎生まれ、育ちは福島、秋田、茨城、徳島等各地を転々、京都・同志社大学社会学部卒業。現在は大阪府在住。(株)阪急交通社等で旅行業他様々な業種を経験、その後、ベンチャーを経て(株)Discovery Real Japan観光事業やその他海外進出支援事業等を展開。北海道から沖縄まで、仕事を通して各地と関わりを深めていく。地域振興、豊かなライフスタイルの実現が可能なワーケーションを事業として高い関心を持ち、京都で協会設立。新潟、長崎、山口等の地域で自治体や市民団体、民間企業のアドバイザーも務める。

目次

旅行会社で働きながら感じていた違和感

「現在の活動をする前、旅行会社などで働いていたのですが『各地域に送客したら、そこで役目はおしまい』ということに対してどこかずっと違和感を感じていました。どちらかというと、送客した後の地域づくり、関係人口づくり、地域の仕事づくりまでつながっていくような意識を持ってやれないかなと考えていたんです。」

出生地は九州。出身地は東北。それぞれ香川と長崎出身のご両親の元に生まれ、仕事の関係でさまざまな土地に住み暮らした幼少期。その後、ご自身の仕事では旅行会社に就職し、全国をリモートワークで働きながら回りつつも、上述のような考えを抱いていたという入江さん。

そんななかで、2017年-2018年。ワーケーションという考え方に出合い、いち早く実践をしながら過ごすなかでコロナの第一波がやってきた。

「このタイミングで恐らく日本でも働き方が見直されるなと思ったので、よしやろうと決めて現状の理事たちを集めて、日本ワーケーション協会を立ち上げました。」

改めて、ワーケーションとは?

ワーケーションとは、非日常の土地で仕事を行うことで、生産性や心の健康を高め、より良いワーク&ライフスタイルを実施することができる1つの手段

上記が日本ワーケーション協会のサイトに記載されているワーケーションの定義。この言語化の背景にはどういった意図があるのだろうか。

「ワーケーションは、生き方・暮らし方・働き方など、多様なワーク&ライフスタイルを叶えるための一つの手段だと考えています。一つの手段であり選択肢なので、大前提として全員が必ずやるべきものであるとは思っていないんです。ワーケーションもリモートワークも、人により向き不向きがあって、例えばオフィスに行かないと仕事が出来ないというタイプの方もいると思います。そういう方に強制するものではないと思うんです。けれど、例えばコロナ禍を通して、リモートワークのほうが自分には合っていると感じた人がこれからもリモートワークを選択できるなど、多様なワーク・ライフスタイルが許容される社会になって欲しいなとは思っています。選択したい人が選択できる社会に。」

実際、少しずつ多様な働き方を求める個人の声は大きくなってきている。例えば、パーソルキャリアが、20-30代の転職サイトdodaの会員を対象に行った調査でも、転職を検討する際に、リモートワーク・テレワークを実施しているかどうかが応募の意向に影響すると回答した人の割合は6割とでている。(※2)

「企業もそういった声を意識して変わっていかないと、特にこれからの世代に働き方の点において評価されなくなる時代が遅かれ早かれ来るように思います。我々としても、より様々な企業が多様な働き方を推奨していけるように、特定の大企業などの事例だけでなく、より多様な法人の取り組みを取り上げていく必要があるなと感じています。」

「ワーケーションって、ここ1-2年で結構流行ってきたなといったイメージがあるかもしれないんですが、僕たちとしては全く流行っていると思っていなくて、むしろ5-10年しっかりと時間をかけて推進していく必要があることだと思っています。その10年後に向けて、時間をかけて、各所と連携しながらみんなで一緒に、より良いワーク&ライフスタイルを個人個人が実施するための手段の一つであるワーケーションを推進していければと考えています。」

ワーケーションのもつ地域活性の可能性

ここで日本ワーケーション協会の掲げるビジョンを見てみよう。

・リモートワーク、ワーケーションを豊かなワーク&ライフスタイル実現の一環へ
・新たなワーク&ライフスタイルを通した地域活性

一つ目に関しては、前述した内容である。ここでは2点目について具体的にお話を伺った。

「日本の各地域で、人材を募集しても人が来ない。若い層がすっぽり抜けている。あとは、例えば伝統工芸のようなその地域ならではの文化を担う生業も後継ぎ不足により途絶えてしまうとったような問題が起こり始めています。」

