「悟りとは何ですか?」タイで瞑想修行をしながら考えた私の宗教観

タイ

「あなたはどんな宗教を信仰しているの?」

海外に行くとたまに尋ねられるこの質問。
私はいつも曖昧な答えを返している。

「一応仏教徒かな…お葬式は仏教式でやるし、家には仏壇があるよ。でもクリスマスも一応祝うし、神社もお寺も両方行く。日本では結婚式には神父を呼ぶ人もいるよ。」

「宗教」という言葉を聞くと、私の頭には敬虔なクリスチャンやイスラム教徒の人々が浮かぶ。
彼らと比較すると、自分は教徒であるなんて言えないのではないか…。でも「無宗教(=無神論者)」と答えるほどの覚悟もない…。一体自分の宗教アイデンティティは何なのだろうか…。

そんな疑問を抱えた私は、仏教大国タイにて修行に参加することにした。
修行を通じて仏教の考えを知れば、少しは自分への理解が深まると信じて。

タイ北部の山奥にたたずむ楽園「Wat Pa Tham Wua」

タイの首都バンコクから寝台列車に揺られ、私とパートナーはタイ第二の都市チェンマイに降り立った。そこからさらに車に揺られること3時間。山奥にポツンと佇む瞑想寺「Wat Pa Tham Wua」の看板が目に入った。

運良く通りかかった軽トラックの荷台に乗せてもらい、寺の入り口まで向かう。山奥とは言え、真夏のタイの日差しは厳しく、露出された肌がジリジリと焼けていくのを感じる。

車に揺られること10分ほど。突然「ふっ」と涼しい風が吹き、周りの空気が爽やかになる瞬間があった。気づけば私たちは「Wat Pa Tam Wua」のエントランスにたどり着いていた。

そびえ立つ山々。青々とした綺麗な地面の緑。広大で開放的な敷地。そこはまるで楽園のようだった。

お寺でのスケジュールと決まり事

お寺に到着すると、受付で修行に関するルールやスケジュールの説明を受ける。

【お寺でのルール(一部)】
・決められたスケジュールに従って生活すること
・支給される服(真っ白な上下)を着用すること
・お坊さんとすれ違う際には礼をすること
・アルコールやドラッグ、動物性の食品は持ち込まないこと
・定められた場所以外では男女は会話をしないこと
・決められた部屋(男女別)に泊まること
・お坊さんの住むエリアには決められた時間以降行かないこと
・無言で過ごしたい人(バッジをつけている)には話しかけないこと
・お昼の12時以降は食事はしないこと
・ただしココアやスナック、敷地内にあるフルーツは口にしても良い
・掃除やメンテナンスなど、全員が協力して行うこと
・質素な場所(床の上にブランケットを敷いたような場所)で寝ること

【1日のスケジュール】
05:00 起床、自室での瞑想
06:30 僧侶への托鉢
07:00 朝食
08:00 修行
10:30 僧侶への托鉢
11:00 昼食
13:00 修行
16:00 掃除
17:00 自由時間
18:00 修行
20:00 自由時間
22:00 消灯

「Wat Pa Tam Wua」での修行を希望する人は、365日いつでも無料で食事、寝床、衣服、修行体験を提供してもらうことができる。予約などは必要なく、決められた時間(14時)までに到着すれば良い。

修行寺での食事
体験① お経を唱える瞑想修行

到着して荷解きや着替えをし、早速夕方の修行に参加する。
夕方の修行は「お経」を唱えながら行う瞑想だ。

屋根付きの広い空間に座布団を並べ、お経が書かれた冊子を手にして座る。
およそ100人ほどの修行者を前に、オレンジ色の袈裟を身に纏ったお坊さんたちが並ぶ。

お坊さんのリードに従い、冊子に書かれた英文をひたすら読み上げる。日本で聞くような読経とは異なり、抑揚のある美しいメロディに乗せてお経を唱える。最初は文字を追うことに必死だったが、時間が経つにつれ、頭を空っぽにしてお経を口にできるようになる。耳から入る美しいメロディが気分を心地よくさせる。私はこの瞑想スタイルがとても好きだった。

