経営においては常に重要な判断が求められる。しかも瞬時に。
これまで、ビジネスを円滑に進めるための経営学や経済学、そしてロジカルシンキングやフレームワーク、ITやプログラミングについても学んできた。
でもこの先行き不透明な時代に、理論やデータがどんな未来を教えてくれるのか?
この先の社会で自分と、自分の会社が生き残るために、何が必要なのだろう。
・
この連載は、これからの予測のつかない時代を生き抜くためのヒントが「旅の中にあるのでは?」と考える、「旅の力を信じるトラベルライフスタイルマガジン」Livhubが、さまざまな旅の実践者との対話から「いま私たちに旅が必要な理由」について探っていくシリーズインタビュー。
シリーズ最初のインタビューでは、大阪ガス株式会社、グロービス株式会社、同志社大学院での研究を経て起業後、地域に根づく叡智を軸とした仕組み=文化ビジネスを世界に広げていくことで、持続可能な世界を構築するべく活動する「COS KYOTO株式会社」を設立した北林功さんをお招きし、「いま経営者が旅をするべき理由」というテーマで話を伺った。
COS KYOTO株式会社 代表取締役/コーディネーター、エドノミー®研究家
1979年奈良県生まれ。物心がついた頃から環境問題に強い課題意識を持って育つ。
大阪市立大学法学部(公共政策論)在学中、総務庁(現内閣府)の国際青年育成交流事業フィンランド派遣団に参加し、環境行政や教育、デザインについて学ぶ。
環境問題にはエネルギーが大きな影響を持つと考え、大阪ガス株式会社に入社し、京都で省エネルギー関連設備の法人営業に従事。その過程で「人が変わらないと世の中は変わらない」と気づき、株式会社グロービスへ転じ、東京で金融・商社等の人材育成研修の企画・運営に従事。その時期に起こったリーマン・ショックを間近に見たこと、奈良・京都で育った経験が結びつき、地域の風土で培われてきた産業や文化にこれからの社会に必要な叡智が眠っていると気づく。そこで2010年に同志社大学大学院ビジネス研究科にて村山裕三教授に師事し「文化ビジネス」を研究。同大学院修了(MBA)後、2013年COS KYOTO株式会社を設立。地域創生や地域をフィールドとした人材育成などに取り組んでいる。
ある日、金融工学に抱いた疑念
物心がついた頃から環境問題に強い課題意識を持ち、大学でも環境行政や教育、デザインについて学び、環境問題への解決にはエネルギーが大きな影響を持つと考え大阪ガスに入社した北林さん。しかし京都で省エネルギー関連設備の法人営業に従事する中で、「環境問題だけではなく、あらゆる社会問題の原因は人。人が変わらないと世の中は変わらない」と気づき、大阪ガスからグロービスへ転職。人材育成研修の企画・運営に従事していた。その折に起こったのがリーマン・ショックだった。
「その頃は銀行・証券会社・投資銀行等が顧客だったので、ファイナンス関係の人たちとよく議論をしていました。当時は『格付トリプルAなので安心』という宣伝文句の金融商品が売れていた時代。
でも当時の金融の仕組みを勉強すればするほど、その仕組みの奥底にある『爆弾が薄められているだけ』ということに気づき、『この中の薄められた小さな爆弾のひとつに火が点いたら、次々と引火して世界中の経済・社会が大崩壊する仕組みでは』と疑問に思ったのです」
北林さんは、その疑問をあくまで仮定の話として金融工学のエキスパートたちに質問してみた。すると、こんな返答が返ってきた。
「いや北林さん、最新の金融工学ではそういうことは起こらない前提になってますから」
ある状況を仮定した質問に対し「そんな可能性はない」という返答。その時、北林さんは決定的な議論の噛み合わなさを感じたのだという。
その後、ほどなくやってきた2008年のリーマンショック。世界には大不況の嵐が吹き荒れ、あれほど金融商品を買いまくっていた企業も、外資系エリートや金融工学のエキスパートたちも、気づいた時にはどこかに消え去っていた。
リーマンショックを転機に、ロジカルの向こう側へ
ここで一つの疑問が浮かぶ。金融工学のエキスパートたちすら気づかなかった問いに、なぜ北林さんは気づくことができたのか。
「その理由の一つには、祖父の教えがあります。先祖が投資に手を出して失敗したことから『投資話には手を出すな』と言われて育ちました。また、私が生まれ育った奈良や京都には創業何百年の企業がざらにあり、『物事は、100年単位で考えなさい』と言われるのが日常でした。
一方、当時の金融の仕組みでは、10年国債の金利をベースに計算を組み上げるので、金融や経営の考え方は10年単位になっていることが多い。それは一部をのぞいて今でも変わっていません。やはり学問は既存データと既存理論の積み上げによるもの。そして資本主義自体も、まだ始まって200年程度の歴史しかない」
