宮城県の南部に位置する角田市。
そこは山々に囲まれ、美しい田畑の景色が広がる自然豊かな町だ。
穏やかで落ち着きのある空気に包まれているが、人口減少が大きな課題になっている。
約3年前に角田市へ地域おこし協力隊として東京から移住した伊藤由紀さんは、今年の春に協力隊の任期満了となり、角田市へ定住を決めた。現在は「移住コーディネーター」として道の駅かくだを拠点に活動している。角田市に来て感じたこと、今後角田市にどんなことを期待するのか、移住者視点からの考えを伺った。
角田市 移住コーディネーター
秋田県出身。東京で約10年暮らし、角田市地域おこし協力隊として宮城県角田市へ移住。道の駅かくだを拠点にイベント企画や情報発信、道の駅の運営に携わる。
2024年4月、地域おこし協力隊の任期満了に伴い「角田市 移住コーディネーター」として引き続き道の駅かくだで勤務し、移住相談やイベントを企画。道の駅のSNSで情報を発信中。
道の駅かくだ 公式Instagram
大都会の暮らしから親子で地方移住
──はじめに、移住しようと思ったきっかけを教えてください。
きっかけはコロナ禍でした。以前は東京に住んでいたので、満員電車や街中の混雑した空間が住みにくく感じてしまい、生活環境を変えたいと思いました。東京育ちの娘も田舎暮らしにすごく憧れを抱いてくれていたので、娘が中学に上がるタイミングで地方への移住を決めました。
──移住先に角田市を選んだ理由と、地域おこし協力隊として移住した理由は?
姉が宮城県に住んでいるため、移住先として真っ先に思い浮かびました。
また、前職の上司が北海道の栗山町出身の方で、地元の移住関係のチラシをよく職場に持ってきていたんです。その中で栗山町と宮城県のつながりが深いことや「地域おこし協力隊」という制度を知り、地域おこし協力隊について調べている中で角田市の募集内容に目が留まりました。
地域おこし協力隊は農業や林業、情報発信など業務内容が自治体によってさまざまあるのですが、道の駅かくだでの地域おこし協力隊募集を魅力的に感じ、角田市への移住を決断しました。
移住して気がついた地方暮らしの良さと課題
──角田市地域おこし協力隊としての活動内容を教えてください
大きなテーマとして「道の駅かくだを盛り上げる」という役割がありました。活動に伴って、道の駅のイベントを企画したり、SNSで情報を発信したりしながら人が訪れやすい道の駅づくりに取り組んできました。
──角田市に移住して良かったことや困ったことは?
良かったことは、食生活が大きく変わったことです。東京にいた頃はファストフードをよく食べていましたが、角田市に来てからは仲良くなった地域の方から野菜をいただくことも増え、角田市で獲れた食材を食べて健康的な食生活を送っています。今はファストフードよりも地域で獲れた野菜本来の味を楽しむ食事が気に入っています。
あとは、道の駅で勤務をしていると、直売所に商品を出荷する”出荷者”のみなさんと日々他愛もない会話をする機会が多くあります。家族のように話せる地域の方々の温かさが都会暮らしではなかったうれしいポイントです。
困ったこととは少し異なるかもしれませんが、車の運転があまり得意でないので、久々の車生活に最初はどきどきでした。今ではすっかり慣れましたね。
──協力隊として活動を始めた当初の道の駅かくだはどのような雰囲気でしたか
活気が足りない、さみしい道の駅だと感じていました。今では「道の駅でこんなイベントやりたいです!」と声をかけてくれる方がたくさんいますが、私が道の駅かくだに来た当初は「道の駅に頼んでも断られそう」という声もあって、まずはそういう近寄りがたいイメージを変えていかなきゃいけないなって思いました。
地域の人とともに道の駅を盛り上げていきたい
──道の駅かくだを盛り上げるためにどのような企画を行ってきましたか
まずは道の駅の滞在時間を伸ばすために、移住して半年経ったころにドッグランを道の駅かくだに設営しました。
コロナ禍で車移動する人が増え、ペットを連れて出かける人も増加しましたが、ペットが思い切り遊べる場所がないため用事を済ませてすぐに道の駅を後にする人が多くて、もったいないなと感じていました。
私も犬を飼っているんですけど、街なかにも犬を遊ばせられる場所が意外と少なくて。道の駅にドッグランがあったら犬連れのお客さんが来やすくなるし、道の駅の滞在時間が伸ばせると考えました。
──移住後半年で新たな設備を取り入れる提案は勇気のいる行動ですよね
ただ言葉で伝えるだけではドッグランの必要性を感じてもらえず、提案は当初通りませんでした。でも企画書を丁寧に作成して周囲に声をかけた結果、ご理解いただき、仲間も増えてドッグラン設営が決まりました。
限られた予算で設営を進める中で噂を聞いた地域の方が使わなくなったベンチを譲ってくれました。地域の資材を活かすことは道の駅として意義のあることだと思い、地域の物を活用したドッグランが完成しました。
──地域の方々の協力によって出来上がったドッグランの反響はいかがでしたか
犬連れのお客さんが増えました。当初、ドッグランは期間限定での開設予定でしたが、想像以上に反応が良かったので常設が決まりました。今ではドッグイベントを定期的に開催できるほど盛り上がりのある場所になっています。
また、ドッグランを設営して以降、他にも地域で使わなくなったものを「道の駅で使ってほしい」という声が増えました。地域で活用されなくなったものをそのまま捨てるのではなく、別の活用方法・場所を相談していただけることは町のためにも良い方向に進んでいると感じた瞬間です。
角田市の地域性や伝統を守る場所へ
──その後取り組んだイベントはどのようなものがありますか?
