過疎高齢化が進む地方において、インバウンドによる観光振興や地方創生の切り札として期待されているのが「民泊」だ。2018年6月に住宅宿泊事業法が施行されて以降、同法下における民泊物件数は増え続けており、2020年1月時点で全国で20,000件を超えている。
また、民泊仲介サイト世界最大手のAirbnbも2020年東京五輪から最上位スポンサーとなることが決まり、大会期間中の一時的な宿泊需要に対応するためのイベント民泊の盛り上がりが予想されるなど、観光客と地域住民の交流インフラとしての民泊の裾野は着実に広がりつつある。
そんななか、早くから「民泊」の持つ可能性に注目し、地域の特色を活かして独自性の高い民泊のスタイルを提案し続けているのが徳島県だ。
過去20年以上にわたり人口減少が続いている徳島は、地域活性に向けた観光政策や関係人口づくりの一環として、さまざまな民泊を展開している。2017年4月からはじまった、平時は宿泊施設に、災害時には避難所になる「シームレス民泊」をはじめ、地元の農業文化を存分に味わえる「農家民宿」、阿波おどり期間中に合わせた「イベント民泊」など、その取り組みは多彩だ。
今回、四国お遍路の二十二番札所でもあり、シームレス民泊の第一号となる「坊主の宿」を開業した阿南市の平等寺と、肉や乳製品を一切使用しない「美郷流マクロビ料理」で10年以上にわたって海外の観光客からも人気を集める吉野川市・美郷の農家民宿「きのこの里」を訪れた。
平時は民泊、災害時は避難所になる「シームレス民泊」とは?
シームレス民泊とは、一言でいえば平時は通常の民泊施設として、地震や豪雨などの自然災害発生時には無料の避難所として活用する「民泊」のことを指す。2016年の徳島県規制改革会議「第1次提言」を受けて制度化され、同制度により民泊サービスを提供する施設は、食事の提供など知事権限の範囲で一部基準が緩和されることになった。平時と有事で境界を持たせないという意味で「シームレス」と名付けられている。
シームレス民泊では、自然災害の発生時、地域の避難所に避難した住民の中から、保健所や医師などから特に必要性が高いと判断された住民がシームレス民泊施設へと振り分けられる。その間にかかる民泊施設の宿泊代を行政側が負担するため、住民は無料で安全な施設に宿泊することができ、施設側にも経済的なデメリットは発生しないというユニークな仕組みとなっている。
Airbnbも災害時には無料で民泊物件を避難者や難民に貸し出すという取り組みを展開してきたが、行政側が民泊ホストに対して宿泊代も負担するというのは徳島独自のモデルだ。
いずれやってくる「南海トラフ巨大地震」
徳島県がこのシームレス民泊を始めた背景には、観光振興や関係人口づくり以外にももう一つ大きな理由がある。それが、今後30年の間に70~80%の確率で発生すると言われている「南海トラフ巨大地震」への対策だ。もし地震が発生すると、海抜が低い徳島県東部や南部の沿岸地域は大きな津波被害が予想されるため、避難場所の確保が重要課題となっていた。
また、「四国遍路」に対する海外メディアからの注目もあり、バスなどを使わずに歩いて霊場を回る「歩き遍路」の数が年間約6,000人まで増えるなか、参拝客に対応できる宿泊場所が不足してきているという課題もあった。これらの課題を同時に解決する手段としてはじまったのが「シームレス民泊」だ。
シームレス民泊の第一号「坊主の宿」が考える、民泊の価値
シームレス民泊の第一号として2017年4月から「坊主の宿」を開業したのが、徳島県南部・阿南市にある四国お遍路の二十二番札所「平等寺」だ。
平等寺の住職を務める谷口真梁(しんりょう)さんは、はじめてシームレス民泊の話を聞いた瞬間に、この取り組みは四国お遍路にとってもよい影響があると感じたという。
