自分の育った出身地である地元に戻る。戻るまでは考えていないけど、地元に対して貢献できることがあれば関わりたい。進学や就職をするタイミングで地方から上京してきた人の中には、一度は地元との関係やつながりについて考えたことがあるだろう。特に、このコロナ禍でなかなか帰省が難しくなってしまったこと、リモートワークが浸透してどこでも働ける状況になったこと、そういった環境の変化によって地元への意識が強くなった人も少なくないはずだ。
その一人が静岡県出身で東京の人材サービス会社で働く、松浦和美さん。そんな彼女が「地域での複業」を通じて、出身地との関わりを持つことになった。今回、松浦さんのキャリアの歩みから、地元を意識することになったきっかけ、意外な地域との出会い、地域で複業する中で気づいたことなどについてお話を伺った。
静岡県島田市出身。人材会社で企画職として、社内外向け研修や業務設計支援などに従事。2020年以降、在宅勤務中心になったのをきっかけに地域複業に興味を持つ。SNSで偶然見かけた関東圏での複業事業に2020年・2021年と参加。現在、茨城と静岡の企業2社で複業を実践中。新規事業立ち上げのサポート、広報支援などに携わる。普段はリモートでやりとりしながら、イベント時には現地訪問をするスタイルで事業者と関わっている。
目次
- 松浦さんのこれまでのキャリア
- 地元との縁が切れてしまうのではないかという不安
- ただ作業をして報酬をもらう関わり方ではなく、相手に寄り添った関わり方
- 何かをやってみるのに明確な目的がなくても良いという気づき
- 自分の中にある当たり前を壊してみる
松浦さんのこれまでのキャリア
──はじめに、松浦さんのこれまでのキャリアについて教えてください。
大学を卒業した後、アパレル会社での接客販売の仕事からキャリアをスタートしました。その後、若いうちに違う領域にもチャレンジしたいと思って、26歳の時に現在所属している人材サービス会社に転職をしました。その会社の派遣事業にて、仕事紹介やキャリア相談、内勤営業を経験し、直近は社内メンバーや社外向けの研修企画や運営などに従事しています。キャリアを重ねていく中で、人材の方と直接「接する」フロントの仕事だけでなく、社内の後輩などに「教える」サポートの仕事も経験する機会がありました。その教える仕事がとても楽しく、人材育成の領域により携わりたいと思って、運よく新しい組織の立ち上げのタイミングで、現在の企画職に異動しました。
──キャリアを重ねる過程で、自分の中で変わってきたと感じることはありますか。
一番大きな変化としては、「表舞台から仕組みづくり」の仕事にシフトしたことだと思います。自身が1人のビジネスパーソンとして高いパフォーマンスを発揮するというより、関わる人たちのパフォーマンスを上げることや、その人のキャリアを支援していくところで力を発揮することに意識が向いていきました。
私自身、転職した当初、全然仕事ができなくて、上司に怒られては泣いて、また頑張ろうと前を向いて、徐々に仕事ができるようになっていくみたいな、典型的な入社1年目のような時期がありました。仕事が思うようにいかない時の心構えや仕事を進めていくにあたってのコツなど、私の経験やその時感じたことなどを伝えていきたいと思っています。また、その関わる人の仕事がただの作業になるのではなく、その人の良い面が発揮されて、同じ作業でもそこに工夫が生まれてほしいと思っています。なので、その仕事の目的や組織のビジョンをその人の作業と紐づけて、「一つ一つの仕事に意味を持って働く」ということを大事にサポートをしています。
地元との縁が切れてしまうのではないかという不安
──松浦さんは点と点とつなげることが好きな方なんだなという印象を抱きました。そんな松浦さんが地域での複業に出会ったきっかけを教えてください。
新型コロナ感染拡大に伴って、仕事が在宅勤務に移行しました。それ以前、夜に開催している勉強会やイベントに行きたいと思っていたのですが、仕事が忙しかったり、会場まで移動する時間がつくれなくて、なかなか足を運ぶのが難しかったんです。そういったイベントのほとんどが2020年以降、オンラインに切り替わって、自宅にいながらも仕事に必要なスキルや資格が勉強できるイベントに参加できるようになりました。
そのタイミングで、ふと地元である静岡で何かできることはないかなとオンラインイベントを調べていたんです。そして、たまたま静岡での地域複業プログラムの説明会を見つけたんです。まずは話だけでも聞いてみようと参加してみたのですが、気が付いたら次のプログラムに進んでいて、プロフィールシートを書いて、地域の企業さんと交流するフィールドワークに参加してという感じで、地域との出会いができました。
──地元である静岡が選択肢に出てきた当時、どのような心境だったのか教えてください。