「またそれとは別に僕自身、以前から過度な東京一極集中に対して結構危機感を持っていました。例えばアメリカを見ても、シアトル、ロサンゼルス、ニューヨークなど複数の場所に会社も人々も点在している。中国も北京・上海・広州。ドイツもベルリンもあるし、ミュンヘンもあって。なのに何故か日本は『まず東京から』という発想にどうしてもなってしまいがち。だから地域独自性が失われてきた。しかし現状その状態で日本の世界での競争力が高いかと言われると疑問がある。やはり人が集中してしまうと、同じアイデアしか生まれなくなるのではと思うんです。」

「その点、ワーケーションは、新たに多様なアイデアが生まれる可能性を秘めたワーク&ライフスタイルだと思っています。都市部やローカルなど、様々な地域の人々がワーケーションを通じて移動し関わりながらアイデアをシェアしあって、それぞれの地域独自のアイデアでビジネスをどんどん作っていく。」

「移住して人口が増加したということが地域活性ではなくて、こんな風に人やアイデアが行き交う中で地域に仕事が生まれお金が回る、ちょっと理想論かもしれませんが、そういったことが地域活性につながるのではないかと思っています。また、その過程を通して、地域の魅力が再発見されたり新たに生まれ、その魅力に吸い寄せられるように人が来ることにもつながっていくのではないでしょうか。」

ワーケーションの7つのタイプ

日本ワーケーション協会では、ワーケーションを7つのタイプに定義している。それぞれが個々に行われる場合もあれば、2つ以上が組み合わさることもあるという。

「大きく分類すると、左上の『休暇活用型』『拠点移動型』の2つが個人向け。右上の『会議型』『研修型』が法人向け。下の3つがその他となっています。」

「コロナ禍を通して会社員の個人の方の働き方の多様化が起こってきていて、個人向けの『休暇活用型』『拠点移動型』はどちらも実施が増えている印象があります。例えば、多拠点居住サービスのADDressさんやHafHさん、LivingAnywhere Commonsさんは最近会社員個人の会員が急増しています。その他にもOtellさんだったり、U-bokuさんだったり、個人向けのワーケーションに関する色々なサービスが全体的に伸びてきています。令和4年度は働き方改革を目標にすると宣言している企業も増えているので、ここからさらに会社員の個人の方のワーケーションは増加していくのではないかなと思っています。」

課題1.それは経費で落ちません

個人でのワーケーションが増加する一方、法人向けのワーケーション推進には方々課題がみられるという。まず入江さんが推奨する、現状誰もワーケーションを実施していないような法人がワーケーションを導入する際のステップを下記にて共有する。

STEP1. まずは法人向けのタイプ(会議型・研修型)を試してみる
STEP2. 上記が上手くいき、福利厚生でもワーケーションを導入する効果がありそうと判断できれば福利厚生型ワーケーション(個人型ワーケーションのサポートなど)導入を検討する

最初から福利厚生での導入を検討しようとするのではなく、まずは会社として経費を使える内容で、普段の職場とは異なる環境で会議や研修を行ってみるなど、取り組みイメージが湧きやすくルールの大きな変更など必要がないところから始めてみるのが良いということだ。

上記を踏まえ入江さんのお話を引き続き聞いてみよう。

「ワーケーションと単に言っても、7つに定義分けしている通り日本には様々なタイプのワーケーションが存在しています。ただ現状、そのタイプを認識しないままワーケーションを一括りにざっくりと考えて提唱している地域が多く見られます。ワーケーションの7つのタイプは、そういった地域の方々に『マーケティング視点で考えて、ターゲティングをしましょう』ということを伝えたくて作成したんです。」

「例えば、地域の作成したモニターツアーの中には、アプローチ方法とターゲットに差異があるものをよく見ます。『朝から晩まで観光詰め詰めの個人向けのプラン』を『働き方もまだ多様化しておらずワーケーション実践者もいない法人』に対して提案しているといったような感じです。」

「このような状況の法人に対して『観光プラン満載のワーケーションを導入すれば、社員のモチベーションや生産性アップにつながります』と伝えたところで、『本当?というか、そもそも平日の業務時間内に観光するってどういうこと?労務や経費などのルールはどうする?補助が自治体からでるの?行くことでどういった効果がある?』などなど、様々なルールも整っておらず導入には程遠い。」

