長野県北西部に位置する白馬村。雄大な北アルプス白馬連邦に囲まれた白馬村は豊かで美しい山岳環境や里山の景観に恵まれ、夏の登山や冬のスキーだけでなく四季を通じてさまざまなアウトドア体験を求め、多くの人が訪れている。しかし、世界でも有数のパウダースノーを楽しめる場所として有名な白馬村でも近年雪不足の問題に陥っており、その原因の一つに気候変動が挙げられる。
このような状況に危機感を感じ、自ら行動を起こしているのが、白馬村でペンションを営む宗川公紀さん。「IL BOSCO(ボスコ)」と名付けたペンションで環境に配慮した宿泊場所を提供すべく自然エネルギーの導入や地産地消食材の提供など、さまざまな工夫をされている。今回Livhub編集部は宗川さんのペンション「IL BOSCO」での環境に配慮した独自の取り組みと宗川さん自身がサステナブルな宿泊場所を提供する立場として感じている、旅行に対する想いを伺った。
自然を未来に残したいという想いでサステナブルな宿を運営
まずはじめに、IL BOSCOの特徴を宗川さんにご紹介いただいた。
「IL BOSCOは、標高3000メートル級の山岳地域や、何キロもつながる森林トレイルなど、自然を満喫できる楽しいフィールドの中にあります。しっかり自然の中で遊んでいただき、遊び終わったらIL BOSCOでゆったり過ごしてほしいという想いで営んでいます」
IL BOSCOは、イタリア語で『森』を意味する。森林は、快適な温度、湿度、酸素、静けさ、柔らかい光、音、香りを放つ。森林浴をすると、ストレス軽減や免疫力が回復し、より健康でいられるといわれるほど、人間にとっても大切な存在である。
「そんな偉大な森を未来に残すため、森の豊かさを知って、自然の大切さに興味を持っていただけたらうれしいです」
そう笑顔で話す宗川さんは、2019年からサステナブルな宿を目指し日々取り組んでいる。
どのような経緯でサステナブルな活動に興味を持ち、宿の経営にも環境を配慮した工夫を取り入れるようになったのだろうか。
「行動をしていないのは自分自身だ」きっかけは白馬村での勉強会
宗川さんは、30歳まではサラリーマンとして都市開発などに携わっていた。
「白馬村には学生のころから季節労働者としてスキーのシーズンに住み込みで働きに来ていました。冬の白馬は厳しい環境なので住むことは考えていませんでしたが、夏に訪れてみると、とても緑が豊かで冬とは違う顔を見せ、いつか白馬に移住しようと決意し、時間があれば白馬に何度も足を運んでいました」
しかし、会社勤めでは白馬には移住できないと考えた宗川さんは会社を辞め、白馬へ移住するために宿を営むことにしたのだ。
「会社を辞めて、宿を運営するのであれば料理を作れるようになるべきだと考え、イタリア料理を学ぶために働いた後、2006年にIL BOSCOを開業しました」
開業当初はおいしいフルコースを提供する宿として人気の宿だったIL BOSCO。当時はおいしい料理を提供すべく、寸暇を惜しんで宿泊客に料理作りに集中していた。
日々せわしなく宿泊客をもてなしている中、2019年に開かれた勉強会に参加した。
「Protect Our Winters Japan(POW)や自然エネルギー信州ネット、Hakuba SDGs Labが村で開催した雪国でのソーラーパネル設置に関する勉強会で、世界の気候変動の実態やこのままでは白馬の自然も守ることができなくなるという事実を知りました。自分自身もサラリーマン時代は開発側としてダム建設などに携わりながらも環境を破壊する行為に悲しいとは思っていましたが、何も行動できていませんでした。大好きな自然を残したいという想いだけを持っていながらも行動していないのは自分だと気が付き、行動に移すことにしました」
こうして宗川さんは2019年より、サステナブルな宿を目指して動いていった。
建物からエネルギー、食材にまで環境に配慮した宿
サステナブルで快適な環境をつくるために、客室は無垢のフローリングや珪藻土の壁など、自然素材で仕上げている。そして館内は、薪が香るラウンジや緑の中のウッドデッキ、さらには大浴場では檜風呂に浸かることができ、ゆったりとくつろげる空間を提供している。
「料理は地域でとれる季節の旬の食材を使って作っています。地元の旬の野菜や果物を食べることで、約913kgのCO2排出を削減でき、これは35本の木が1日に吸収するCO2の量に相当します」
さらに電力は、太陽光発電設備と再生可能エネルギー100%の購入電力を使用し、暖房や給湯用の熱は薪だきボイラー設備から得ている。照明、洗濯機、食洗機、冷蔵庫などの平均的な電気使用量を考えると、58本の木が1日吸収する量のCO2が削減できる。また、薪ボイラーも同様にガスと比較すると、約35本の木が吸収する量のCO2を節約するという。
