日本初開設「サステイナビリティ観光学部」が目指す、これからの持続可能な社会に必要な学び

2023年4月、日本で初めて「サステイナビリティ」という言葉を冠した学部「サステイナビリティ観光学部」が、大分県別府市にある立命館アジア太平洋大学(以下APU)内に誕生する。

APUは、世界100以上の国・地域から集まる仲間とともに、英語と日本語の二言語で学ぶことのできる四年制大学だ。教員も23カ国・地域出身と国際経験豊かで、類稀な多文化環境を提供している。現在「アジア太平洋学部」と「国際経営学部」の2つの学部があり、そこに新たに「サステイナビリティ観光学部」が加わり、3つの学部にて構成されることとなる。

今回は、サステイナビリティ観光学部の学部長に就任した李 燕(りえん)教授に、その設立経緯や概要について話を聞いてみた。

話者プロフィール: 話者:李 燕(り えん)さん

APU副学長、サステイナビリティ観光学部 学部長
中国出身、59歳。

日本国内で博士号(工学)を取得後、立命館大学助手やコンサルタント会社研究員を経て、2000年の開学時から立命館アジア太平洋大学で勤務。アジア太平洋学部長およびアジア太平洋研究科長を務めた後、現在は副学長として2023年設置予定のサステイナビリティ観光学部の設置委員会委員長を担当。近年の主な研究実績には、東京大都市圏の空間構造の分析や都市の温室効果ガスインベントリー等があり、主要国際学術誌への論文掲載も多数。また、地元大分県や別府市の環境・都市計画・観光に関する専門委員も務める。

──サステイナビリティ観光学部設立の経緯について教えてください。

 今年開設されるサステイナビリティ観光学部は、持続可能性と観光について学ぶ学部です。「観光」とは「sightseeing(サイトシーイング: 観光地を訪れること)」だけを指すのではなく、より広い「tourism(ツーリズム: 観光という概念や行為、観光業も含めたもの)」を指します。そのためこの新学部は、英語では「College of Sustainability and Tourism」と呼び、持続可能な観光だけを学ぶ所ではありません。キーワードは、「環境」と「開発」です。

新学部で「観光」というテーマを選択したことには、APU学長である出口治明の強い意志や思いがありました。コロナ禍以前から、「インバウンド」というテーマには、国内観光の一つの戦略として注目が集まっていました。出口学長は、インバウンド受け入れ時に不可欠となる、観光業界の人材へのニーズを感じていました。またAPU設立当初からある「アジア太平洋学部」にも、観光学という学修分野があり(2022年度末まで)、国連関連機関が付与する観光学教育の国際認証TedQualを取得しています。

そしてAPUは観光地である別府にあるため、持続可能な地域観光に関する課題や、観光による地域開発についての課題を間近で感じてきました。

今、世界中がアフターコロナに向けて動き出し、国内の観光もオーバーツーリズムや開発による環境破壊などの課題に直面しています。そのような課題を解決し、社会や経済の仕組みをより持続可能なものへと発展させるために行動できる人材を育成すべく、持続可能性と観光の2つを切り口に学べる学部をつくりました。ツーリズム(観光)は、持続可能性の4つの分野である経済、環境、社会、文化すべてをカバーするもので、地域の基幹産業になり得るものです。

今後の国内ツーリズムについては、地域の隠された魅力を発見し、世界に発信することも課題です。これは、持続可能性の概念に含まれる要素のひとつ、「文化の保護」にあたります。現在、グローバリゼーションにより世界中で生活様式が同質化していますが、これは文化の保護に逆行しています。持続可能な社会では、各地域がグローバリゼーションに飲み込まれず、それぞれの個性が保護されている必要があります。