「特に法人が実施するなら一番大きな課題は『経費』です。もしワーケーション先に仕事があるのであれば、出張扱いにして経費計上ができますが、そこに仕事がないのであればそれは休暇になるので、一企業の規定ではなく税務署の規定的に経費計上が認められない。なので、観光や遊び目的のワーケーションを法人に提案しても意味がないんです。大前提、それは経費で落とせないので。だからこそ、法人に来て欲しいのであれば、経費が出せて、費用対効果の明示もしやすい、会議型や研修型といったプランを作るべきではないかなと思います。法人と個人はターゲットおよびアプローチの仕方は全く別だと考えています。僕ら協会としても、どうしたら『ターゲティングをしよう』ということが伝えていけるかは大きな課題としてありますね。」

多くの地域が適切なターゲティングができていない状況で、逆に上手くアプローチできている地域はあるのだろうか?

「法人向けだと、例えば長野県立科町は成功事例だと思っています。開発合宿へのワーケーション活用のアプローチで令和4年度も多くの予約が入っていると聞きました。また新潟県妙高市のように研修旅行にきてもらって、テレワーク時代に分断されてしまった社員のコミュニケーションを学んでいきましょうといったものもいい取り組みだなと思いますね。」

「また法人向けアプローチにおける課題として、サテライトオフィスについても、いきなり話が飛びすぎではと思います。例えば、研修型ワーケーション等で繰り返し何度か地域を訪れたことで、その場所にある課題が見つかって、その地域と一緒にビジネスするようになったのでオフィスが必要になりましたという筋道。もしくは、多様な働き方が推進されたうえで、福利厚生としてサテライトオフィスを作ります。という流れもあるとは思うのですが、現状はその仮定を全て飛ばしている事例が多くあるので、もう少しストーリーを組み立てる必要があると思っています。」

課題2.金太郎飴を作るのはもうやめよう

日本は元々300程の藩に分かれていた。藩はその当時、一つ一つが小さな国のように機能していたと言われていることを考えると、日本の中には300以上の土地ごとの文化や流行など様々な違いが数多く存在したはずである。しかし2022年現在、その違いはどこまで残っているだろうか。全国を訪れた経験のある入江さんはこう語る。

「地域ごとの様々な違いは昔に比べれば薄れてきていますよね。ワーケーションにおいても、各自治体が様々な広報をしていますが、自分の町の独自性を認識して、ワーケーション推進の目的を設定したうえで取り組めている自治体は本当に一部だと思います。『ひとまず言葉として流行ってもいるしワーケーションをやろう』という地域の方が多いのが現状だと感じています。」

「またワーケーションは行政だけで取り組んでも意味がなくて、民間も巻き込んでいかなくてはならないと考えています。このままいくと、潰れるとか、誰も使わないワーケーション施設などがかなり多くなると思います。民間を巻き込んでいかないと国の補助を入れ続けないと維持できず、こういった状況になってしまうんですね。なのでやはり民間を置き去りにせずに、ただただワーケーション事業を自治体の実績にしようとせずに、民間と一緒にタッグを組んで民間事業者も経済的に潤うように地域事業として取り組む必要があると思います。」

「ワーケーションを通した地域として理想的な地域を挙げるとすると、僕の考えでは『軽井沢』です。軽井沢を含む長野県ではワーケーションをリゾートテレワークと言っています。移住、関係人口創出、民間がビジネスを立ち上げるといったような、ワーケーションをきっかけに各地域が期待したいことが全てできている。地域のベースとして昔からある『別荘文化』に伴い、外から来て暮らすように滞在するライフスタイルを送る人が、住民の生活に自然に溶け込み受け入れられてきたという土壌がある。もちろん元々の文化的なアドバンテージがありますが、それでも理想的な姿に近いと感じています。さらに、行政ではなく民間事業者が、そういった外から来る人たちが、働く場所を必要としているというニーズを自ら汲み取ってコワーキングスペース等を立ち上げている。軽井沢エリアには、その流れもあり30程の民間運営のコワーキング施設があるんですよ。逆に民間から取り組み協力を役場にお願いしているくらいです。」

