「その土地ならではの魅力を味わい尽くす新しい旅の形」平野紗季子さん×塩谷舞さんトークセッション

サステナブルな旅アワード トークショー

日本における持続可能な観光を浸透させることを目的として、観光庁が主催で「サステナブルな旅AWARD」が2023年創設され、アワードの受賞作品が10月27日に行われた「ツーリズムEXPOジャパン2023」(大阪)にて発表された

今回の記事で紹介したいのは、上記受賞者ではなく表彰式の後に行われた、文筆家・塩谷舞さんとフードエッセイスト・平野紗季子さんによる20分程のトークセッションの内容だ。

塩谷さん、平野さん

左:塩谷さん、右:平野さん

セッションのなかでは、サステナブルな旅のなかでも「社会・文化」の文脈に当たる話が、お二人がこれまでにしてきた旅の体験談から展開された。

テーマは「その土地ならではの魅力を味わい尽くす新しい旅の形」。

トークは、食をテーマにした自身のラジオ番組『味な副音声』にて自らを「食のしもべ」と称するほど食を愛するフードエッセイスト平野さんが魅了されている旅「ガストロノミーツーリズム」の話から始まる。

レストランは、「物語のような旅」の入り口
平野さん

「ガストロノミーツーリズムというのは、簡単に言うと、『その土地の食材や文化・歴史によって育まれた食を楽しみながらする旅』というものになります。私が旅をするときは、基本的に『食』が起点になるんですが、ガストロノミーツーリズムの視点で旅をすると、旅自体が物語のようにつながっていくんです。

レストランが物語の入り口です。まずはそこで食事をする。そこから、料理に用いられている食材をつくっている生産者さんや、料理が盛られた器をつくった方を教えて頂いて翌日以降に訪れてみたりと、レストランを基点に物語がつながっていく。

食体験を意欲的にデザインしているローカルガストロノミーレストランに関わっている方は、『その土地に根ざしてどう生きるのか』を考えているなど、思想家的な方が多く、一人ひとりの生き方から感銘を受けることが多いです。そのため、ガストロノミーツーリズムはたった一泊二日の旅であっても人生観すら変えてくれるような旅になりやすいように感じます」

外国人に寄り添った日本の文化・伝統工芸の伝承を

続いて著書『ここじゃない世界に行きたかった』やnoteなどで、独自の視点から暮らしや文化芸術、社会問題についての文章を紡ぐ文筆家塩谷さん。「日本の伝統工芸品や文化の魅力を海外の方に伝えるにはどうしたらいいか?」というモデレーターの問いに対して、こんな体験談の共有があった。

塩谷さん

「今年、デンマーク・コペンハーゲンに住んでいるデザイナー夫婦の友人が日本に2週間遊びに来てくれた時に、日本各地をアテンドしながら一緒に旅をしました。その時に感じたのは、彼らの欲しいものは明確にあるのに、それが手に入らないことが多いということでした。

包丁はかっぱ橋に行けば買えるよと伝えやすいんですが、例えば彼らが欲しかったのは畳。

JapanとNordicを掛け合わせたJapandiというインテリアのムーブメントが北欧を中心にでてきているなかで、結構畳マットレスが流行っていて、畳は難しくてもござならあるかなと探したんですが、彼らがイメージするようなモダンなデザインのものは無くて買えず…。

障子も同じく流行っているのですが、それもなかなか売っていなかったり、あっても外国人の身長に合ったものがなく、結局後日デンマークの会社が作った障子っぽい製品を結構な額のお金を払って購入していました。

欲しいものがあって日本まで来てくれても、その欲しいに答えられる場所がないというのはひとつあるんじゃないかなと思いますね。

持ち帰りやすい障子のキットなどがあれば、ものすごく売れるのではないかなと思ったりします」

その土地なりの魅力を見る、見せる

次に「文化や歴史を知るという観点で、訪れた場所などで思い出のあるエリアや場所などは?」といったモデレーターの質問に対して、二人はこのように話していた。

平野さん
「私がローカルガストロノミーですごく衝撃を受けたのが、デンマークの『noma』という世界一のレストランに何度も輝いているレストランです。デンマークは元々、高級レストランといえばフレンチというような場所だったんですが、『この土地にはこの土地なりの魅力があるんだ』ということで、新・北欧料理のようなムーブメントが20年くらい前から始まって、それで出てきたのがnomaでした。デンマークの土地の、やせ細ったにんじんを使いながら、でもこれが美味しいんだよと価値を転換させていく。土地の魅力を外の世界に翻訳して伝えて価値づけていった最大の成功例なんじゃないかなと思います。

フォレイジング(採集)って今世界的にムーブメントになっているんですけど、森に入って行って草を摘んで使うという。nomaではカタバミという葉などを森から摘んで使うんですが、そうした料理を提供しているなかでnomaが世界一のレストランになった時に、シェフの方がスピーチで『カタバミがキャビアに勝った』という言い方をしていたのが、すごく印象的でした。その土地の食が美味しくなるということが、その土地の誇りを取り戻すことにもつながるんだなとすごく実感しましたね」