「最近は宿のオーナーの高齢化が進んでおり、お遍路宿がどんどん減ってきています。一方で、歩きのお遍路は年間6,000人ぐらいまで増えており、5年以内には宿が足りなくなることが見えていました。シームレス民泊であれば、宿に泊まりたいという歩き遍路の方々の需要も満たせますし、地域に宿があれば、地域の人々との交流も生まれます。地元の人と知り合えれば、『また会いたい』と再びやって来る人も増える可能性があり、まち全体の関係人口増加につながります」
高齢化により宿の担い手が不足するなか、「四国遍路」の文化を維持するためには宿が必要となる。その解決策としてシームレス民泊は最適だった。また、谷口さんは、災害時の避難拠点として活用する「シームレス民泊」をはじめたことで、地域の防災意識向上にもつながったと話す。
「シームレス民泊の宿をつくったとしても、実際にいざ災害が起こった場合、指揮ができる人がいないといけないという話になり、結果として防災士が一気に増えました。シームレス民泊により、地域の防災意識も高まったのです。有事に備えた訓練も3回やっており、2回目の訓練では日本語が話せない外国人が泊まりに来た場合にどう対応すべきかといった訓練も実施しました」
今後30年以内に7割以上の確率でやってくると言われている南海トラフ巨大地震。大災害に備えて、地域の防災意識を高めることは非常に重要だ。実際に2017年11月に新野町で、はじめて行われた大規模な防災訓練では、200名以上の町民が参加した。シームレス民泊は、その取り組みを通じて地域住民に対してもいま一度地域の安全について考えるきっかけを提供している。
お遍路の寺が、防災拠点に適している理由とは?
宿泊施設を災害時の避難拠点として活用する以上は、その施設自体が津波や豪雨などにも耐えられる安全な場所に立地している必要がある。実は、これこそが四国遍路の霊場である平等寺がシームレス民泊の拠点となった理由でもある。
「なぜ平等寺がシームレス民泊の拠点に適しているかは、800年前の徳島県の地図を見ると分かります。お遍路が始まった鎌倉時代は今よりも海抜が10mぐらい高かったので、徳島市内や阿南市などの沿岸部は海でした。そのため、10mの津波が来ると、そのあたりはすべてだめになります。避難所に向いているのは、勝浦、加茂、新野の3つで、これらの地域にお遍路のお寺があります。つまり、お遍路が始まった空海の時代から存在しているお寺は安全な場所にあり、シームレス民泊に向いているということです」
お遍路の寺は、今よりも海抜が高かった時代に陸地だった場所に存在しているため、安全だということだ。お寺の場所が、時代を超えて安全な場所の目印となるという話は何とも面白い。
現在、シームレス民泊施設は平等寺の「坊主の宿」を含めて4拠点まで増えているという。幸いにもいまのところは実際の避難拠点として利用されたことはないが、地域の中にこうした防災拠点ができることは、地域で暮らす高齢者の方々にとっても大きな安心材料となるだろう。
海外からも訪れる「美郷流マクロビ」農家民宿
シームレス民泊以外にも、徳島ならではのユニークな民泊スタイルは数多くある。その一つとして紹介するのが、県の中央よりに位置する、吉野川市美郷で11年にわたって営業を続けているユニークな農家民宿レストラン「きのこの里」だ。
川村さんご夫婦が経営する「きのこの里」の一番の売りは、独自に名付けた「美郷流マクロビオティック料理」だ。マクロビオティックとは肉類や乳製品を使用せず、玄米や大豆、野菜などを中心として作られる食事のことを指す。
美郷流マクロビ料理は、きのこの里で自ら栽培している野菜やしいたけがふんだんに使われており、まさに地産地消の料理となっている。体にストレスがかかる肉類や乳製品、砂糖、添加物などは一切使われていない。川村さんは、「すべての料理について自分で全部説明できるから、お客様には安心して食べてもらえる」と話す。
今では東京や神戸など都心に加え、はるばる海外からも川村さんの手作り料理を目当てに美郷までやってくる方がいるそうだ。環境意識や健康志向の高まりからヴィーガン食が欧米を中心に広がっているなか、海外からたくさんの観光客が来ると言われても何ら不思議はない。
