諏訪に建つ、思いを受けてつなぐ宿「小さな泊まれる廻舞台 mawari」

壊すか、受け継ぐか。
価値があるか、ないか。

新しいものはすぐに作れる。けれど、時の経過はいくらお金を出しても、作り出すことはできない。

傷も、染みも、風化も、長い間それが生き続けなくてはつかない。長い間、生きてきたからこそ、つくのではなくむしろ、宿るのだ。

江戸時代後期、長野県茅野市に建てられた農民たちの娯楽場、農村歌舞伎廻舞台は、1981年、130年の時を生きたタイミングで役目を終えたと考えられ、解体されることとなった。

しかし2022年現在、その建物は長野県岡谷市に現存している。

壊すか、受け継ぐか。
価値があるか、ないか。

そんな問いを目の前に、価値があると信じ、受け継ぐことを決めた人がいたから、建物は壊されず受け継がれ、生き続けているのだ。

急な坂道を登った先の高台にあるその建物は今、”小さな泊まれる廻舞台 mawari” (以下mawari)という名で、人々を受け入れている。

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歴史の蓄積された目の前の建物に圧倒されながら、丁寧に手入れされた庭を抜け、とんとんと階段を登って扉を引き中に入ると、心地よい風がすーっと抜けた。

ふと、左に目をやると、視界一面に、美しい諏訪湖と八ヶ岳がひろがっていた。思わず、少しだけ空いていた窓を全開にして、両手を広げて息を吸い込む。すう。ふう。なんて清々しいんだろう。

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建物に入った瞬間、心地よい風が吹き抜けるよう、窓を開けて出迎えてくれたのは、mawariの運営を委託されている下諏訪町のゲストハウス、「マスヤゲストハウス」の創業者で女将の斉藤希生子(さいとうきょうこ)さん(通称 きょんさん)。

きょんさんは、下諏訪町と同じ諏訪地域である長野県茅野市出身。高校時代までをこの場所で過ごし、大学進学等を経て諏訪に戻り、また今この地で営み、暮らしている。

今回はそんなきょんさんに、mawariに纏わるストーリーや、mawariのある諏訪地域の魅力を教えてもらった。

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きょんさん

価値がある。だから受け継ぐ

解体されると決まった農村歌舞伎廻舞台に価値があると信じ、1981年に受け継ぐことを決めたのは家主の花岡茂雄(はなおかしげお)さん。

当時35歳だった花岡さんは、私財を投じて建物を購入し、岡谷市に移築した。いつかギャラリーにできればと、古道具などを置く場所として使用しながら40年間守り続けてきたが、そろそろ建物を有効活用できる後継者に受け継ぎたいと考えるようになった。

そうして花岡さんから相談を受けたのが、長野県諏訪市にある古材と古道具を販売する建築建材のリサイクルショップ「ReBuilding Center JAPAN(通称 リビセン)」の代表、東野唯史(あずのただふみ)さん。

リビセンは、捨てられていくものや忘れられていく文化を見つめ直し、再び誰かの生活を豊かにする仕組みをつくることで、環境問題の改善や、愛されてきたものへの思いを継承する伝え手になるべく、ショップの運営に加え、古材を活用した環境負荷の少ない店舗や住宅のリノベーションなどさまざまな活動を行なっている。2016年の起業後、そうした取り組みが地域の人たちの耳にも届き、花岡さんからも声がかかることとなったのだ。

そうして花岡さんからバトンを受け取った東野さんは、リビセンチームとともに2021年9月、花岡さんの受け継いできた農村歌舞伎廻舞台を次の世代に受け継ぐべく改修を始め、2022年6月、建物は ”小さな泊まれる廻舞台 mawari” に生まれ変わった。

「宿の机とかカウンターは、歌舞伎舞台の入り口の門を解体して、それで作っているんですよ」

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歌舞伎舞台門の前にて 左:リビセン 東野さん / 右:家主 花岡さん

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左奥が、mawariの机とカウンター

「捨てられたり、誰にも使われなくなってしまうものに、新しく価値を付けて使ってもらいたいリビセンの考えに共感していますし、この地域にそういう場所が増えていくのは嬉しいことだなと思っています」

リビセンが諏訪に来るより前から諏訪地域で宿を営んできたきょんさん。話を聞いていくと、きょんさんが諏訪でゲストハウスをオープンしたことをきっかけとしてリビセンが諏訪に拠点を構えることになったと分かった。