カタバミ

Photo by Vasilina Sirotina on Unsplash

塩谷さん
「地産地消という文脈でいくと、日本の湿気ている気候風土も、この土地の観光資源という一つの側面だなと思います。例えば『漆』って湿度が高くないと乾かないから、ヨーロッパなどでやろうとすると加湿器を強くしないと出来ない。それはエコでもないし、本来あるべき姿とも離れてしまっていますよね。

先日、中国の代表的な伝統楽器で、日本でも古くから貴族の人たちが弾いていた『古琴』をお琴がやりたくて買いにいったんですけど、琴のいいところは、湿度が高いといい音がでるというところなんです。

古琴

Photo by enmyo on Shutterstock.com

本来音楽って民族のグルーブや国民性を如実にあわらしているものなのに、今はチャートに上がっているポップスや型にはめる必要のある音楽などが主流で、元々の土地がもっていた音楽や文化ってものすごく頑張って探さないと見つからないという現状があって。こうした本物の文化がもう少し外国人も含めアクセスしやすい場所にあればいいのにと思います。

日本ならではの文化を楽しみたくて日本に来たのに、美術館に行ったら印象派展がやっているよ、コンサートホールいったらモーツァルトがやってるよというのだと、『それはうちで観られるから』ということがすごく多くて、この土地ならではの文化の発信をモダンに今っぽくやきたいなというのは常々思っていますね」

奥の道まで進めるいい旅の入り口は、地域のことを想うホテルやレストラン

最後に旅先での情報の取り方についての話があった。

平野さん、塩谷さん

塩谷さん
「情報を取りにいくというよりも、旅において余白をものすごく置いておくのを、いつも気をつけています。情報を入れすぎると、絶対にこのコンサートは行かなきゃいけないとか、その次の予定はこれだから絶対に何時に出なきゃいけないとかで、せっかく旅先で会った人に『つぎ、うちにおいでよ、泊まりなよ』と言ってもらっても、キャンセル料がかかるからいけないといったような事態になるのがすごくもったいないので。誘われる大前提で予定を空けておくようにしてます。

余白があって、旅先で会った人から会った人へと、わらしべ長者的に次、次と巡っていける旅こそが、どんどん奥に入っていける。

ニューヨークに暮らし始めたときは、THE観光地しか行けなかったけれど、何年か住んでいると奥の道に入っていけるんですよね。その奥の道に最初から入っていくにはどうしたらいいんだろうというので、いつもね・・」

平野さん
「それはもうレストランに行ってください。それがローカルガストロのミーの力なので。その地域で、その土地のことを知って欲しくてレストランをやっている方って、絶対にその次のステップを用意してくれています。ローカルガストロノミーのお店に行きさえすれば、数珠繋ぎで色々な場所や人や、彼らが好きなお店を紹介してくれるので。だいたいそういうお店の店主の方で悪い人ってそんなにいないですし、きっかけにはなるのではないかなと思いますね」

塩谷さん
「ホテルもメディア化しやすいですよね。友人の龍崎翔子ちゃんが経営している、金沢の『香林居』という宿は、泊まった時に自然と街にいざなわれる場所でした。朝ご飯を食べて、『美味しかったな、また食べたいな』と思ったら、街が仕出してくれている朝ごはんだからそのお店に行けるとか。使っている鍵も、地元の作家さんが作っているとかで。

やっぱり地域のことを思っているホテルの人って、このエリアを盛り上げようとやってらっしゃるので、そうしたホテルやレストランの人に聞く、かつ余白を空けておくことで、旅の満足度は全然変わってくるのではないかなと思います」

「サステナブルな旅をしよう」という話になると、決まって出てくる「ローカル」という言葉がある。「ローカルなお店や宿を選ぼう」そんなメッセージとともに。

しかしなぜローカルが大事なのか、その理由はいまいち分かりやすく言語化されておらず、なんとなくグローバルよりローカルがよさそうなことは分かるけれど…とどこかで小さな疑問を感じていたが、このトークセッションのお二人の話を聞いていて、ローカルを選択することによる旅の魅力が少し分かったような気がした。

綺麗に覆い被された表面をすり抜けて、自分が住む場所とは違うその土地にしかない本当の魅力を見るための方法が「ローカルを選ぶ」ということなのだろう。

初対面の相手に本当の自分を簡単には見せないように、土地だって簡単に中身を見せてはくれない。それでも、せっかく頑張って働いて稼いだお金を出して旅に出るのだ。ここを愛するために、ここじゃないどこかを見ようじゃないか。土地側も、綺麗じゃなくてもいい、数人に嫌われたっていい、本当の自分を見せていこうじゃないか。わたしたちが見たいのは本物のあなたなのだから。

【参照ページ】サステナブルな旅アワード:塩谷さん、平野さんへのスペシャルインタビュー記事
【参照サイト】平野紗季子さんInstagram
【参照サイト】塩谷舞さんX(旧Twitter)
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飯塚彩子

“いつも”の場所にずっといると“いつも”の大切さを時に忘れてしまう。25年間住み慣れた東京を離れ、シンガポール、インドネシア、中国に住み訪れたことで、住・旅・働・学・遊などで自分の居場所をずらすことの力を知ったLivhub編集部メンバー。企画・編集・執筆などを担当。