美しい村を美しいままに。「日本で最も美しい村新聞」編集長 ジュリアーノ・ナカニシさんインタビュー

旅先で偶然目にした、はっと息を飲むような美しい風景。

心を奪われ、その景色の前でただただ佇むなかで、その貴重な景観を後世に残していく為に一体自分に何ができるのだろうか、と考えることがある。

そんな問いを頭に浮かべている中で知ったのが、1982年にフランスで始まった「最も美しい村」運動だった。

その運動の発端となった「フランスの最も美しい村」(仏:Les plus beaux villages de France)は、1982年にフランスコロンジュ=ラ=ルージュ(コレーズ県)で設立された協会。その目的は質の良い遺産を多く持つ田舎の小さな村の観光を促進すること。協会ではブランドの信頼性と正当性を高めるために厳しい選考基準を設けている。協会の定めた基準を要約すると以下の3点になる。

 ・人口が2000人を超えないこと
 ・最低2つの遺産・遺跡(景観、芸術、科学、歴史の面で)があり土地利用計画で保護のための政策が行われていること
 ・コミューン議会で同意が得られていること

美しい景観を破壊するような建物や設備は制限されるため、経済発展は妨げられる部分もあるが観光の面ではプラスになる。また認定後にも再審査があり、その結果次第では資格が剥奪されることもあるそうだ。

この運動がフランスでスタートした後に、ベルギー(ワロン地方)、カナダ(ケベック州)、イタリアなどにも広がり、2003年には「世界で最も美しい村」連合会が設立されるなど世界的な運動となった。

日本でもこの動きにならい、2005年にはNPO法人「日本で最も美しい村」連合(以降、美しい村連合)が7つの町村からスタート。2010年には世界中の美しい村連合の合同カンファレンスである「世界で最も美しい村」連合会に正式加盟し、その国際的なネットワークは、スペイン、ドイツ、スイス、ロシア、レバノンなど多様な文化を背景とする国の正式加盟があり、世界的な運動へと育っている。

今回は「日本で最も美しい村連合」の活動を伝える広報メディア「日本で最も美しい村新聞」編集長のジュリアーノ・ナカニシさんに、日本で最も美しい村連合の概要と美しい村新聞立ち上げの経緯、その活動についてお話を伺った。

話者:ジュリアーノ・ナカニシさん

1964年広島市生まれ。グラフィックデザイナー(有限会社エクサピーコ 代表)。グラフィックデザイン、WEBサイト、編集デザインの業務を行っています。“HOW TO WORK BETTER”を理念に、笑顔を繋ぎ、笑顔が世界中に広がるように。そして日本が世界の「平和」を牽引する国になるように。
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目次

日本で最も美しい村連合との出会い

──中西さんは日本で最も美しい村連合のスタート時期からではなく、途中から関わり始めたと聞きました。どういったきっかけで出会い、広報紙を担うまでに至ったのでしょうか?

日本で最も美しい村連合の広報誌「日本で最も美しい村新聞」

出会いは、2005年に連合が立ち上がってから2年後の2007年でした。フランスの素朴な美しい村を厳選し紹介する「フランスの最も美しい村」運動をモデルとして立ち上がった、日本の連合の存在をたまたま知った当時「弱きを助けるために立ち上がった “7人のサムライ” のようで、かっこいい!」と思ったんです。

そしてこの活動を何かしら支援したいという思いから、美しい村連合の賛助会員になりました。会員になると、当時事務局があった北海道美瑛(びえい)町役場から美しい村のレポートが年4回送られてくるんですが、それがとても好きでした。自分が知らない素朴な村や町の話を読むと、採れたての野菜を食べるみたいにイメージが触発されて元気になるんですよ。

──中西さんが「日本で最も美しい村新聞」を発行するようになったきっかけは?

当時、加盟村も20以上になり、美瑛町役場の担当者が役場の仕事と並行して美しい村のレポートを発行することに負荷がかかり始めたと感じました。そこで私から「日本で最も美しい村新聞」の制作を提案したんです。当時の担当者は共感してくれて美しい村連合の会長であった浜田(前)美瑛町長も「やろう!」と制作を後押ししてくれました。

2012年にゼロ号(プレ出版号)をつくったのですが、ちょうど東北大震災の翌年だったので、その影響は大きかった。第1号では、原発事故で全村避難を余儀なくされた福島県飯館村を取り上げました。飯館村はその後も何度か取材に出掛け、2014年の3月に第7号として特集しました。

──当時、制作スタッフは中西さん以外にもいたんでしょうか?

最初は僕1人で全部制作していました。当時は取材は初めてで、取材対象者の方には失礼を重ねていました。それでも何回か発行すると、みんな面白がってくれて協力者が現れ始めました。取材先で知り合った人もいるし、講演に呼ばれた先で「美しい村新聞の海外向けの英訳を手伝わせてください」と言われたり。まるで桃太郎みたいな感じで仲間が増えていきましたね。

日本で最も美しい村の認定の仕組み

──日本で最も美しい村連合は、加盟希望があった村をどんな基準で審査しているんですか?