一番はコロナ禍で実家に帰省できなくなったのが大きいと感じています。なかなか帰省できない状況が続いて、このまま静岡との縁が薄れてしまうのかなという不安がありました。一方で、自身の働き方やイベント開催がオンライン中心になったこともあり、オンラインでもいいから静岡に関われないかというアンテナが立ったんだと思います。そこから、所属する会社以外の環境で、自身の経験やアイデアが通用するのか自分試ししてみようと、地域複業のプログラムに参加しました。
ただ、実はこのプログラム参加の結果は、縁もゆかりもなかった茨城の企業とのマッチングだったんです。そのプログラムは複数の地域が参加していて、茨城もその一つだったんです。参加した当初は、静岡に関わりたいと思っていたのですが、プログラムを通じて私が複業で力になれると思った企業がたまたま茨城だったんです。
ただ作業をして報酬をもらう関わり方ではなく、相手に寄り添った関わり方
──マッチングした茨城の企業で、どのような複業をしているのか教えてください。
その企業は主に自治体の事業をやっているのですが、そこの代表が受託事業だけでなく自社事業もつくっていきたいと考えていました。複業プログラムを通じて、私も含めて3人がその企業でマッチングしたのですが、その内の茨城県出身のメンバーから、何か地域貢献できることをしたいという声が出たんです。その声をもとに、代表と複業メンバーで企画してスタートしたのが、「WORK DESIGN IBARAKI」という複業ワーカーの当事者である私たちがその地域で複業をつくる取り組みです。
「複業」という新たな働き方を通じて、茨城県内の企業の課題解決に貢献することや、首都圏の方々に茨城県の魅力を伝えることを目的に、プロジェクトの事務局としてイベントの企画や運営などをしています。地域での複業1年目に、その地域の複業を推進する取り組みに関わるのは予想外でした。その後、複業2年目にも1年目に参加した地域複業プログラムに参加したのですが、ここで静岡の企業とマッチングして、念願だった静岡との関わりができたんです。静岡の企業では広報支援でSNSの発信などの仕事をしています。
──2年間で2つの地域と出会い、しかも地元・静岡に関わることができたんですね。地域の企業さんと関わる際にどのようなことを意識しているか教えてください。
茨城の企業も静岡の企業も本業と違う領域の仕事ではあるのですが、なんでもチャレンジさせてくれる心の広さを感じています。その分、私も何か役に立ちたい、期待に応えたい気持ちが強くあるので、私なりに思ったことや私がそのサービスのユーザーだったらという視点で、率直に意見を伝えることを意識しています。
事務局の仕事もSNSの発信も、仕事としては作業が中心になるのですが、ただ作業するのではなく、自分の考えやアイデアを伝えたり、その仕事をする目的や意味を確認し合った上で進めるなど、企業に対して寄り添った姿勢を大事にしています。企業からも第3者的な視点で見てもらって、意見をもらえることはありがたいと言っていただいています。また、当たり前のことなのですが、時間や納期を守ること、アジェンダや成果物を明確にすることは大事にしています。オンラインでの打ち合わせがほとんどですので、その時間を有意義にするためにも決められた時間の中できちんとしたアウトプットを提出や提案するよう心がけています。
何かをやってみるのに明確な目的がなくても良いという気づき
──「一つ一つの仕事に意味を持って働く」という言葉がありましたが、松浦さん自身がその姿勢を地域の企業に対して体現してるんですね。地域での複業を通じて、松浦さんにとって良かったことを教えてください。
会社以外の場で大切な「仲間」ができたことは大きな刺激になっています。茨城も静岡も複数メンバーで関わっているのですが、初めはお互い手探りな感じで、なかなか本音で話せないこともありました。ただ、週に1回とか定期的に話をしていくと距離感も縮まって、今となってはなんでも言い合える関係性になっています。なんとなくですが、プライベートと仕事の中間のような仲間という感じがしっくりきます。
また、そのような人たちと一緒に仕事をすることで、本業に対しての姿勢を見直す機会になったり、仕事の進め方の幅が広がった気がしています。さらに、茨城は縁もなかった地域でしたが、関わりができたことで、例えば野菜を買う時に産地を気にするようになって、茨城県産のものがあればそれを買ってみたり、産地の好きなものができたり、地域への愛着が日に日に強くなっています。
──地域の企業やメンバーとの出会い、そこでの複業を通じて、松浦さんの生き方や働き方に何か変化はありましたか。
地域で複業する前の自分と今の自分を比較して変わったなと感じるのは、「とりあえずやってみる」という姿勢になったことです。やったことがないことでも、自信がないことでも、やってみないと何も始まらないという気持ちが強くなりました。2つの地域の企業とも、とりあえずプログラムに参加して、流れに乗ってみたらそこでご縁が生まれました。何かをやってみるのに明確な目的はなくても、気軽に楽しむくらいの気持ちがあれば十分なのかなと思うようになりました。
