〝音〟の力で静岡を元気に!地元参加のスマホ活用音声ガイドで地域活性化 Otono 青木真咲代表インタビュー

音の力で静岡観光を元気にしたい。

静岡の自然の豊かさ、そこに暮らす人たちの温かさ、温暖な気候による暮らしやすさ、などが決め手となり、大手新聞社の記者職を辞して静岡への定住を決め、起業に踏み切ったOtono(オトノ)の青木真咲(まさき)社長。


観光分野に動画を活用する動きが加速する中、あえて、スマホを活用した「音声ガイド」サービスにこだわり、多くの関心を集める。コロナ禍で苦戦する観光業界に新たな風を巻き起こす青木さんが考える地元を巻き込むビジネスの姿、そして、静岡の真の魅力とは。
 「『えっとー』とか素人らしさを隠すことなく、ガイドの音声を担当してもらっています」

 このほど、静岡を代表する観光地で、世界遺産エリアでもある三保松原と、静岡・清水一帯や駿河湾を一望できる日本平周辺を対象としたスマホ活用の音声ガイドサービスが始まった。ガイド役を担当するのは、地域に暮らし、その地を知り尽くした住民らというのが最大の特徴だ。
 これまでも美術館などで、表示されている数字を選ぶと俳優などのナレーションにより詳しい説明を聞ける音声ガイドサービスが普及しているが、Otonoが提供する新サービスはひと味違う。

 スマホで専用のウェブページを起動しておくだけで、50カ所以上あるガイドポイントに近づくと、GPS(全地球測位システム)がキャッチした位置情報を基に、自動的に対象スポットの説明が始まる画期的な仕組み。いちいちスマホをいじらなくても、街を散策しながら良きタイミングで音声ガイドを聞くことができ、ストレスがない。「おそらく全国でも他にないシステムでは」(青木さん)

「ながら消費できる」音声ガイドの魅力

 コロナ禍で、観光業は大打撃を受けている。静岡を代表する観光地、三保や日本平も例外ではない。 ただ、青木さんはコロナ禍を、むしろポジティブに受け止める。
 「例えば、ツアーなどでガイドの帯同が難しい中、参加者が所有するスマホによる音声ガイドでガイドスタッフの代わりを務められたり、日本平動物園では、飼育員によるガイドツアーが開催できない代わりに音声ガイドを活用してもらっている」とし、コロナゆえの利用シーンが創出されていると語る。
 
観光分野では、VR(仮想現実)やAR(拡張現実)のようにゴーグルなどを身に着け、バーチャルな世界を楽しんだり、動画を絡めたガイドの在り方に注目が集まる中、なぜ音声にこだわるのか。
 「元々、観光シーンで音声ガイダンスでその場所のストーリーや魅力を伝える取り組みを考えていた」と理由を明かす。
 とはいえ、「音は目に見えないので、どこで、どのコンテンツを聞いてもらうか、場所とのひもづけがポイントのサービスにしたいという目標がありながら、実現は難しかった」と苦労も経験。東京のIT人材などさまざまなスペシャリストのサポートもあり、「創業時にやりたかった世界観が、ようやく数年を経て形になりました」と感慨深げだ。

 音声の魅力として、「人の声が親近感を感じさせ、〝ながら〟消費もできる」点を挙げる。

 「晴れなら晴れ、雨なら雨と、その場、その時にしか味わえないリアルな空気感がある。目では実際の風景を味わいつつ、耳からは地元の方がお勧めするスポット情報などが自然に入ってくることで、その場所の魅力が深まるんです」。

 青木さんは、各スポットで1~2分程度の音声コンテンツの内容にもとことんこだわった。
 当初は、プロの声優による案内で完結することも検討したが、「地元を最も知るのは地元の方。そこに暮らす方々の声でぜひやりたいと思った」 。それまでに知り合った人など一人一人に協力を依頼し、1回につき1時間~1時間半の取材を敢行。ただ、音声コンテンツの限界は1~2分。「良いお話ばかりのところを短く圧縮する作業は本当に大変でした」と話す。  もっとも、いきなり「『えーっと』と素人の声で始まると利用者も戸惑うだろうとの配慮から、冒頭、場所や登場人物の紹介のみプロのナレーターさんにお願いしました」 。

