自分の「当たり前」が誰かの為に。地域複業実践者、柳井隆宏さんインタビュー

フリーランスとして独立して仕事をする。誰しも一度は考える働き方だろう。ただ、考えてもいざ独立となると勇気や覚悟がいる。これまでの生活や環境が大きく変化するかもしれない、会社員と比べて収入が安定しないかもしれない、老後への不安が募るかもしれない、家族や友人など周りの目が気になるかもしれない。そんな不安と葛藤を感じると、いつの間にか自分の人生やキャリアを考える機会もなくなっていく。

自身のキャリアに対して不安や葛藤を抱えながらも新たな刺激を求め、44歳でフリーランスとして独立した柳井隆宏さん。決して順風満帆な歩みだったわけではなく、コロナ禍でこれまで培ってきた経験が活かせないかもしれない状況になった。そんな時に出会った「地域複業」という働き方。今回、柳井さんにフリーランス独立後の環境と心境の変化、地域での複業を通じての気づきと発見などについてお話を伺った。

話者プロフィール: 柳井隆宏さん


1975年東京都生まれ。現在、神奈川県藤沢市に在住。出版社、広告代理店を経て2020年に独立。WEBマーケター、ジェネレーターとして、静岡、愛知、長野、新潟との地方企業との事業支援中。趣味が講じて、公私でキャンプ爆進中。SNSでは「キャンプサイコーおじさん」として活動中。

目次
柳井さんのこれまでのキャリア

──柳井さんのこれまでのキャリアについて教えてください。
私のキャリアは、出版社での編集からスタートしました。その後、フリーランスでライターを経て、広告代理店に転職し、健康食品メーカーや大手コンビニチェーンなどの広告プロモーションの仕事を約15年間してきました。2020年に再びフリーランスとして独立をしたのですが、その矢先に新型コロナの感染が広がり、営業活動がストップしました。というのも、それまで店舗のキャンペーンなど、リアル媒体の広告プロモーションを担当してきたこともあって、webやデジタルの経験がほとんどなかったこの状況で、店舗などのリアル媒体一本でやっていくのは厳しいと感じ、知人のwebマーケティングの会社で報酬なしでいいから経験を積ませてほしいとお願いしたんです。そうしたら、その会社の方から「柳井さん、キャンプ好きですよね」と、キャンプ関連のwebメディアのSEOやSNSの仕事を学びながらやることになりました。

──独立した矢先に仕事がストップし、長年培ってきた仕事ではなく、これまでとは違う仕事にチャレンジ。どのような心境でしたか。
会社員時代に私がやってきたことを一言で表すと「調整」なんです。代理店としてクライアント企業と広告制作をする企業の間に入って、それぞれの考えや提案を整理することが求められました。その時は調整なくして仕事が成立しなかったのですが、フリーランスになった後、「調整」ってスキルや経歴として人に説明するのが難しいと気づいたんです。

というのも、調整をするのに特別な資格が必要なわけでも、調整自体に何か目に見える成果があるわけでもない。そう思った時に、より実践的で目に見える成果としてのスキル・経験が必要になると思って、これまでの広告プロモーションの仕事の延長線上でもあるSEOやSNSといったwebマーケティングの仕事をやってみようと決めました。ただ、私自身がそれまでSNS自体を積極的にやっていなかったこともあって、抵抗感がかなりありました。44歳となかなかキャリアチェンジするにも覚悟がいる年齢でしたが、これまでのキャリアに変化が必要なタイミングだと思い、まずは食わず嫌いしないでやってみようと思いました。それで私の趣味でもあるキャンプをテーマに、「キャンプサイコーおじさん」というSNSアカウントの運用を始めました。

柳井さんが運用しているTwitterアカウント「キャンプサイコーおじさん」

会社員時代には当たり前だったことが地域企業で役に立つ

──そこから結果的にフリーランスとしての仕事が回り始めて、地域での複業につながっていくんですね。
私の弟に地域複業のマッチングプログラムを紹介してもらったのがきっかけで、まずはエントリーしてみました。最終的にプログラムを通じて地域の企業さんとご縁がありました。現在、静岡、名古屋、長野、新潟、山梨と、5つの地域の仕事に関わっています。実際にマッチングしてみて、自身のこれまでの経験と、同時並行でやっているwebマーケティングの勉強やキャンプサイコーおじさんのSNS運用による知識がすぐに活きたんです。

