実家に帰り、地元に恩返しできる理由ができた—。日頃、都市部で本業に忙殺されるサラリーマンにとって、地方に実家があっても、子供の学校などの事情からライフスタイルが固まり、自然に縁遠くなっていく。そんな流れを自ら変え、実家がある地域にできた新たな副業拠点でエリアオフィサーとなり、本業に影響なく2拠点ワークを実現している人がいる。大手電機メーカーでIT部門のディレクターを務め、横浜在住の山田孝雄さんだ。福井県の実家と「堂々と」行き来できる理由とは。
実家継がずとも貢献を
WDLは、個人のチャレンジや組織の変革を応援する団体として2013年に設立され、首都圏在職者を中心に約160人が参加。各地域の関係人口拡大事業や地域企業の課題解決プログラムを推進している。WDLでは、より、その地域に深く入り込んで活動を進めるため、各地での活動拠点の新設を進めている。
今年4月、福井に新設したWDLの拠点のエリアオフィサーに就任したのが山田さんだ。
山田さんは、「和紙の里」としても知られる福井県の旧今立郡今立町、今の越前市にサラリーマンの家庭の長男として生まれ、両親からは「当然のように実家を継ぐ」ものと思われてきた。ただ、「都会に出たい」一心で、大学は京都、就職も大阪に。さらに結婚後、関東に生活を移し、2人の子供も成長した。
「関東での会社員生活が落ち着いてしまい、家族のライフスタイルも固まってしまうと、実家に戻る理由がなくなってしまった」。家を絶やさない、というプレッシャーがありながら、都心部での生活に慣れ、さらに、子供の学校生活を変えられないなどの理由から実家に戻りにくくなっている人は多いといえる。
もっとも山田さんは、子供が大きくなり、自分が年齢を重ねるにつれ、「跡を継いで実家で両親と同居はできずとも、地元には恩返ししたい。そのことがきっと親孝行にもなる」との思いを深めていった。
そんな時に、地元・福井でとあるプロジェクトが始まることを知る。
福井市が主催し、県内外の人材と福井のパートナー企業が新たな事業創出を目指すプログラム「INTERWEAVE」だ。WDLも運営協力団体として参加した。WDLメンバーだった山田さんは、プロジェクトリーダーとして参加することになった。
新拠点で関係人口創出
山田さんは、同プログラム内で、福井県内のあらゆる土産物を扱う老舗「かゞみや」の社長とタッグを組み、同社が若年層にも刺さる商材を展開したいという要望に応えるため、「かゞみやプラットフォーム」構想のもと、福井出身者など5人と施策を策定。「商品を通じて福井の魅力を伝える」ことをテーマに、昨年10月から約3カ月間にわたり試行錯誤を重ねた。メンバーで、福井弁講座などでも人気のYoutuber、ともだりこさんらが同社商品を独自の目線でセレクトした動画を制作。その商品セットを実際に購入できるようにしたほか、EC(電子商取引)を活用した販路拡大策なども提案し、次につながる結果を残すことができた。地元紙にも取り組みが掲載され、「親孝行にもなった」。山田さんらの取り組みは、福井市のみならず、商工会議所などとの交流にもつながったことから、WDLとしても拠点をつくり、腰を据えてさらなる関係人口拡大のためのプログラム実施に向けて取り組むことを決めた。
実家で介護もイメージ
両親や幼なじみと久しぶりに会うための旅行のような感覚ではなく、福井に行くための理由が固まったことで山田さんのライフスタイルも変化した。
実は、山田さんが福井でも業務をしやすくなった理由として、勤務先の制度改革も挙げられる。部長クラスを含め、オフィスに自分の席を持たない「フリーアドレス」を実施。さらに、テレワークで作業できる機会が増えたことを受け、「実家でのテレワークも可」という新ルールも創設。実家に滞在しながらオンラインで業務をこなすことも可能で、「(両親の)介護が必要になった際のシミュレーションにもなった」。
「地元でプロボノ的に働いているとはいえ、『都心でバリバリのビジネス』というほどではないので大いにリフレッシュになる」とし、「関係性があるからそこに行く理由があるし、コミュニティーを持っているから行きやすい」とも付け加える。
生活圏境界あいまいに
WDL代表の石川氏は「今までは『どこに住んでいるか』が基準だったが、今後は副業を通じて生活圏が全国に広がっていく。働き方の変革が呼び水になり、良い意味で生活圏の境界があいまいになっていくのではないか」と指摘する。
山田さんは、働き方の変化や地域に深く関わる生活になったことで、良い影響が出ていると話す。
「(今回の福井の案件のように)外部のプロジェクトでは関係性がみなフラットゆえに、いかに興味をもってコミットしてもらえるか、モチベーションコントロールが重要になる」と指摘。こうした経験が結果として本業にも生きているという。
今後は、福井の拠点内にとどまらず、他のWDLの拠点メンバーらとも情報を共有しながら、「効率よく関係人口をつくり、プロジェクトを回していけたら」と意気込む。
WDLは地方拠点の開設を急拡大しており、4月の福井、5月の静岡県沼津市をはじめ、長崎や能登での開設なども視野に入る。
「僕と同じように地元に恩返ししたい人は多くいると思う。関係人口の中に多く入ってもらえるようにしたい」山田さんの2拠点ライフ、さらなる仲間づくりはまさにこれからが本番だ。
【参照サイト】WORK DESIGN LAB(ワークデザインラボ)
Shin
最新記事 by Shin (全て見る)
- アート×箱型公園で“生み出す”観光を。香川県琴平町こんぴらさん参道エリアに「HAKOBUNE」誕生 - 2024年3月21日
- 自然、文化を味わう旅「アドベンチャーツーリズム」の可能性。大正大学・岩浅有記准教授インタビュー - 2023年7月27日
- 西伊豆の温泉宿でヘルスツーリズム。「健康度の見える化」で生まれる新たな旅行体験とは? - 2023年1月26日
- 十勝で地域価値創造を。ワーケーションの一歩先を行く「リゾベーション」とは - 2022年11月7日
- 地域資源を地域価値に。”Z世代”起業家が考える、これからの地域間交流 - 2022年9月2日