大まかには以下のような基準で審査してます。

1、人口が概ね1万人以下であること
2、地域資源と言われるようなものが2つ以上あること
3、連合が評価する地域資源を活かす活動があること
(出典:NPO日本で最も美しい村連合 審査資料より)

「日本で最も美しい村」連合に加盟申請があった町村地区には、事務局から派遣された資格委員2名が現地に赴き、詳細な審査基準項目が記載されたシートをもとに視察します。

資格委員による審査の様子

──その基準はフランスに倣っているのでしょうか?

フランスの審査基準から日本の美しい村ならではの美しさの基準を設けて審査しています。フランスの審査はとても厳格で、プラスチックやDIYセンターで販売されてるような塗料などを使っている場所は全てNGです。大袈裟に言えば「中世に戻す」感じです。5年ごとに再審査があるので認定中もあぐらをかいているわけにはいきません。次の審査で認定が取り消されることもあるのです。加盟していると「フランスの最も美しい村」ガイドブックに村が掲載されますが、その影響力はとても大きなものです。レストランにおけるミシュランガイドのような仕組みですね。

──それで村側にも環境を守る動機が生まれるんですね。日本にも再審査の仕組みはあるんでしょうか?

5年ごとに再審査があります。例えば、地域資源に認定されている場所に何らかの景観を阻害する構造物や、けばけばしい看板等が建てられている場合、資格委員から対応策のアドバイスがあります。

──村側でも環境を守るための継続的な努力が必要ですね。日本の最も美しい村連合として、環境保全をしながら景観を残していくためのサポートはあるのでしょうか?

日本の美しい村の特徴ですが、北海道、東北、関東/中部、近畿/四国/中国、九州とそれぞれのブロック間での定期的な学習会と全体での学習会があります。またコンサルティング機能を持っていることも大きな特徴です。加盟町村の政策づくりをサポートすることは、小さな自治体の共通課題の解決に向けた情報共有としてのメリットになります。そうすることで各美しい村の政策実行力向上につながります。

──広報面だけでなく、情報共有や課題解決のサポートは大事ですよね。

例えば6月の総会で正式加盟したばかりの山口県阿武町は、住民が環境保全にとても熱心。実は阿武町は*イージスアショア配備の候補地に決まっていたんです。(防衛省は2020年6月15日に配備を断念)そのことで住民の意見は賛成派と反対派に分断されていました。そういう景観破壊はもとより、村の存続に関わるような機会に、「ここは日本で最も美しい加盟村である」と、美しい村の看板を盾にして環境を守ることもできます。故郷の山河が失われることと、いまの地球環境危機とは完全に根っこが同じ問題なのです。

*イージスアショア….イージス弾道ミサイル防衛システムの陸上コンポーネントのこと(引用元:wikipedeia)

山口県阿武町の風景

──美しい村への加盟がそういう形で環境保全に役立っているんですね。

美しい村連合としては美しい村を美しいままに保つ機能を強化することが課題です。僕は自転車が好きなので、「ツール・ド・フランス(最も過酷なスポーツと言われている、世界最高峰の自転車レース)」をよく観ています。そのコースはいくつもの田舎を通過するようにレイアウトされているのですが、それを見ていると自然の中を自転車で走りたくなる。それで日本の山に行くと、頑張って2,000メートル登ったあたりにコンクリートの巨大な建造物やお店の幟があったり、道がきれいに舗装されていたりして、「これだけ頑張ってこの景色か….」と、残念な気持ちになることがあります。それでも日本にはヨーロッパ以上に美しい場所が多く残されているんです、それを伝えたい。

──ヨーロッパの多くの国は伝統的な建物や自然の景観保全に熱心ですが、なぜ日本では難しいことが多いのでしょうか?

教育制度の違いが大きいと思います。
欧米のみなさん、特にヨーロッパの美しい村づくりに関わる住民は一人ひとりがアーティストです。アーティストは美しさを求めます。まず自分の意見があり、そして他人との意見の違いを楽しんでいるようです。
日本の場合は揺りかごから墓場まで、組織の中に組み込まれ個人の意思決定がしにくい社会構造になっている。美しい村運動は政府に頼らない、地域のプライドを自分たちでつくり次世代へ繋げていくボトムアップ的な取り組みです。私はそこに共感しています。

最も美しい村新聞に対する反応

──日本で最も美しい村新聞を発行し始めた後の周囲の反応は?

新聞の発行を始めて10年が過ぎました。今年の3月に長野県の中川村に行った時、僕の大好きな雑貨店「たろう屋」さんのレジの横に、村の中学生が作った「私の村の好きなところ」という新聞が貼ってあるのに気づいたんです。そこに「自分の故郷中川村が『日本で最も美しい村』であることが誇らしい」というような内容が書かれていて、感激しました。中川村の子供たちが「日本の最も美しい村」という存在を認識してくれていることがとても嬉しかったのです。

ジュリアーノ・ナカニシさんと中川村の皆さん

──子供が自分たちの住む場所の美しさの価値を認識しているのは素敵ですね。他に美しい村新聞の取材を通して印象に残っている村はありますか?