また、わからないことがあっても、次回までに調べて回答しますと伝えると地域の企業さんは、「自分ためにここまで時間と労力を使ってくれてありがとう」と感謝の姿勢を示してくれるんです。さらに、地域の企業さんと仕事をする中で、社長と社員の間に「社長が社員に求めること」と「社員のやりたいこと、やれること」の考えや意見、その解釈の仕方にギャップが生じたりするんです。ここで私が会社員時代に培ってきた「調整」が役に立ったのです。これまで当たり前のようにやってきたことが人の役に立つ感覚は初めての経験でした。

──地域での複業を通じて、実践的なスキルだけでなく、見えにくいスキルも役に立つことがわかったんですね。
会社員時代は「会社がこれをやる」「営業が取ってきた案件をやる」と、決められたことを事故なく実行していく感覚でした。ただ、フリーランスになって地域の企業と関わるようになった今は、「この人は素晴らしいことをやっているのだから、この人をサポートしたい!」といった、「自分がいいなと思えること」が先にあるんです。

そして、その人たちが実現したいことを対話していくと、不思議と自身の持っているスキルを活かしつつ、寄り添った姿勢で向き合うことができました。極端な話ですが、「この人と、この企業と面白いことをやれるんだったら無償でも関わりたいと判断し、選択して実行できる」状況になったのは私の中でターニングポイントでもありました。仕事のリターンがお金だけじゃなくて、学びがあることだったり、次につながることだったりという基準が生まれたのは、地域で複業をしての気づきです。

地域複業を通じて、スキルだと思っていなかった会社員時代の財産が人の役に立つ感覚を味わった

自分の考えを押し通すのではなく、相手の考えを引き出す

──自身のスキルを活かすだけのキャリアではなく、自身や関わる企業の成長も含めてキャリアを考えることに至っている気がしました。
その通りだと思います。仕事での経験が自分の学びや地域の企業の成長につながるといった「循環」があるかないかは、今の私の人生に大きな違いをもたらすと感じています。報酬の良し悪しではなく、地域の企業に対して何かギブできることがないと意味がないし、ギブしたとしても自身に得られるものや次につながるものがなければそれも意味が無いと思っています。ギブできるものがあったとしても、受け取る相手がそれを理解してくれなければ、前に進まないこともこれまでの複業を通じて経験してきました。

──その経験の中で 何か印象的な出来事はありましたか。
ある企業さんとのエピソードなのですが、地域複業のプログラムを通じてマッチングはしたのですが、その後なかなか具体的な業務契約にまで至らない期間が続いたんです。それでも、魅力的な面白い企業だったので、何か関わりたいなと思い、現地まで遊びに行ったんです。ただ、その場でもまだ抽象度が高い話が続いたんですが、何度かお会いしていくうちに、段々とお互いの理解が浸透してきている実感はありました。

あるとき、各論でなく、全体論に立ち返って話を聞いたほうが良いと思い、話題を変えて「今、皆さんが抱えてる思いや感じていることを全部教えてください」って質問をしてみたんです。一通り話を聞き終えて、自分なりに話をまとめた上で自分の考えを提案したら、「それです!」と契約に至ったんです。約半年ほどの期間をかけて徐々にお互いのことを知って、やっと思いが通じた印象的な出来事でした。

一方的に自分の考えを押し通すのではなく、一歩引いて相手の考えを引き出すことも地域の企業との関わりにおいては大事だという

自分一人の決断と行動だけでは今に至っていない

──様々な地域の企業さんとの出会い、複業を通じて、柳井さんの生き方や働き方に何か変化はありましたか。
「背伸びをしなくなったこと」、これに尽きます。広告代理店に勤務していた時、多くの人が知っている大手企業でもあったので、「御社ならなんでも知ってるでしょ?」「これ流行っているけど御社でやっている?」と言われることが頻繁にあったんです。所属している企業としての名誉もあって、知らないとも言えずに、その場で付け焼き刃的な知識で対応していたことも一度や二度ではありませんでした。でも、今はできることとできないこと、知っていることと知らないことを正直に言えるし、できないことや知らないことは素直に勉強してみよう、実践でやってみて経験してみようと思える感覚が自然と湧き出るようになりました。

また、フリーランスとして独立して、色々と学んだり実践したり、キャンプばっかりしたりだったので、娘から「お父さん、仕事とても楽しそうだね」と言われてびっくりしました。独立前は帰ってくる時間が遅かったり、疲れた顔をしていたんでしょうね。今では、家族にいい影響を与えられているのは父親として大きな変化だと思います。