「リビセンを創業した東野ご夫妻は当時、日本全国を転々としながらその地域に住み込みをして建物などの施工するというスタイルでお仕事をされていました。前職場が東野さんが内装を手掛けた場所だったのですが、そこに居るだけで気持ちの良い大好きな空間だったので、働いている時から、いつか自分で場を持つときにはぜひ東野さんにお願いしたい!と思っていました。その後、『マスヤゲストハウス』の内装デザインと改修の施工をお願いして、しばらくお二人は諏訪に滞在することに。その滞在をきっかけに、各都市部からのアクセスの良さや、湿気が少なく材の質が良いこと、移住する人も多く空き家も多くあることなど複数の要素においてリビセンの事業をするのにいい場所だと感じて諏訪に拠点を構えることに決めたと東野さんから聞きました」

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リビセンチームのみなさん

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ショップにはたくさんの古材が並ぶ

「諏訪に限らず地方の人たちは特に、古い柱や床材、古道具がお家にあっても『こんな古いものに価値があるの?もう捨てるだけだと思ってた』と考えている方のほうが圧倒的に多いです。でもリビセンが諏訪に来て、地域の人にも活動内容を伝える取り組みを積極的にしていくなかで、『古いものがまた価値を生み出す』という考えや文化が地域に広まってきている感じがします」

「その結果、使われなくなって粗大ゴミになってしまうようなものに新しく価値がついて、使われる場所が増えていることが、ここに住む人たちにとっては嬉しいことだなと思います。『思い入れがあって壊したくないけど、自分達にはどうにもできない』というようなものを持つ人たちはたくさんいて、mawariもそうですけど、そうしたものをリビセンが救ってくれているというのはすごいことだなあと思います。もっとこうした考えや取り組みが広がっていくといいですね」

諏訪が受け継いできたもの

今回mawariの運営者としてお話を聞いたきょんさんだが、実はきょんさんに会いに諏訪に何度も訪れる人が居るというほど、諏訪の魅力を作り出してきた人。直接的にはmawariの内容からは外れるかもしれないが、諏訪の魅力を探るためにも、きょんさん自身のお話も伺った。

「大学進学後、隙間を見つけては色んな地域のゲストハウスを目的地に旅をしました。ゲストハウスは素泊まりのところが多いので、行く先々でオーナーさんが地域のことを色々と教えてくれました。言われた通りに町を歩くと、すごくいい人に出会わせてもらったり、いいお店を知れたり、好きな地域が全国に増えていったんです。そんな経験を経て、ゲストハウスを作れば、何もないなと思っていた自分の地元にも、いろんな人が来て、いろんな風が吹いて、住んでいる人も楽しくなるんじゃないかと思って。その変化を起こすきっかけになるぞくらいの強気の気持ちで戻ってきたんです」

「でも宿を始めようと準備をしていたら、実は全然知らなかった諏訪地域の魅力が見えてきて。諏訪大社だって日本全国に1万以上ある諏訪神社の総本山なんだとか。町の真ん中にみんなが憩いの場とする湖があるって、当たり前すぎたけどすっごくいいな、癒されるなとか。毎日見えるところに八ヶ岳があって自然と力をもらっているなあとか。生活に溶け込む温泉がこんなにたくさんあったとか」

「あとは何より、空き家や空き店舗に若い人たちが戻ってきてお店を始めるといった動きが、私が来る10年も前から始まっていて、個性豊かで尊敬できる店主さんがやっている良いお店がたくさんあったり」

「魅力がないから作ろう!と思っていたけど、戻ってきてみたら実はもうたくさんの魅力があることに気付いて、それを伝えるために宿をこの土地で開こうと決めました」

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マスヤゲストハウス

一度外に出て戻ってきたことで、諏訪地域の魅力に改めて気づかされ、今やその魅力の一部となったきょんさん。諏訪にある文化のことも教えてくれた。

「諏訪地域は6市町村あって、それぞれに結構違いがあるんですけど、mawariのある岡谷市のすぐお隣、マスヤゲストハウスのある下諏訪町は昔、参勤交代などで多くの人が行き交う中山道沿の宿場町で、マスヤゲストハウスの建物も元々は明治時代の古地図にも載っている老舗の旅館でした。なので、古い老舗の旅館も現存していますし、その時から、旅人の疲れを癒していた温泉もあったりして、大昔から外から来る人を受け入れる文化みたいなものがあったんですね」

「旅人の方々にも良くしてくれる人が多かったりするのも、そうしたところが受け継がれているからなのかなと。道を歩いているだけで話しかけてくれる人が居たり、銭湯に赤ちゃん連れで行くと『ちょっと赤ちゃん抱っこしててあげるから体洗っちゃいなさい』ぐらい、今だとびっくりする人もいるかもしれないですけど。コロナ前は私もやってもらってましたが隣の人の背中を流す文化も残っています」