角田市は農業が盛んな地域ではありますが、担い手不足により耕作放棄地となっている農地が増えてしまっている状況です。耕作放棄地を放置してしまうと植物の病気が広がってしまい、現在営農している土地にも被害が及ぶ可能性があり、地方では大きな問題になっています。
そんな耕作放棄地を再生して角田市の農地・農業を守るために、同じく角田市の地域おこし協力隊の吉川さん(※1)が梨園の再生に取り組んでいます。
吉川さんと道の駅がタッグを組んで体験型イベント「梨園の再生challenge」を開催しています。全4回、梨園で摘果や収穫などの作業を体験してもらう内容です。2023年に初開催したところ好評で、今年度もバージョンアップした内容で絶賛開催中です!
梨園再生のイベントは、角田市への関係人口創出も目的に開催していますが、実際にイベント日程に関係なく「梨園のお手伝いをしたい!」と吉川さんの梨園を訪れるイベント参加者の方もいて、目的の達成に近づいてきています。
※1:吉川さんインタビュー記事: 地域おこし協力隊の制度を活用して、地域農業を守るという生き方
──道の駅でイベントを開催することによって地域の方からの反応は変わりましたか?
地域の方から「こんなイベントをやりたい」と依頼をいただくことが増えました。
角田市は人口減少・高齢化が進んでいて、これまで地域住民で行ってきた行事を開催することが難しい地域が増えてきています。道の駅の広場に飾っている七夕飾りはもともと、角田市の商店街で飾っていた吹き流しなんです。でも、住民の高齢化により飾ることや保管自体が難しくなったため、道の駅に声がかかりました。
他にも、こいのぼりを譲ってくださる地域の方がいらっしゃいました。毎年こどもの日に向けてこいのぼりを川沿いに飾る習慣が地域にあったそうですが、こちらも高齢化などを理由に地域住民での開催が難しくなり、道の駅に声がかかりました。春には道の駅の空をきれいに彩ってくれています。
──道の駅が地域の伝統を紡ぐ場所にもなっているんですね。地域住民の方からの声はいかがでしょうか
「ありがとう」と感謝のお言葉をいただいています。道の駅かくだの課題の1つに、町の中心地から離れていることから地域の方が道の駅に来ないことと、道の駅かくだまで来てくれた観光客の方が町まで行かないことがありました。
道の駅かくだの藤野駅長は、さまざまなイベントを道の駅で行ったり、キッチンカーも積極的に受け入れたりして、道の駅かくだがオープンな雰囲気になる取り組みをしてくださっています。
その結果、地域の方が道の駅かくだを訪れるきっかけにもなっていますし、外から訪れる方も、地域の方も楽しめる道の駅になってきていると感じています。
──これから道の駅かくだがどのような場所になっていってほしいと考えていますか?
1度だけでなく何度も訪れたくなる、ワクワクする道の駅を目指しています。季節によって楽しめる催し物を企画していきたいですね。
そして、角田市内の方にも気軽に訪れていただきたいですし、七夕飾りやこいのぼりのように、地域の困りごとがあったら相談できる場になって、角田の人みんなでつくり上げていく道の駅になったら素敵だと考えています。
協力隊満期後も角田市への定住を決断
──地域おこし協力隊が満期になり、角田市への定住を決断した理由は?
都会にいたころとは違い、穏やかな生活を送れるようになったことが理由の1つです。娘も今年の春に高校生になりましたが、宮城での生活を楽しんでくれています。
また、何か困りごと、悩みごとなどがあったときに相談できる方々が近くにいるので角田なら安心して暮らせると思っています。
──現在は「移住コーディネーター」として活動されていますが、どのような業務なのでしょうか
角田市へ移住を考えている方の相談を受け付けたり、移住イベントなどで角田市をPRしたりしています。移住を決断するまでいかなくても、まず角田市を1回訪れてみようと思ってもらえるきっかけづくりを道の駅を拠点に発信していきたいと思います。
今後も移住コーディネーターとして町の力に
──今後角田市がどんな町になっていってほしいと思いますか?
人口がどんどん減少しているので、まずは今角田市に住んでいる子どもたちに「角田は住みやすい」「いい町だな」と思ってもらって、住み続けてもらえる町になってほしいですね。
そのために私は、中学生や高校生などの若い世代との交流も図っていきたいと考えています。交流することで地域と人のつながりがどんどん広がり、地域が活気づくと思います。協力隊期間で得たイベント企画のノウハウや、人脈を活かしながら今後も角田市の発展に貢献していきたいです。
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そう話す伊藤さんの明るい笑顔にもきっと多くの人が集まる理由があるのだろう。外出時の立ち寄り先としての役割だけでなく地域の悩み事も解決できる場になっており、道の駅の在り方は多様化しているように感じる。地域住民の拠り所であり、町の活気を持続していくためにも重要な拠点になっていくのではないだろうか。道の駅から町全体が盛り上がる明るい未来が見えた瞬間だった。
【参照サイト】道の駅かくだ公式サイト
【参照サイト】道の駅かくだ公式Instagram
【参照サイト】角田市公式ページ
【関連記事】地域おこし協力隊の制度を活用して、地域農業を守るという生き方
高橋 真理
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