修行が終わったあとは自由時間。多くの人はココアやお茶を楽しんだり読書をしたりして過ごしていた。

体験② 歩く瞑想

翌日、朝の食事を済ませて我々が行ったのは「歩行瞑想」だった。

僧侶の方々を先頭に、全員が一列になって敷地内を歩く。歩くといっても普段のようなスピードではなく、1歩に5秒ほどかけて。

歩行瞑想

裸足に伝わる土の感覚、踏み出した一歩に徐々に体重が乗っていく感覚、そして頬を撫でる涼しい風。歩くことに集中すると、普段無意識で動かしている身体の筋肉に意識がいく。毎日なんとなく使っている自分の身体を深く知る機会になる。

途中小雨が降ってきたが、傘をさしながら歩みを進めた。

終わった後、程よく空腹になった身体に温かいご飯がじんわりと染み込んだ。

体験③ 僧侶の方々との問答

夜の瞑想を終えた後、10人ほどが僧侶の方々の近くに寄り、質問を始めた。

「神とブッダはどう違うのですか?」
「瞑想をしている最中、別のことを考えてしまいます。どうしたらいいですか?」
「幽霊は存在するのでしょうか?」

この瞑想寺は非仏教徒である人々であっても、修行者として受け入れている。
そのため、基本的な仏教の概念に関する質問を尋ねる人も多くいた。

「みなさん、どんなことでも尋ねてください。知らないことは恥ずかしいことではありません。」
「あなたが知りたいと思っていることは、みんなが知りたいと思っています。シェアしましょう。」

僧侶の方々はどんなに基本的な質問であっても、丁寧に耳を傾け優しく答えてくれる。

私たちも少しばかり質問をしてみることにした。

私たち:「悟りとは何ですか?」
僧侶の方:「仏教は、目覚め(≒悟り)を目的としています。目覚めとは、何かをしている時に心配が取り除かれた状態のこと。思考や感情さえもない状態。私たちはそれを目指しています。(中略)悟りの境地のことをニルヴァーナと呼びますが、それが何かは一言では表せません。私でさえまだ理解していない。私にできることは、ただ修行を続けることです。」

僧侶の方はゆっくりと、優しく回答してくださった。
穏やかで、オープンな時間だった。

身体修行を通して「自分」を知るのが仏教

2泊3日の修行を通じて私が気づいたことは、仏教はひたすら「自分」に焦点を当てた宗教であるということだった。修行を通じてひたすら自分と向き合い、執着や恐れを手放す方法を探る。辛いことや苦しいことがあっても「自分」の在り方によって解決しようと試みる。

さらに「身体を動かす修行」を伴うのもポイントの1つだ。本を読み頭で考えるだけではなく、自分の体を使って修行をすること。理性と感覚、頭と体の両方に重きを置いているのも仏教の特徴の1つだと言えるだろう。

私は仏教のこの考え方が気に入っている。自分が敬虔な仏教徒だとは思えないが、仏教の基本的な姿勢やマインドは自分の人生に取り入れて行きたいと思う。

旅をし、宗教を知り、学び続ける

私は今回の旅を通じて、基本的な仏教の姿勢や体系を学ぶことができた。でも、自分の言葉で誰かに語れるほど深く理解した訳ではないし、仏教だけを信仰したいと強く思った訳でもない。

世界を旅していると、様々な宗教を信仰する人たちに出会う。イスラム教やキリスト教、ユダヤ教や仏教、ヒンドゥー教やそれ以外にも様々な宗教が世界には存在する。

彼らと出会い、言葉を交わし、考えを知る。時には自分でその一部を体験してみる。
興味深く思ったことはさらに調べ、他の宗教と比較してみる。
素敵だと思ったら自分のマインドに取り入れてみる。

まだ、自分が何教徒なのかはっきりわからない。
でも、こんなスタイルで宗教について学んでいくのが、私には合っているのかもしれない。

本記事ライターは、世界中のローカルなヒトと体験に浸る世界一周旅中。
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Ray

世界のヒトを深く知れば、きっとちょっぴり世界に優しくなれるはず。そんな考えから、世界中のローカルなヒトと体験に浸る旅に出発。デンマークや逗子葉山でワークとライフのバランスを探った経験あり。ヒトと同じくらいネコが好き。