「お風呂といえば、諏訪地域は結構温泉が生活と密着しています。温泉が地域の交流場にもなっているんですよ。朝から夜までやっているお風呂だと、朝風呂派の人と夜風呂派の人がいて、いつも同じような時間に行って顔を合わせてお話したりとか。下諏訪でいうと、240円で入れる天然温泉が歩ける範囲に5つあって、昔から温泉が生活のすぐそばにあるので、お風呂がないお家も結構多いんです。諏訪湖周辺にも良い温泉がたくさんあるので、そこに行って欲しいというのもあって、mawariには湯船がなかったりします」

「新しい人がきたら、『見ない顔だけどどこからきたの?』って会話が生まれたりして。そんなところからも、外に開かれている文化を感じますね」

こうした文化の他に、諏訪地域にはなんと日本最古の書物である「古事記」にも記述されている、1200年以上も受け継がれ続けてきたものがある。

祭りだ。

「御柱祭と呼ばれる、諏訪大社で柱を入れ替える神事が7年に一度あって、明治維新の混乱期や、太平洋戦争の最中でもずっと続けてきたんです。2022年今年がその年で、コロナ禍でもなんとかやり遂げることができました。山から御用材と呼ばれる柱を切り出し、町の人みんな出てきて、一緒に木を引き建てるところまで人力でやるんです。その時には町も一致団結するし、とってもいいんですよ。なんだろう。やっぱりみんなどこかに諏訪の地の魂があるんだなみたいなのを感じるというか。そこにすごく感動しました。この先もどんなに状況が変わってもきっと引き継がれていく神事で、、時代が変わっても続いていくことが地域の中にあるって特別なことだなと思います。」

花岡さんとmawari

「mawariの大家の花岡さんは、情に厚く優しく、そういったところが大事にしている建物やお庭などからも伝わってくる人です。諏訪でお店もやられていて忙しいんですけど、毎日mawariの裏にある畑のお手入れをしに来ています。私たちがお掃除に行くといつも声をかけてくれて、お庭に生えている草木花のことを教えてくれたり。これはお客さんに教えてあげたら喜ぶよとか、その時咲いている一番綺麗なお花を切って、お部屋に飾ってあげたらきっと嬉しいんじゃないかとか。季節や、綺麗に手入れされているお庭のものも、泊まった人が感じられると嬉しいよねっていうのを伝えてくれるんです」

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「見た目は、サングラスにカウボーイハットみたいな帽子をかぶっていて、昔はアメリカとかいろいろなところを旅したりもしていた、おしゃれでお話しするのが好きなおじいちゃんです。笑ったお顔がチャーミングで。ふふ。チェックアウトのタイミングで10時すぎくらいになると、お庭の手入れとかをしにいらっしゃるので、会えたら色々お話ができて楽しいですよ。ほんとに素敵な方です」

「mawariでは、大家の花岡さんが大事にしてきたものや、立派な建物に包まれて、その魅力をどっぷりと味わう滞在をして欲しいなと思っています。宿のなかには、作家さんが作ったみんなに知ってもらいたいような作品だったり、この先の生活に取り入れると素敵だなという環境に配慮した生活用品やアメニティも多く散りばめられているので、そうしたものを見てみたり使ってみたり」

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「大きな窓から諏訪湖と八ヶ岳を見て、mawariでの滞在をじっくり味わってもらった後、ここを拠点として諏訪の地域を回るというような。mawariはそんな諏訪の楽しみ方ができる場所だなと思っています。ぜひゆっくりまずは諏訪湖をただぼーっと眺めて、時間によって表情が変わっていく姿を堪能してみてくださいね」

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時代を超えて受け継がれてきた建物のなか、誰かが使っていたであろう古時計が揺れ、ライトが灯る。オープンキッチンで、きょんさんにおすすめしてもらったスーパーで買ってきた野菜を茹でお酒を飲みながら、異国に来たような気持ちで暗い諏訪湖と家族の姿を交互に眺める。

朝、家族を起こさないようにゆっくりと起き上がり、ひとりまたぼーっと湖を眺める。少しずつ太陽が昇り、湖が白く輝き始める。一艘の船がすーっと通り過ぎ、湖にまっすぐな線がのびた。私の人生には何が大切で、何を守り受け継いでいきたいのか。湖を見ながらなんともなしに考えていた。

小さな泊まれる廻舞台 mawari
・住所 長野県岡谷市湊5-247-1
・予約 Airbnbページから
・Instagram @mawari.stay

【参照サイト】マスヤゲストハウス
【参照サイト】ReBuilding Center JAPAN

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飯塚彩子

“いつも”の場所にずっといると“いつも”の大切さを時に忘れてしまう。25年間住み慣れた東京を離れ、シンガポール、インドネシア、中国に住み訪れたことで、住・旅・働・学・遊などで自分の居場所をずらすことの力を知ったLivhub編集部メンバー。企画・編集・執筆などを担当。