「これが出来るのって『別荘文化』がもともとあったからだよね。と考える人もいると思うんですが、でもこれって地域にもとからベースとして存在していたもので、それを活かしているだけなので。別荘文化を今から真似するということではなくて、それぞれの地域にベースとして存在するこうした独自色を認識して取り組んでいくのが大事だなと思いますし、あらゆる点において、軽井沢のワーケーションから真似ではなく参考にできることは多いと思います。例えば、コワーキングなどの施設に関しても、地元の利用者がちゃんといるところだけが残っているんですよね。そういった施設がどう運用されているかなども、一度みに行ってみるのはいいのではないかんと思いますね。」

「あとは最近だと、静岡の東部の例えば三島市は、施設を立ち上げるタイミングから地元の人にもDIYなどに参加してもらって一緒に作ったりして地域と溶け込んで運営をしている印象があります。今は町の方々がイベントをするためにその場所を使ったりもしています。新潟県の糸魚川市は、将来的に民間に移管するために、今から民間と連携してワーケーション推進を行なっています。行政が民間のキーマンをしっかりと見つけて連携しているので、何かするときには、◯◯さんと◯◯さんと一緒に動こうといったように、上手く一緒に動けている印象があります。」

「また官民での連携に加えて地域がワーケーションに取り組む上でキーポイントになるのが、いかに訪れた人を最短距離でその地域の面白い人と会わせるか、だと思っています。滞在中に地域のキーパーソンを軸にして、訪れた人が繋がりたい人と出会っていくことができれば、その地域に受け入れられているなという気持ちにもなると思いますし、次またきてみようかなと関係人口的な関係性にもつながっていきやすいと思うんです。そういうキーパーソン、つなぎ役のような人たちの育成を我々としてもしていかないといけないなと思って、『ワーケーションコンシェルジュ』=①ワーケーション実施者 ②地域の魅力を訴求できる ③ワーケーションに関する専門知識・技術を有する こちらの3点それぞれに当てはまるワーケーションの専門家の認定と育成を行なっています。」

ワーケーションのこれから

「令和3年度の総務省のデータをみると、30-34歳って関東1都3県から転出超過に変わっていたんですよ。確かに位置関係によって茨城や長野、山梨が増えたというのはわかるんですが、実は福岡、北海道、北東北、熊本、宮崎、鹿児島、沖縄なども転出よりも転入数のほうが多いんです。この傾向からもわかるように、これから住む地域や働き方などの選択肢は引き続き増えていくと思うんですよね。これからの時代、人口急減社会という問題は避けられないと思うので、そういったものに対してワーケーションという新しいライフスタイルが何か一つでも、それだけでは完全な解決は難しいかもしれないけれど、地域の課題解決の1つの糸口を担っていけるといいなと思っています。」

「あとは、ファミリーでワーケーションという話も結構最近上がってきていますよね。まだまだ完璧に環境が整っているわけではなく各地域、模索が続いているのが現状ですが、子供がローカルで学ぶ意味も大きくなると思います。ファミリーワーケーションを推進したい!という思いをもった方が増えてきている印象はあるので、ここは新しい流れになるのではないかなと思います。」

さいごに

「地域や企業からも『まず、何をしたらいいですか?』という質問をよくいただくんですけど、やっぱりまずは本人がやってみない限りイメージができないと思うんです。なので、『まずみなさん自身が近場でも日帰りでも良いからワーケーションをしてみてください』とお伝えしています。1回目から遠くに行くのはハードルが高いと思うので、近場の普段行かない場所にワーケーションしに行く、普段乗っている電車の反対方向に乗ってみるなど。ぜひ、まずは自分自身でできる範囲で経験してみてほしいですね。」


今はまだ、ワーケーションやリモートワークなどによって起きる様々な変化の入り口に私たちはいる。アメリカから始まった生き方・暮らし方・働き方の多様化の流れが今後10年、20年の時間をかけて、日本のなかで個人・地域・企業にそれぞれどのような変化を及ぼしていくのか。特に日本の多様な地域にどういった影響を与えていくのか。引き続きその可能性から目が離せない。

(※1)観光庁 受入地域・観光事業者の皆様
(※2)パーソルキャリア doda「第3回リモートワーク・テレワーク企業への転職に関する調査」

【参照サイト】一般社団法人 日本ワーケーション協会

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飯塚彩子

“いつも”の場所にずっといると“いつも”の大切さを時に忘れてしまう。25年間住み慣れた東京を離れ、シンガポール、インドネシア、中国に住み訪れたことで、住・旅・働・学・遊などで自分の居場所をずらすことの力を知ったLivhub編集部メンバー。企画・編集・執筆などを担当。