フランスの小さな美しい村の観光から考える、これからの旅のかたち

今年2月、EUの行政執行機関である欧州委員会(European Commission)がこれまでのような旅行者数や宿泊数などの統計ではなく、社会的、環境的、経済的影響に関するデータをこれからの新しい観光業の指標として用いるよう加盟国に求めたというニュースが流れた。この方針は、観光においても、これまで以上に持続可能性に焦点を当てるという、EUの方向性を示している。

この方針は欧州の観光業にとってはターニングポイントであり、パンデミック後に再び旅行者数に頼る無責任な成長には戻らないとする意思を明確にした宣言だともいえる。

ただこの目標をどのように実現させるかの行動の指針や指標、目標期限は明確ではなく、何に基づいてこれまでの観光のあり方を変えていくのかについては、まだ日本にわかりやすい形では伝わってきていないようだ。

そんな中、フランス発祥の景観保全や観光促進を中心とした運動である「世界で最も美しい村運動*」を日本で行う「NPO法人日本で最も美しい村連合」の在フランス研究員として、通訳や翻訳の分野を中心に日仏の交流を促進する活動をしている日本人がいると聞いた。

今回はヨーロッパの中でもフランスの小さな村々の観光に関する事例を中心に、これからの持続的な観光のあり方のヒントについて、高津竜之介さんにお話を伺った。

*世界で最も美しい村運動….世界で最も美しい村(せかいでもっともうつくしいむら、仏: Les Plus Beaux Villages de la Terre、英: The Most Beautiful Villages of the World)は、フランスの最も美しい村協会を中心に、ベルギー(ワロン地域)・イタリア・日本・カナダ(ケベック州)における同様の運動が連携し結成された非営利活動法人「世界で最も美しい村」国際連合会の略称。

その目的は素晴らしい景観を有する田舎の小さな村の観光を促進する各国「美しい村」協会で協力し、優れた実践例の共有や共同アクションを推進することにある。現在はスペイン、ドイツ(ザクセン地域)、スイス、ロシア、レバノンが加盟するなど、さらにその活動の輪を広げている。

話者プロフィール: 高津竜之介さん


NPO法人「日本で最も美しい村」連合在フランス研究員。レンヌ第2大学言語学部非常勤講師。現在は同大学人文社会学研究科において「ソーシャル・イノベーションによる地域活性化」をテーマに博士課程在籍中。レンヌ第1大学経済学部修士課程一年目修了(2013)。サヴォワ・モンブラン大学(アヌシー)経営学研究科修士課程二年目修了(2014)。

目次
フランスでの「ソーシャルイノベーション」の捉え方

現在、高津さんがフランスのレンヌ第二大学で研究しているという「地域活性化とソーシャルイノベーション」という分野。この辺りに関する考え方だけをとっても、これからの観光の方向性に関するヒントがあるようだ。

『イノベーション』という言葉は日本に『技術革新』という訳で輸入されてきました。その影響もあり、日本では経営学のジャンル内でイノベーションがいかに経済的利益を生み出すか、という研究が多くされてきました。同様に『ソーシャルイノベーション』といった時も、ソーシャルビジネスなどの新しいビジネスモデルをいかに生み出すかという所に注目されることが多い。ただイノベーションはもともと『新しいものを生み出す』という意味。フランスでソーシャルイノベーションというと、日本とは少し違った捉え方になります」

その捉え方の違いを考える上で重要なのが「社会的連帯経済」という学問だ。社会的連帯経済とは、行き過ぎた利潤の追求による弊害をなくし、民主的な運営により、人間や環境にとって持続可能な経済社会をつくることを目的とする概念のことを言う。

「フランス人の経済哲学者、思想家であるセルジュ=ラトゥーシュの「脱成長」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。脱成長は、社会的連帯経済の1つのメインストリームで、経済成長以外の方法で社会を豊かにする方法はないのか、という研究です。フランスにおけるソーシャルイノベーション論は、ビジネスモデルにこだわるのではなく、いかに社会を豊かにするイニシアティブを生み出すかに着眼点が置かれるべき、という学問です」

レンヌ第2大学でのソーシャルイノベーションの研究と、並行して携わっている「最も美しい村運動」の仕事。その2つは、高津さんの中でどう繋がっているのだろうか。

「『最も美しい村運動』は単なるビジネスモデルだけでは捉えられないもの。もちろん加盟している村の会費で運営しているので1種のビジネスモデルと言う事も可能です。ただ、いかに経済的利益を生み出すかよりは、社会の意識をどうやって変えるか、また小さく美しい村が衰退していく中で、そこに人々の興味を持ってもらうにはどうすればいいか、という動機で生まれたのが最も美しい村運動です。そういう意味ではフランスでソーシャルイノベーションを研究する上で、最も美しい村運動はいいテーマだと思います」

「日本はアメリカの影響が強いので、ソーシャルイノベーションも新しいビジネスモデルの話になりがちです。その中で、フランスのような視点もあるということを付け加えられることが、私がフランスで研究している意味だと思っています」

地域の豊かさは誰が決める?