また、やってみるまでのハードルが下がったことで、今の自分にできることを相手に素直に伝えられるようになりました。会社員が悪いという意ではないのですが、会社組織の中にいると、きちんと考えてから発言しないと上司に指摘されてしまうとか、ちゃんと準備してから進めないといけないと思って、結局行動できなかったり、スピード感持って対応できなかったり、そういったバイアスも働いてしまうところがあると思うんです。でも、地域での複業で関わる方々に対してはフラットに接することができているので、より自分らしさを発揮しやすいんだと思います。
自分の中にある当たり前を壊してみる
──流れに身を任せてみたら良い方向に進んだんですね。松浦さんの今後について今思っていることを教えてください。
リモートワークでの働き方を継続しながら、地域と関わる時間の密度を濃くしていきたいと思っています。その密度を高めることができれば、関わる企業への貢献度も自然と高まっていくのではないかと思います。いろんなことにチャレンジして幅を広げていきたい気持ちもありつつ、今やっていることで介在価値を発揮できるように深みを出すことに集中したい自分がいます。
また、これまでは本業で培ってきたことやこれまで経験してきたことを関わる企業に提供する意識が強かったのですが、これからは地域での複業を通じて経験してきたことを本業にも還元していくような働き方ができたら、本業にも良い影響をもたらせると思っています。というのも、健康への関心からグリーンスムージーを取り入れた生活習慣を提案するオフィシャルインストラクターの活動もしているのですが、この活動を通じて心と体の両方に良い影響があることを実感したんです。この考え方と同じように、本業と複業の両方に良い影響がある働き方を追求していきたいと思っています。
──バランスを大事にしている姿勢を強く感じました。最後に、松浦さんのように自分らしい生き方や働き方に興味関心のある方に向けてメッセージをお願いします。
「自分ってこういうタイプの人間だから」「自分はこういう価値観だから」と決めつけてしまうことって誰にでもあると思います。私の場合、それまで人目を気にして言いたいことがなかなか言えない人間だと思っていたのですが、地域での複業で出会った方々と接する中で、ちゃんと自分の意見を伝えることができる人間なんだと気づいたんです。これは普段と違う環境に飛び込んでみたから発見することができましたし、その結果、物事の捉え方がより広くなった気がするんです。
毎日同じ環境にいると、いつの間にか自分の中でいくつもの当たり前を生み出してしまって、その枠の中のみで物事を捉えたり、関わる人と接しているんだと思います。どのような環境に飛び込むかはその人によって異なりますが、私の場合、これと決めて飛び込んだのではなく、なんとなく「地域」というキーワードがあって、たまたま出会った地域複業のプログラムに参加してみて、どんどん良い方向に進みました。その経験から、なんとなく程度のふわっとした感覚でも良いので、まずは違う環境に飛び込んでみて、自分の中にある当たり前みたいなものを壊して、ニュートラルな感覚をぜひ体感してみてほしいと思います。
編集後記
複業は高い能力と経験のある人しかできないイメージが強くあるけど、松浦さんのお話を通じて、自分の思ったことや感じたことを素直に伝える姿勢で企業と関わることが大事なんだと感じた。その自然体なスタイルで関わる中で、自分が役に立っていることを実感できると、そこが新たな居場所になるんだと思った。地域での複業はただお金を稼ぐのではなく、何か新しい自分みたいなものを探すことができるのかもしれない。松浦さんはその一人で、縁の深い地元・静岡と縁のなかった茨城という2つの地域での複業を通じて、本業とは違う自分を見つけた。
「自分ってこういう一面もあるんだ」とか「自分ってこう思ってたけど、そうじゃないんだ」といった気づきは、日常からはなかなか見つけるのは難しい。普段と違う環境に行ってみることや、これまで接したことのない人との関わりの中からその気づきは生まれる。しかも、人としても丁寧になる感じがあって、人への感謝だったり、時間の使い方だったり、「仕事=お金」ではない価値を見出す感じが伝わってきた。「何かをやってみるのに明確な目的がなくても良い」はそれを象徴している言葉だと思った。松浦さんのお話を通じて、肩に背負っているものだったり、プレッシャーみたいなものが和らいで、軽い感覚でフワッと一歩踏み出すきっかけになってくれたらと思う。
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Tadaaki Madenokoji
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