宗川さんは自ら海外の情報を検索し、英語で書かれた情報を参考にしながら独学で設備を導入していったのだそう。ホームページでは、従来型の消費方法と比較してどれほど環境負荷を軽減できるかを明記している。地元の食材を使用し、再生可能エネルギーを活用した宿に宿泊することで、少しでも環境負荷削減に貢献できるというメッセージを伝えている。
宿泊プランは、あえて2泊以上から。その理由とは
もともとフルコース料理を振る舞っていたIL BOSCOは、方針を変えるまでは1泊2日の宿泊客が大半だったという。しかし、宗川さんはその「消費型」ともとらえられる旅行に疑問を持ち、2020年夏からは、2泊以上の宿泊のみを受け付ける決断に至った。
「土曜日の朝に家をでて昼に白馬に着き、少し周辺を散策して夜は宿のフルコースを食べる。そして次の日も少し白馬近辺を見て帰るという詰め込み型の旅行スタイルから離れ、もっとゆっくり白馬に滞在してほしいと思い、2泊以上滞在していただくようお願いしています」
その理由には、白馬の自然をもっと満喫してほしいという想いだけでなく、将来の子供たちに残す環境にまで視野を広げて今の行動を考えてほしいという願いが根本にある。
「毎週末、車を数時間走らせ、1泊2日を繰り返す旅のスタイルだと、使用するエネルギーをはじめとして、環境負荷が高くなってしまいます。私の意見としては、たった1泊2日で白馬で体験できることは、都会で素敵な風景を眺めながらおいしい料理を食べることと相違ないと考えています。長期間滞在してもらい、白馬でしか味わえない自然を堪能していただきたいです」
旅と日常と仕事がゆるやかに繋がる、サステナブルな長期滞在を
サステナブルな宿を営むにあたって、宗川さんは「配慮する、大切にする、楽しむ、いつくしむ」を大事にしているという。サステナブルでありながらも居心地の良さも追及しているIL BOSCOは、ワーケーションにも最適だ。
高さ8メートルの吹き抜けのラウンジや、緑がみえる食堂、ウッドデッキは、ワークスペースとして利用でき、Wi-Fi環境はもちろん、スタンド、延長コード、HDMI接続の液晶テレビの貸し出しを無料で行っている。さらに、トースターや電子レンジ、冷蔵庫、食器も使うことができ、朝食などでも気軽に利用可能だ。
さらに、仕事を始める前の朝や仕事終わりに新鮮な空気を吸いに、IL BOSCOの手作りマップを片手に白馬の村や自然の中の散策もおすすめしたい。
今後も「どんどんやれることをやっていきたい!」と宗川さんは意気込む。サステナビリティに配慮した旅や遊びを提供すべく、楽しめるイメージを具体的に持つことができるような情報を発信し、プラン作りを進めている。
自分の生活リズムを見直し、旅と日常と仕事がゆるやかにつながる、白馬での長期滞在を体験してみては。
編集後記
「白馬村の雪や自然環境を残し、気候変動を止めるには、今の社会を持続可能な形へ変えていかなくてはならないと思っています。ドイツの小さな村から電力革命が始まったように、白馬村が変われば、日本が変わると信じて進んでいます」
宗川さんは、白馬村から日本、そして世界中で気候危機に対する取り組みが加速することを切に願っている。
実際に、白馬村では2019年に「白馬村気候非常事態宣言」のほか、「ゼロカーボンシティ」の表明など、気候危機に関する対策を積極的に行っている。また、宗川さんの行動を変えるきっかけを提供したProtect Our Winters Japanも、白馬村で脱炭素型のスノーリゾートとしての先進的な取り組みを行い気候変動の問題解決に取り組むことなどをゴールに掲げ、活動している。
「気候が危機的な状態であることと、サステナブルな旅をより多くの人に知ってもらい、共感してくれる人を増やしていきたい」と宗川さんは語ってくれた。未来に向けた熱い想いと行動力を持つ宗川さんを今後も応援したい。
宗川さんの環境や未来の子供たちを思って実行した取り組みを応援したいあなたも、純粋に白馬の自然をゆっくりのびのびと体験したいあなたも、IL BOSCOに訪れてみてはいかがだろうか。
IL BOSCO
住所 長野県北安曇郡白馬村神城22264-6
電話番号 0261-75-4775
予約 予約ページ
【参照サイト】白馬村気候非常事態宣言
【参照サイト】Protect Our Winters Japan
瀧田桃子
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