フランスでソーシャル・イノベーションを考える上で大切になってくる「脱成長」や「社会的連帯経済」という概念。そこでは社会の豊かさというものをどう測っているのだろうか。

「社会的連帯経済の文脈で言えば『豊かさは誰が決めるのか?』という問いが大事です。それは国や研究者が決めるものではなく、住民自身がどういう社会をつくりたいかを話し合って、それに向けて行動した結果として真の豊かさが得られると考えられています。なので、もし指標をつくるとすれば、地域ごとの住民自身がその指標を決めるべきだ、というアプローチを採用している研究者もいます。より一般的に言えば、数値では測れない、住民同士の関わりなどを大切にしているのが社会的連帯経済の流れです」

「フランスの最も美しい村」の観光のかたち

日本ではまだまだ豊かさを経済的な指標で測る流れが多く、それは観光業においても同じ。インバウンド客の訪日者数が常に注目されているのが現状だ。一方、フランスの美しい村運動においては、ちょっと違う所に意識があると高津さんは語る。

「観光業が住民生活に与えるインパクトは、『最も美しい村運動』をフランスで行う『フランスの最も美しい村協会』の中でも大きなテーマです。さまざまな村があるので一概には言えないのですが『フランスの最も美しい村』加盟村の多くは、観光客数の増加よりも、観光客の滞在の質に重きをおいています。例えば、まだ日帰りしか体験していない観光客には次は1泊してもらうとか、これまで車や歩きでしか村を回っていない観光客には自転車ツアーをお勧めするなど、観光客それぞれの楽しみ方を多様化する努力をしています」

それ以外にも、日本とフランスで大きく違う点があると高津さんは言う。それは人口に対しての地方自治体の数。フランスは基礎自治体の数が日本との人口比で比較すると約40倍にもなり、そのせいか自治体の長と住民の距離が近い。

「移住者にインタビューをしてみると『この村の村長さんに惹かれたから』という理由が移住の動機になっている場合もあります。この前サン・ロベールの村長さんに話を聞いた時も、参加型の民主主義を大切にしているそうで『議会で話すのも大事だけど、地元のバーで住民と飲みながら直接意見を聞いたりするのも村づくりにとって大切なんだ』と語っていました」

サン・ロベール村 ©Webメディア「世界の最も美しい村をめぐる

「日本では地域住民に対する行政サービスの効率化の為に、1万人規模を目指して自治体合併を進める『平成の大合併』が1995年から2011年にかけて行われました。その弊害として、地域の問題を地域で考えることができなくなり、地域住民の求めるサービスと行政の認識との間に距離感が出ているのかもしれません」

また距離の近さということで言えば、フランスでは観光客と地域住民の距離感についても面白い傾向があるそうだ。

「今年5月に行われたフランスの美しい村協会の総会に出席したのですが、そのテーマがまさに『ツーリズムと住民の暮らしをいかに両立するか』というもの。その時にトゥルヌミールという村の村長さんは『グリッター(Greeter)』という仕組みについて話していました。朝9時にある場所に集合すると、村長さんが直接その村について説明してくれるという事前申し込み制の観光案内の仕組みです。フランスの他の村でもそういった村民と観光客が直接交流する仕組みがよく見られます」

トゥルヌミール村 ©Webメディア「世界の最も美しい村をめぐる

自分の住んでいる場所の魅力を発信する企画が村民の間で自発的に起こり、その企画が村役場に持ち込まれて官民の連携が生まれ、その活動が国の助成金を取るところまで発展する。村民と行政の距離感の近さゆえに、フランスの村ではそんなボトムアップ型の村おこしが起こりやすいのだとか。

そして「観光客を増やしたい」という思いより、「自分達の村の魅力を観光客に知ってほしい」という思いが地域住民の間では強い。そのせいか、自分の村について語り出すと止まらなくなるのがフランスの村の人々だ、と高津さんは笑顔で語る。高津さんのその表情からすると、そんなフランスの美しい村と、そこに住まう人々が愛おしくてたまらないようだ。

編集後記

これからの観光のあるべき方向性はおそらく1つではなく、その場所の風土と住む人々によって導きだされるもの。高津さんが今回語ってくれた「脱成長」という思想と、フランスの小さな村での、訪問者数ではなく質や多様性を重視した観光のあり方。そしてボトムアップ型の地域活性化の事例の中には、その場所の風土や地域性を生かしたこれからの観光のあり方の種が埋まっているように思える。

これからの観光を持続的なものにしていく過程においては、旅する側とそれを迎え入れる側が、こういった種のようなものを一緒に育てていくことが必要なのかもしれない。その種が育っていく未来に想いを馳せると、今後の旅に求めるものも自然と変わっていく気がする。

ところで高津さんは、NPO法人「日本で最も美しい村」連合公認の「世界の美しい村をめぐる」というwebサイト上で、世界の小さな美しい村の魅力とその観光についてレポートしている。そんな彼の発信もヒントにしながら、これから旅をする1人1人が観光と旅のあり方を考えてみてはどうだろうか。

【参照サイト】世界の美しい村をめぐる
【参照サイト】フランスの最も美しい村協会
【参照サイト】NPO法人「日本で最も美しい村」連合

【関連記事】美しい村を美しいままに。「日本で最も美しい村新聞」編集長 ジュリアーノ・ナカニシさんインタビュー