川村さんがマクロビオティック料理を専門とする料理を提供しはじめた理由には、最近の若者の食生活の変化に対する危機感がある。都心で忙しさを理由に不健康な食生活を続けていると、若いときはよくても長期的には健康が維持できなくなる可能性がある。また、最近はアレルギーを抱える若者も多く、大豆や小麦までだめという人も増えている。
だからこそ、保存料なども使わず素材本来の味を楽しむオリジナルの美郷マクロビオティック料理を食べてもらい、健康な食を取り戻してほしい。それが川村さんの願いだ。
「食べ物で、性格だって変わるんです」
川村さんは笑顔でそう話してくれた。
世界農業遺産を活かした体験型民泊
美郷以外にも、徳島県には、独自の魅力がいっぱいだ。美馬市、三好市、つるぎ町、東みよし町からなる「にし阿波地域」は、中四国地方としてはじめて「世界農業遺産」に認定されるなど、急傾斜地を利用した伝統的な農業地域として知られている。
その象徴ともいえるのが「コエグロ」と呼ばれる独自の農耕文化だ。急傾斜地では、風や雨によって土壌が侵食されやすいが、その浸食を防ぐ手段として考案されたのがコエグロだ。秋口にカヤ刈りを行い、乾燥させて山にする。それを春口に堆肥として急傾斜地に入れることで、土壌の流出を防ぐのだ。コエグロが立ち並ぶ姿は里山の景観としても美しい。
にし阿波地域ではこのような独自の農耕技術を活かして名物のソバをはじめとするさまざまな作物が作られており、自然と共生した持続可能な暮らしが現在でも続いている。美馬市にある農家民宿「ゆずの里いづみ」をはじめ、にし阿波にはこれらの農業文化や美しい景観を体験できる民泊施設も多く存在しており、徳島らしい多様な民泊の一端を担っている。
観光客も地元住民も幸せにする民泊
これまで紹介したように、徳島の民泊はどれもがとても個性的だ。それぞれの地域が持つ文化や歴史を活かし、その土地ならではの体験として提供することで付加価値を高めている。一方で、それぞれが独自性を持ちながらも共通しているのは、民泊を通じて観光客だけではなく地元で暮らす人々も幸せになるスタイルを追求している点だ。
シームレス民泊では、お遍路の宿泊需要の受け皿となるだけではなく、地域の防災拠点として活用することで地元住民に安心と安全のインフラを提供している。美郷の「きのこの里」を訪れれば、世界中からやってくるゲストとの交流が川村さんご夫妻にとっての生きがいにつながっていることがよく分かる。
古くからある伝統的な農法をそのままコンテンツとして提供することで、大きな投資をせずとも地域に新たな活力をもたらしているにし阿波地域の民泊も同様だ。
最近は「Touristification(ツーリスティフィケーション)」という言葉も生まれているように、特に都市部では民泊の普及に伴う観光客の増加により地元住民の穏やかな暮らしが脅かされる事例も出てきている。「誰のためのまちなのか」という問いが世界中で巻き起こっているのだ。
徳島の民泊は、この問いに対する一つの答えでもある。人と人が交流し、そのつながりが地域の安心のインフラとなり、観光客も宿泊客も幸せになれる民泊は、アイデアと工夫次第で実現できるのだ。徳島は、私たちが目指すべき理想的な民泊のありかたを提示してくれている。
【参照サイト】シェア・ニッポン100~未来へつなぐ地域の活力~
【参照サイト】きのこの里
【関連ページ】徳島県の民泊・旅館業簡易宿所に関する条例・法律・規制
【関連ページ】シームレス民泊とは・意味
【転載元】災害時は避難所になる「シームレス民泊」に、地産地消の「マクロビ民泊」。徳島に学ぶ民泊と地方創生 | 世界のソーシャルグッドなアイデアマガジン | IDEAS FOR GOOD
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