── 一番身近にいる家族の理解は大事ですよね。
正直、コロナ禍で営業活動ができなくなって、収入面の不安はありました。ただ、そんな状況でも「朝から晩まで辛そうに働くより、収入が減ってもいいから自己投資や自分磨きをする時間があってもいいんじゃない」と、妻がとても理解を示してくれたおかげもあって、新しいことにチャレンジすることができたんです。妻の理解がなければ、報酬はいいけど、気乗りしない仕事を取りにいくマインドになっていたと思いますし、常に何かに追われたような仕事の仕方になっていたと思います。結果的に決断して行動するのは私自身ですが、妻や友人などいろんな方に支えてもらって、ご縁をいただいて今に至っているんだなと実感しています。

自分だけでなく家族や周りにも良い影響を与えていることを実感している柳井さん

自分と向き合う機会をつくる

──心境も環境も大きく変化した柳井さんの今後のチャレンジや展望を教えてください。
今後は、自身の取り組みの一つである「キャンプサイコー」をもっと広げる活動に力を入れたいと考えています。その中でも「人と人の繋がり」を強く意識しているので、キャンパー同士のコミュニティづくりだったり、コミュニティ内でいろんな方々との交流を通じて新しいアイデアを創出して、ここでも良い「循環」をつくっていきたいなと思っています。

また、地域での複業においては、これまでに5つの地域で複業をしていますが、全国47都道府県での複業を実現したいです。例えば、知らない土地や業種のwebやSNSの案件は地域ならでは感もあって面白そうですよね。せっかく全国制覇するなら、その地域の特性や文化に触れて、これまでやったことのない領域にもチャレンジしてみたいです。とくに島に興味があり、普段なかなか行けない場所でもありますし、そこでの宿泊はキャンプでやるスタイルなんて、自分らしい感じもして想像するだけワクワクします。

──最後に、新しいことにチャレンジしようとしている方に向けてメッセージをお願いします。
「新しいことをやれば何か発見がある」って頭ではわかっているけど、なぜか新しいことをやるって億劫になります。私も常に、今でもそういう不安と葛藤しています。そのため、逆にもうこの不安は仕方がないと思って、受け入れることも大事なのかなと思っています。ただ、受け入れるだけではチャレンジまでに至らないので、私なりの感覚でお伝えすると、「全く新しいことをやるのは難しい」ということです。言い換えると、「過去に一回でも経験したことをやってみる」ということ。仕事も複業も同じで、全く新しいことをやるのではなく、これまでの経験が少しでも活かせることの方が始めやすいと思います。私の場合も、出版社での編集や代理店での広告プロモーションの仕事をしてきて、フリーランスになってその媒体がwebやSNSに変わっただけだったことが良かったのかもしれません。

もう一つ、定期的に人と対話することが大事です。人と対話する中で、相手の考えや成長に触れた時に、「じゃあ自分はどう思うんだろう」「自分は何か成長できているんだろうか」と、結果的に自分と向き合うことができる。私のこのお話も、誰かの考えるきっかけになって、一歩踏み出すきっかけになってくれたらサイコーです。

編集後記

「自分のスキルって何だろう」「自分の培ってきたことが今の仕事以外で通用するんだろうか」。そんな問いを誰しもしたことがあるのではないだろうか。私もその一人だ。今回、柳井さんの話を聞いて、その答えを見つける一つの方法が地域複業ではないかと思った。必ずあるなんて軽々しいことは言えないが、普段とは違う環境に身を置いてみることで、これまでなかった発見や刺激があるのではないかと思う。

しかも、専門的なスキルがあるスペシャリストではなく、ジェネラリストのような特段目立ったスキルがあるわけではないけど、人と人の「調整」だったり、会議や場の「仕切り」だったり、文章や議事録の「整理」だったり、スケジュールや時間の「段取り」だったり、毎日の積み重ねで自分にとっては当たり前にやっていることが、環境が変われば誰かの役に立つことがあるのかもしれない。

その感覚は自分の新しい居場所になるかもしれないし、その居場所で新しいことを始めるきっかけになるかもしれないし、その始めたことで自分の生活や仕事にも良い影響を与えるかもしれない。柳井さんはまさに地域での複業を通じて、その居場所を見つけて、新しいことを始めた一人。そんな柳井さんの言葉にもあった、「押すだけでなく引く」「背伸びせずに受け入れる」ことは、自分の視野を広げてくれるだけでなく、自身のキャリアに対する不安や葛藤を吹き飛ばしてくれる思考法なんだと思う。

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Tadaaki Madenokoji

物事の背景・構造と人の思考・行動を探究することが好き。神奈川県藤沢市と茨城県大洗町の海街で二拠点生活とまちづくりを実践中。「見えないものを見えるようにする」をコンセプトに、地域で活動する人たちや多様な生き方や働き方をする人たちの思いや考えをお伝えしていきます。