北欧デンマークの首都コペンハーゲン。
小さなこの国の中心に「クリスチャニア」と呼ばれる自治区がある。
2023年10月、私はとある好奇心に突き動かされ、少し歳の離れた友人を訪ねにクリスチャニアに足を運んだ。
幸福の国の楽園「クリスチャニア」
クリスチャニアの歴史を少し紹介しよう。
その歴史は1970年頃に遡る。元々軍の施設として使用されていた土地が、軍の撤退と共に空き地になった。その後近所の人々が子どもたちの遊び場を作るために整備をし、最終的にはヒッピーの楽園として知られることとなった。
ここではおよそ900人近い人々が独自のルールに沿って生活をしている。
例えばルールには以下のようなものがある。
・車禁止
・壁への落書きはOK
・犬や猫を鎖で繋ぐのは禁止
・暴力、ハードドラッグはNG
・家の販売はNG(譲渡のみ可能)
・家賃はなし(ただしコミュニティ維持のために毎月定額を支払う)
およそ0.3キロ平方メートルにもなる土地は、14のエリアに分割され、それぞれのエリアで月1回ミーティングが行われる。
それだけでなく、クリスチャニア全体のミーティングも開催される。リーダーなどは存在せず、全てが話し合いで決められる。民主主義を重んじるデンマークらしいやり方だ。
独自の制度を持つ一方で、水道、電気、ごみ処理などの料金や税金はデンマーク政府に対して納めている。
※クリスチャニアでは現地民によるツアーが開催されていて、こうした情報を詳しく聞くことができる。ぜひ訪れた際には参加してみてほしい。
クリスチャニアでは「ドラッグは合法」
デンマークという国単位で見ればドラッグは違法。しかし、クリスチャニアではドラッグの販売が許可されている。クリスチャニアは独自の自治権を持っているため、国も黙認している状態なのだそう。ただ、販売できる場所や製品の種類は厳しく制限されている。「ハードな依存性の高いドラッグは売らない」というのがクリスチャニアのルールだ。
公然とドラッグが販売されるクリスチャニアには、国内の若者や外国人観光客の多くがそれを求めて集まる。
よってクリスチャニアは「ドラッグが違法な国で、唯一ドラッグが買える場所」として人々に知られることが多い。実際、動画メディアなどで「クリスチャニア」を検索すると「ドラッグ」の文字が多く目に入る。
でも、本当にそれだけなのだろうか?
クリスチャニアには現在も何人もの人々が住み、生活を営んでいる。そこには「暮らし」が当たり前にあるはずなのだ。人々が何を感じているのか。疑問に感じた私は住民の1人にインタビューをすることにした。
クリスチャニアはドラッグのための場所じゃない
北欧の人々が冬支度を始める10月、私はクリスチャニアに住む友人アウリを訪ねた。
アウリと知り合ったのは、私がデンマークに留学をしていた2018年のこと。デンマークを訪れる際は必ず顔を見るようにしている。
アウリはフィンランド人で、クリスチャニアに住んで30年以上になると言う。
「久しぶりだね!遠くからはるばる来てくれてありがとう。私の家でお茶でも飲みましょう!」
およそ母の年齢ほどの彼女が温かくもてなしてくれた。
温かいお茶とシナモンロール、そして日本から持ってきたわらび餅でほっこりとした時間を楽しんだ後、アウリに質問を投げかけてみた。
──アウリはどうしてクリスチャニアに来たの?
私の兄が住んでいて、たまたま訪れた時にこの家を見つけたの。その時に「たとえばこんな風に家をアレンジしたら素敵かも」と色々なインスピレーションが浮かんで、引っ越すことを決めたのよ。
──クリスチャニアのどんなところが好きなの?
ここにはコミュニティがある。特に私の家の周りにはとても平和で穏やかな時間が流れているの。近所の人たちと一緒にご飯を食べたり、お塩がなければ借りたり、毎日コミュニケーションを取る。私はこうした暮らし方が好きなの。
それからここにはとても美しい自然がある。コペンハーゲンという都市の真ん中にいながら、素敵な自然を味わうことができるなんて素晴らしいことだと思う。
──ドラッグを売っていることについてどう思う?
わからない。ドラッグがいいことなのか悪いことなのか、私にはわからない。今年もドラッグを売っている通りで若者が亡くなる事件があった。
でも私がみんなに知っておいてほしいのは、クリスチャニアはドラッグだけの場所じゃないってこと。ネットではよくドラッグのことばかり書かれているのを知ってる。でもここには美しい自然や温かいコミュニティが存在しているの。それを覚えておいてほしいと思う。
そう語るアウリの顔は少し寂しそうに見えた。
ローカルな人の言葉には「手触り」がある
技術の発展によって、私たちは簡単に他の国のことを知ることができるようになった。どんな場所にどんな人たちがいて、どんな生活をしているのか。誰1人友人がいなくてもその国を知ったようになれる。
でも、そんな時代だからこそ私は「自分で情報を得に行くこと」を大切にしたいと思う。誰かに編集された情報を一瞬で消費するのではなく、そこに住む人々から溢れる言葉を浴びたいと思う。
なぜならその情報には「手触り」があるからだ。私が彼女と過ごした時間の長さや、彼女がその場所で過ごしてきた歴史を、身をもって感じることができる。一瞬の点としての情報ではなく、その情報には「時間の奥行き」が感じられる。
「クリスチャニア」という言葉を聞くたびに、私はアウリのことを思い出す。質問内容だけではなく、彼女の笑顔や、温かいシナモンロールの匂いが、頭の中に蘇ってくる。
こうした記憶は毎日の情報の波に押し流されることなく、きっとこれからも頭の中に残り続けるだろう。
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Ray
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