金融、経営学など、MBAを保有する世界のスーパーエリートたちがロジックで積み上げたものが音を立てて崩れ去る瞬間を目の当たりにした後、北林さんは何を考え、どこへ向かったのだろうか。
「日本で老舗と言われている企業には百年以上、なかには千年続いているものもある。かつての日本の地域に根付いた暮らしは、お互いに助け合いながら分業された小規模産業によってずっと続いてきました。
また、『江戸時代の経済こそサステナブルな仕組みでは?』と気づきました。江戸時代は人口が3,300万人くらいで頭打ちになっていて、いわゆる『定常型社会』が実現していた。定常型社会とは『経済成長を絶対的な目標としなくても十分な豊かさが実現していく社会』のことを指します。
定常型社会というと、限られた資源の中で経済を回すので『豊かではないのでは?』というイメージがつきまとう。でも教科書で習った江戸時代の文化ってどんなイメージ?と聞かれたら、ほとんどの人が『大衆文化が花開いて、豊かな時代だった』と答えるはず。日本の茶道に代表されるような、物質的ではない精神文化、つまり『心の中の経済』のようなものに気づき始めました。
茶道のような文化では、精神から経済的価値が生まれている。工程だけ見れば粘土を練って焼いただけの器に何百万の価格が付くのは、機能だけでは測れない価値があるからです。そういった精神的なものや、地域に根付いた風土や文化で経済を回すことも大事ではないかと考えるようになったのです」
江戸時代の暮らしや、モノではなく文化中心の「心の中の経済」にヒントを見出した北林さんは、同志社大学のビジネススクールで文化ビジネスを研究し、MBAを取得。その後、「未来のために美しい自然環境と人々が笑顔で過ごせる社会を構築する」というミッションを掲げたCOS KYOTO株式会社を設立。
COS KYOTOは、日本の地域で培われてきたノウハウをリサーチし、その叡智を現代に合わせた形(=文化ビジネス)にアップデートする「文化ビジネスコーディネート」カンパニーであり、北林さんはコーディネーターとして江戸時代の循環型社会の仕組み=「Edonomy®」を軸としたリサーチや人材教育、ツーリズム、ビジネスサポート、イベント運営などを手掛けている。
そのツーリズム事業の一つ、現代に残る「江戸の暮らし」を体験を通じて学ぶ「Edonomy®ツアー」では、これまでに京都の里山を舞台に、その場所に残る江戸期から変わらない循環型の暮らしを体験するツアーや古くから簾(すだれ)や屋根などに用いられてきた葭(ヨシ)の生息する琵琶湖周辺から持続可能な暮らしを学ぶ体験型ワークショップなどを開催してきた。
Edonomy®ツアーが伝える価値観
前述した琵琶湖の葭(ヨシ)から持続可能な社会を学ぶワークショップでのエピソードを一つ、北林さんが話してくれた。
「ワークショップには、訪れた琵琶湖のヨシを用いて簾を製造する京都府亀岡市の『京すだれ川崎』さんが同行くださいました。ヨシは、刈られて成長する際に水の汚れを吸収する性質を持っています。それゆえ定期的な伐採をしないと周辺の水環境は悪化してしまう。ただ、琵琶湖の場合、ヨシを簾の材料にすることで、ヨシ農家さんが定期的にヨシを収穫・伐採し続けるので、琵琶湖の水を綺麗に保つことができているのです」
ふだんは目にしない材料調達の現場と、その環境への影響を体感したメーカー勤務の若い原料調達担当者は、ツアー後に『今後は原材料調達先の現場にまずは足を運ぶようにします』と北林さんに話し、帰っていったという。
おそらく今後は、こういった現場に原材料調達担当者だけでなく、経営者自身が当たり前のように足を運ぶことで事業や組織の方向性の決定などにも役立つはずだ。なぜかというと、いまや原材料の調達手法は、取引先や購入対象として顧客に選ばれるための重要な要素であり、特にヨーロッパでは原材料の調達過程すべてが環境に配慮されている商品でないと選ばれない状況になりつつある。ちなみに「京すだれ川崎」さんの良質なすだれは、インテリア業界でかなり評価が高く、海外市場でも大人気だそうだ。
またこれは別で実施した研修でのエピソードだが、北林さん一行は、森林の奥にある神域のような特別な場所を訪れた。論理などを超越したものを感じることも重要であるということを、事前のセッションで話していた際、MBAや経営学について勉強をしてきた参加者から、何かにつけて「北林さん、ビジネス上で役立つかどうか、何かエビデンスがあったりするんですか?」というような声が出てくる。
