「広島」と聞くと、どんなイメージが浮かぶ?
原爆ドーム? お好み焼き? 宮島? それとも「ヒロシマ」という文字?
もちろんそれらは広島という町と切っても切り離せない要素だ。
でも今回はちょっと視点を変えて、広島という町の風景とその歴史を観光名所とは少し離れた場所から楽しむツアー「Asageshiki(あさげしき)」を紹介したい。
まず目指すのは「二葉山」
この日、Asageshikiツアーを体験するために広島駅北口に朝8時に到着。そこで待ち合わせたのは、Asageshikiの発起人であり、ツアーガイドでもある通称Lilly(リリー)さんこと、三村 理紗さん。
「Asageshikiは、広島駅北口から見える「二葉山(ふたばやま)」に登るツアーです。二葉山は標高139メートル程の小さな山ですが、その山頂に登った後は、広島東照宮という神社さんの奥宮(本殿より奥のほうにある神社)で、広島市内を一望しながらお茶を点てて味わうのが特徴です」
その山頂には、銀色に光る謎の建物が。あれは一体?
「その答えは、山頂に辿り着いてのお楽しみです」と、含みのある笑顔で答えるリリーさん。
山頂での楽しみが一つ増えたと思いながら、まずは二葉山登山口のある広島東照宮さんへ。
広島城と広島東照宮の関係とは
リリーさんと雑談をしながら駅から10分ほど歩くと、境内に二葉山登山口がある「広島東照宮」に到着。
「広島東照宮は、有名な『日光東照宮』と同じく徳川家康公をお祀りした神社です。約370年前、広島藩主浅野光晟公(浅野家第四代)によって、広島城の鬼門(北東)の方向に当たる二葉山の山麓につくられました。その境内には、さらに昔の元禄時代頃から二葉山山頂に祀られている神社『金光稲荷神社』があります」
なぜ広島藩主は広島城の鬼門の方角に神社をつくったのだろう?
「かつて北東は鬼が出入りすることで災いがやってくる方角と信じられていたので、町づくりの際には神社が建てられることがありました。そうして二葉山に建てられたのが広島東照宮です」
極彩色に彩られた門をくぐり抜けて、広島東照宮の境内へ。お参りで身を清めてから、そこにはかつて神社の周囲の鎮守の森に住んでいたというフクロウの石像や、二葉山の伏流水が湧き出る井戸などを見学。
広島東照宮の立派な本殿に見とれているうちに、いつのまにかリリーさんは姿を消していた。あれ、リリーさん?
境内をきょろきょろと見渡すと、本殿から背中にお茶道具一式を背負い、手には水を入れた水筒を持ってリリーさんが再登場。
「Asageshikiツアーでは、頂上近くの奥宮でお茶を立てるんですが、いつも特別に神社に許可をいただいて、自然の恵みを取り込んだ二葉山の湧水のご神水でお茶を点てています。さっそく登りましょうか!」
人が訪れるほどに蘇る登山道と鎮守の森
神社からいただいた湧水とお茶の道具を背負って、いざ神社裏の二葉山の登山口へ。
たくさん並んだ朱色の鳥居を潜り抜け、さっそく登山開始。この日の雨上がりの登山道には、ところどころ崩れているところがあったり、水が溜まっていたり。
「観光客が安全に二葉山に登るには、定期的な登山道の整備が必要になるので、このツアーの利益の一部をこの登山道整備や周囲の森の保全費用に充てています。このツアーを始める前の登山道はかなり荒れていて、登山向けの装備をした人だけしか登れない状態でした。そこで広島東照宮さんや地域の方に協力を呼びかけたり、SNSでボランティアを募ったりして地域の皆さんと一緒に登山道沿いを整備した結果、お年寄りでも登れる手すりの付いた登山道が完成しました」
そんなリリーさんの解説を聞きながら登っていくと、その途中にもたくさんの社が。途中の神様たちにも一つ一つお参りしながら、頂上へ。
そして階段約500段、朱塗鳥居120数基を通り抜けて、山頂に辿り着くと、広島駅からも見えていたあの銀色に光る謎の建物が目の前にどどーん。
「これが二葉山平和塔(仏舎利塔)です。人類の幸福と戦争のない世界の恒久平和を念願し、史上最初の原子爆弾の犠牲となった方々の冥福を祈り、1966年に建てられました。塔内には、インドのネール元首相から贈られた釈迦の仏舎利(お釈迦さまの骨とされるもの)一粒、スリランカより一粒、モンゴル仏教徒より贈られた一粒、そして県市民の平和の願いを込めた祈念石数万個が奉納されています」
こんな場所にも平和を祈願する建物があることに驚く。そしてその周囲に目をやると、山の頂上なのに市民の憩いの場のような雰囲気。
手すりのない荒れた登山道だった頃には見れなかったはずのこの穏やかな光景。あらためて広島東照宮さんやリリーさん、そして地域住民による登山道整備の意義を噛み締めながら、下山。
森林浴、そして絶景の中での野点体験
途中、森の中に入ってレジャーシート上に寝転んで森林浴。森林浴にはストレスを軽減するなどの根拠が医学的に認められているんですよ、とリリーさんが教えてくれた。Asageshikiツアーには「森林浴ファシリテーター」の資格を持つガイドもいて、五感をすべて使った森林浴を体験させてくれるそうだ。
そして最後はいよいよお待ちかね、山頂での野点体験。東照宮の奥宮から広島市内を一望しながら、その場でリリーさんが丁寧に点ててくれるお茶は絶品。神社の湧水を使っているせいかはわかりませんが、体が細胞レベルで喜ぶ美味さ。
広島のもう一つの歴史を伝える旅
「海外の人や観光客にとって広島は『原爆が落ちた場所』という印象が強く、広島の歴史といえば、どうしても戦後に焦点が当たりがちです。でもそれ以前にも太田川流域に発展してきた城下町としての広島の歴史がある。そんなことも観光客に伝えたいと思ったことが、このツアーを始めたきっかけの1つなんです」
「この二葉山と広島東照宮は地域の先人たちが大切に受け継いできたものですが、もともと観光地ではありませんでした。でも地域で大切にしている文化や伝統についての発信を見直したり、人が環境に少し手を入れるだけで、良質な観光資源に変わることがある。おそらくそんな可能性が日本中に眠っているのではないでしょうか。今後もこのAsageshikiツアー売上の一部を二葉山に寄付してボランティア運営費や整備費として活用し、地域へ還元する循環型の『リジェネラティブツアー』として先人がつないでくれた広島の歴史や二葉山の自然を永続的に伝えていきたいと思っています」
この日はあいにくの曇り空だったが、この日野点を楽しんだ奥宮からは宮島を臨むことができる。かつての旅人や地域の人々もここから宮島を拝んでいたのだろうか。聖地を直接訪れずとも、遠くから祈ることで聖地に想いを馳せる旅もあるはずだ。
二葉山の眼下に広がる広島市街からは、風が木々を揺らす音に混じって、新幹線が勢いよく線路を鳴らす音、車のクラクションなど、都会の喧騒も聞こえてきた。
広島の今は、活気に満ち溢れている。この眼前の風景にリリーさんから聞いた広島の歴史、そしてこれからの広島の未来を重ねながら、しばらくの間、濃い抹茶の複雑な旨みをじっくりと味わっていた。
【参照サイト】Asageshiki
【参照サイト】広島東照宮
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いしづか かずと
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