 実際に案内を聞くと、例えば三保松原で有名な「羽衣伝説」というものがあり、その伝説に関連する松の近くに行くと、「いま、あなたは羽衣の松の近くでしょうか」とナレーションが入り、次いで、宝生流能楽師の佐野さんによる能「羽衣」の演目の一部が流れてくる。


さらに、歩みを進めると、〝マツを見つめるリケジョ公務員〟の山田さんが「松明(たいまつ)として使ったり、がんがん燃やして燃料にしたり身近で、名字として考慮したのかもしれない」と、どうして松の字が付く名字が多いかといった解説をしてくれるなど、観光スポットにいながら、地元の方と接しているような感覚になるから不思議だ。

大手新聞記者から静岡定住へ

 青木さんは、生まれも育ちも大阪で、大学まで関西で過ごした後、大手新聞社の記者職として入社し、主に、東京証券取引所で上場企業の決算などマーケットや資本政策、業績取材を経験。入社4年目に、〝運命の街〟となる静岡への異動が告げられる。

 静岡県内を取材で駆け回る中で、「小さくても、有名でなくても優良企業がたくさんある」ことを知る。さらに「会社を立ち上げ、経営をするのは、ビッグになりたい人しかいない、という認識でしたが、実際はそうではなくて、地域のため、社会のため、自分ごとの課題を解決するために、夢を追った人がやることなんだという気づきを得ました」。

 静岡で百戦錬磨の創業者らに会う中で、「自分もそういう人たちに少しでも近づきたい、との思いが高まり、定住や起業の原動力になりました」と振り返る。
 大手企業勤務という安定を捨て、地方都市である静岡に定住するという決断は簡単ではないようにも思えるが、青木さんにとっては静岡が持つ豊かな魅力が勝った。 とはいえ、生活の糧を得なければならない中で、取材先で知り合った企業の手伝いなどをしながら今後のライフスタイルを模索。退職後1年ほど経ち、元々静岡で知り合いだった4人がアイデアを出し合い、「静岡を元気にするための実験をしよう」と、観光地向けの音声ガイド制作サービスを行う事業「Otono」を創業した。

 2018年には株式会社化し、本格的に静岡市内外にビジネスが展開していく。

「おしゃれ」より「生感」「地元感」重視

 新たな音声ガイドサービス「おともたび、三保・日本平編」は、同エリア全体で約50カ所に音声のスポットがある。ガイドには地元住民が20人ほど参加するが、このプロジェクトにどう巻き込むか試行錯誤した。

 一番大変だったのは、サービスの形ができ上がっていない中で、仕組みを少しずつ作っていったため、「何ができるか明確に説明できずにインタビューをお願いしていました」。
 依頼を受けた地元住民も声での参加ということもあり、恥ずかしさのハードルを下げたとみている。

アプリの地図上には、「本人にそっくり」なキャラクターのアバターがいて、そこを目指して歩くのも楽しそうだ。

 現在、音声ガイドのベンチャー企業は、全国に分かるだけでも数社あるが、「他社はもっとアーティスティックなおしゃれなアプリだったりします。一方で、私たちはあえて『生感』、『地元感』を出しました」。

 対象スポット、エリアに関し、今後は静岡市内のほか、県内外にも広げたい意向だ。現在は、提供を開始した「三保、日本平編」の地図があるが、地図上に点を増やして、静岡市全域、さらに県内外に広げることを考える。

 さらに、この地図は多言語対応や顧客のニーズに合わせてオリジナルに作成できるようにしている。 この仕組みを使い、GPS連動の音声配信システムを提供するビジネスにもつなげたい考えだ。
 