美しい村の中には離島もあります。そういう意味で変わったところでは、奄美大島のすぐ隣に位置する喜界町(島)です。地質学的にも特徴のある島です。アルカリ性土壌で水はけがよく、雨が大地に染み込まないので川ができない。なので生活用水や農業用水は、地下に150万tの水をたたえる地下ダムに支えられています。畑に何を撒くかが地下水の水質に関わってくるので、農業が有機農法であることは島の水を守るためにも大事なんです。

喜界島の浜辺

──厳しい環境ですね。そういったことについて知ると、あらためて環境に対する意識が高まります。

美しい村について発信していくことのジレンマ

──美しい村に住む人からは、日本で最も美しい村連合の活動はどのように見えているんでしょうか?

考えさせられるのは、北海道美瑛町での事例です。美瑛町は「日本で最も美しい村」連合発祥の町で、四季折々の花々が作り出す「パッチワークの丘」の景観をはじめ、アップルの壁紙に採用された幻想的な「青い池」などで、近年とても人気の観光地です。その景観は農地には不向きな傾斜地である「丘」を、農家さんたちが開墾して作り出されている景観です。

北海道美瑛(びえい)町の色彩の丘

──北海道は外国人客を中心にかなり人気ですよね。

年間100万人以上が美瑛を訪れるようになりました。そして一部の観光客が写真を撮るためだけに畑に入っていく。そうすると免疫のない菌が持ち込まれる。農家の方にとっては畑で作物が収穫できないと死活問題じゃないですか。写真を撮ってもらうことが利益になるわけではないですし。百害あって一理なしです。

──限界集落や残すべき自然の存在が知られることは必要ですけど、知られすぎることによって環境を保全できなくなるという課題ですね。美しい村連合としては、そういった課題に対してどう思いますか?

訪れる観光客の方は、畑に影響を与えないようにそっと見て欲しいとお願いしたいです。そこには暮らしている人がいての美しい「村」なのですから。

書籍の出版について

──初の書籍が発刊されましたが、この本を通して伝えたいことは?

今年発刊された、美しい村新聞発の書籍

すでに新聞は40号を発行しているのですが、書籍の出版は今回初めてになります。書籍では美しい村に住む人々の哲学を、1冊でまとめてご覧頂けます。写真集のようなデザインに仕上げていますので、パラパラと写真を見るだけでも美しい村を旅した気分になるのではと思います。

近年フランスでは30代を中心とした子育て世代が、都市部から農村部へと移動しています。そして産業革命の時代に故郷を離れ都会へと赴いた人々は、今地方へ戻ってきている。そんな人達から、フランスの最も美しい村を訪ねた時に聞いたことがあります。彼らが生活する場所を選ぶのに大切な条件は「自分の意見が首長に届くこと」だそうです。考えさせられますね。

一方、まだ日本は東京一極集中です。この書籍に登場する美しい村のみなさんは里山、里海に暮らす人。こうした人達の「働き方」「生き方」「生活の仕方」を知ってもらえる機会を作ることで、場所を選ばず自由に働きたいと思う方の背中を押したい。そのために美しい村新聞を通して人生のロールモデルをどんどん提供したいと思っています。

──今回の書籍発刊が一つの区切りになるとは思いますが、これからも美しい村新聞としての発行は続いていくわけですよね?

はい。美しい村新聞は2022年8月現在で40号を発行しました。本をつくるのは大変な校正も含めて、本当に楽しいと思いました。すぐにでも書籍の第2弾をつくりたい。それから「世界で最も美しい村を作る人たち」の書籍を構想しています。書籍を通して日本の若者に向けて「こっちだよ〜、こっちの世界へおいでよ!」と伝えたい。そのイメージとネットワークはあるので、あとは資金調達ですね。

編集後記
美しい村を美しいままに次世代に引き継ぐことと、美しい村を知ってもらうこと。その2つの使命の間にあるジレンマ。そんな中でも美しい村で生きる人々の在り方を新聞という形で切り取り、世の中に淡々と発信するナカニシさんの活動からは「人は自然にどう寄り添って生きていくのか」という問いかけとともに、自然と共に暮らす人に会いに行く旅の価値が伝わってくる。

つい自然を守ることを考えると「こうあるべき」と力が入ってしまいがち。ナカニシさんの飄々とした態度に接しながら、その語り口から溢れる美しい村々への愛情を感じた時、話を聞いている自分の肩から自然と力が抜けた気がした。きっと日本で最も美しい村新聞がその誌面に載せて運んでいるものは、ひょっとしたらこんな気持ちの連鎖なのだろうか、と今あらためて想像している。

【参照サイト】「日本で最も美しい村」ブランドムービー
【参照サイト】日本で最も美しい村連合
【参照サイト】日本で最も美しい村新聞オンラインストア

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イシヅカ カズト

好奇心ドリブンでいろんなジャンルの人々の頭の中を覗いています。まずは目の前のことを大切にするために、身の回りの気になるローカルを推しながら過ごす日々。主に企画、編集、ライティングを担当。