しかし、いざ実際にその場所を訪れてみると、その場所は明らかに普通の場所とは明らかに違う空気が漂っていて、参加者たちも論理では表現できない何かを感じていたようだ。
「その参加者の1人が『さっきの場所を訪れた瞬間、鳥肌が立っちゃいました….』と報告してきたんです。なので僕は『いま、あなたがその場所を訪れて鳥肌が立ったという現象について、根拠を持って論理的に説明してください。自分の身体のことですよね』と返したら、彼はそれに返す言葉がなかっただけでなく、それからそういった場所を積極的に訪れて感受性を高めるように行動が変わったようです」
いま経営者が旅をすべき理由とは
「研修ルームの中での学びだけだとどうしても頭だけの議論に終始してしまい、いわゆる『論破王』が生まれていく。たとえば論理だけで『なぜ恋人を愛しているのか』という説明をすると、とたんにおかしな感じになります。
もちろんロジックや議論も大事。でも『心が動く瞬間』は、頭じゃなくて体で感じたり、体験を通して鳥肌が立ったりした時に訪れる。頭で知る『あ、そっか』ではなく、体全体や脳髄で反応する『うわあ〜そうかあああ!』が大事。そのためには経営者自身が物見遊山の『Sight-Seeing』の旅ではなく、人生を変える価値観を探す『Life-Seeking』の旅をする必要があるのではないでしょうか」
MBAを取得した北林さんだからこそわかる、現在のビジネスのフィールドに足りないもの。彼は10年どころか100年、1000年と受け継がれてきた叡智が詰まった地域をフィールドとした旅や実体験を通して、経営者たちにさまざまな問いを投げかける。
「日本文化の特徴である『恥の文化』も大事だと思います。ベタな言い方ですが、経営者の皆さんにも『100年前の先祖と100年後の子孫に、今やっていることを誇れますか?』という問いを投げかけたい。
古来から続く旅である四国の『お遍路さん』が、なぜ現代まで続いているのか?それは古来から人が悩んだ時には、ヒントを旅に求めてきたからではないでしょうか。先行きが見えない、今までのルールや経験が通用しない今こそ、経営者は様々な未知への旅に出るべきなのです。過去から学び、今に活かし、未来につなげていくために」
以上、北林さんに「今、経営者が旅するべき理由」について様々な角度から語ってもらったわけだが、あらためて「経営者が旅するべき理由」をここでざっと振り返ってみる。
・先行き不透明、かつ変化のスピードが早い現代において、机上のロジックや短期的視点だけでは予測できない物事、足りない視点がある。もちろん論理も大事だが、そこに足りないものや重要なことを現実のフィールドで体感する必要がある。
・旅を通して、物理的なものだけではない精神文化や地域に根付いた風土に触れることで、金銭だけにとらわれない豊かさや「心の中の経済」のようなものに意識を向けることができる。
・現代でも昔ながらの営みを続けている地域には、かつて日本の地域に根付いていた循環型の暮らしや、100年、1000年と受け継がれてきた叡智が眠っている。リアルな体験を伴う旅は、その叡智にアクセスする入り口となる。
・
このインタビューが終わる頃、北林さんが「実は、仕事で迷った時に観るものがあるんです」と教えてくれた動画がある。その動画リンクと、その時の彼の言葉を合わせて最後に紹介したい。
「この動画の『旅は世界を美しくできる』という言葉に感動しました。この言葉に出会って以来、自分は『旅の企画を通じて、地球の美化活動をしているんだ』と思うことにしています」
この北林さんの美化活動が、彼の100年前の先祖と100年後の子孫にいつか伝わることを願わずにはいられない。
【参照サイト】COSKYOTO株式会社
【参照サイト】京すだれ川崎
【関連記事】最適解はそれぞれに。長野県 小布施町で出会った、地域の“中”から気候変動に向き合う生き方
いしづか かずと
最新記事 by いしづか かずと (全て見る)
- 山形県小国町で森を浴びる体験。白い森とマタギが教えてくれた自然観とは - 2024年11月28日
- 11/3(祝)食・農・音楽をテーマにした「HARVEST PARK 2024」開催!今を知り未来を共創する“心の収穫祭” - 2024年10月22日
- “天国に一番近い島”ニューカレドニアで、最近何が起こっていたのかを現地の人に聞いてみたら - 2024年10月19日
- 茨城県大洗町で”もう一つの暮らし”を見つける旅。「二拠点居住」体験ツアーを今秋初開催 - 2024年9月14日
- この秋は中川村で”自分の道”を取り戻す体験を。日本の美しい村を持続可能にする「2024グラベルライドラリーシリーズ」 - 2024年9月6日