例えば、「おともたび〇〇高校編」のように、学校に対して音声システムを提供し、自分たちが作りたいスポットの音声ガイドをつくることも可能だ。Otonoが音楽制作全般に直接関わらずとも、地図と音声ガイドが全国に広がれば、逆に、Otono提供の地図、音声ガイドサービスへの逆集客につながることも考えられる。

 実際に、地元のある私立高校では、約半年ほどかけて生徒たちが授業で音声ガイドづくりを行い、今年1月末にお披露目した。この件では、生徒たちが実際に描いた絵が地図上に掲載され、インタビューやガイドを含め生徒たちが主人公となって取り組んでもらった。

大きな観光戦略を今こそ

 生活者にとっては、静岡市を中心としたエリアは魅力あるコンテンツに恵まれていると映るが、正直、静岡駅で新幹線を降り、さまざまな観光ができることを理解している県外の人はまだまだ少ないといえる。
 
その理由のひとつとして青木さんは、静岡観光の打ち出しにばらつきがあることを挙げる。
 「静岡は魅力や地域資源が多すぎるあまり、行政の目標や施策にメリハリがなくなりがちで、民間事業者は中長期ビジョンを持った思い切った観光投資がしづらい」と本音を打ち明ける。その上で、行政などに対し「静岡観光の何を打ち出し、何を主力コンテンツにしていくのか。何を売って、どのように、そして誰に届けるのか、など大きな観光戦略、ビジョンが示されていない」と付け加える。

 このため、現状は静岡の良さをアピールできる余力のある個人個人がそれぞれ発信するしかなく、結果として、訴求したい魅力の提案がバラバラとなり、深く伝わらない、という中途半端な状況を生んでいるという。

「人の距離感がちょうどいい」静岡の魅力

 青木さんが静岡生活を始めてはや6年。そのうえで改めて、「こんなに住みやすい場所はない、ということに尽きます」と言い切る。
 特に、静岡市内は気候が穏やかで、冬に雪が降ることはまずないのは有名。これは、1日、2日の観光ではわからない、長期間滞在してわかる魅力だ。また、「田舎と都会が両方楽しめる。1時間もあれば、田舎の風景や生活も楽しめるし、かたや、百貨店にもすぐ行ける。都心へのアクセスの良さも大きな魅力で、行きたい場所にすぐに行けるぜいたくな街」とも。

 仮に移住になると、その地域のコミュニティーに馴染めるかなどの課題が出てくる。その点でも「静岡の人って、それほど排他的ではないですね。人の距離感もちょうどいい。地元以外の人を受け入れることに慣れていて、東京の暮らしを知っている人も割と多く住んでいます。これで移住者に対しての心理的なハードルも下がる。『むら社会』のような閉鎖性もほとんど見受けられない」という。

また 「距離感がちょうどいい。2人たどれば知り合いに通じるみたいな世界があります。会いたい人とつながりやすいのも魅力ですね」。 「この街は、派手な魅力、分かりやすい〝キャッチー〟な魅力は少ないかもしれないけど、すべてが整っていて、心地よく時間を過ごせる街、ということを心から感じます」とし、「一度、お試しででも暮らしてみて、空気感を楽しんで、知っていただけるといいなと感じています」と語る。

 Otonoの本社オフィスは三保松原にほど近い場所に構えているが、一部にワーケーションができるスペースを設けた。長時間滞在したり、地域の人とのコミュニケーションの中で見えてくる静岡の魅力に、一人でも多くの人に気づいてもらうための仕掛けのひとつだ。青木さんは〝静岡永住仲間〟を絶賛募集中だ。

【参照サイト】株式会社Otono(オトノ)
【参照サイト】おともたび

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Shin

千葉県出身、埼玉、神奈川育ち。多くの起業家や地方取材、執筆経験があり、ハイブリッドライフや全国各所でのワーケーションに興味津々も、実現にはほど遠く。当面は、各地で1人でも多くの方々と出会い、ネットワークを広げることが目標!