私たちが持続可能な社会の実現をめざす上では、前述の環境・社会・経済・文化、この4つが重要です。これらに関する課題を解決するためには、これまでサステイナビリティ学の主流である理工系の手法に加えて、文系のアプローチも必要になります。この4つの要素にまたがりながら、地域経済や地域社会との結びつきが非常に強いツーリズムを切り口に、さらに今社会から求められている持続可能性というテーマをかけ合わせて学ぶことが大事だと考えました。

──学部のカリキュラムの特徴や方針について教えてください。

この学部の最大の特徴は、「理論と実践」と「主体的に学ぶ」の2つがポイントです。「理論」に関して言えば、9つの専門科目群から学びます。

9つの専門科目群は、学生が自分の関心に合わせてカスタマイズして学べるもので、84通り選択肢があります。この中から興味がある3つほどを選んで、ゼミや卒論につなげていきます。これがこの学部のもう一つの特徴「主体的に学ぶ」です。大学では、専門を学んでいくこと自体が重要なのではなく、専門を通じて「学び方を学ぶ」ことが大切です。

そしてもう一つ「実践」については、リアルな社会課題に触れることも大切なため、オフキャンパスプログラムを充実させます。これまでの大学教育では、教員やクラスメイトと共に教室で学ぶことが一般的でした。本学部では教室で学んだことを、現場に行って実際に体験して試みることで、実践力のある人材を育てることを目指しています。

たとえば持続可能な開発に不可欠な環境と資源マネジメントの理論を重点的に学んで、理解を深めます。そこにデータサイエンスや情報システムなど、理系やIT系のアプローチも交えることで、課題解決に必要なスキルを修得し、実践力を伴う学生の育成を目指すことができます。

私たちには社会問題の解決のために行動できる人を育てたいという目標があります。そういった役割を担うプロジェクトマネージャーは、国内外を問わずあらゆる産業に必要な人材です。サステナビリティの根本には「Think globally, Act locally.(地球規模で考え、足元から行動せよ)」という言葉があります。今ではよく知られているSDGsの概要が含まれている文書「2030アジェンダ」の中にも、「それぞれの地域が持続可能になっていく」という目標が書かれています。そういうことからも、私たちは地域のプロデューサーや社会のイノベーターを育てたいと思っています。

4年間でどんなキャリアパスを描きたいのかを考え、それに合った科目群を自らカスタマイズして、オフキャンパスでの実践を経て、自ら学んで育っていく、そんなイメージです。

──オフキャンパスプログラムに関する事例にはどんなものがありますか?

フィールドスタディ、専門インターンシップ、専門実習の3種類があります。フィールドスタディでは、たとえば長期休暇期間を利用してイタリア・スペイン・ポルトガルに行き、世界農業遺産などの事例を自分の目で見ることで、将来的な地域のあり方の具体像を描くといった例が考えられます。また専門インターンシップでは、NPOやNGO、行政機関などと連携し、学生が調査から研究、発表までを経験できるような取り組みを検討中です。そして専門実習は、座学と実践を組み合わせた授業になります。過去には実際にAPUの教員が、県内に120箇所存在する美しい景観、祭、建築などを集めたおおいた遺産の一つ、国崎半島の農業遺産で体験学習をした事例もあります。

──この新学部には、どういう方に学びにきてほしいと考えていますか?また卒業後のキャリアパスについても教えてください。

今の学生たちは、おそらく持続可能性について、すでに義務教育などを通して情報を得て意識している世代です。そこで興味を抱いたテーマについて、もう一段階掘り下げて学んでみたいという方に来てほしい。

また卒業後の進路について、学部で提供する学びは、たとえば不動産ディベロッパーや、鉄道や航空などの業界にもつながるのではと期待しています。官公庁や地方自治体に所属して国内観光や地域を盛り上げたいという方にもぜひ来てほしいと考えています。

現在、APUには国籍、年齢も様々な学生約6000人が学んでいますので、また卒業生たちもさまざまな国で地域開発をしています。新学部ではさらに専門的な地域づくりを学びますので、それを習得した卒業生が、日本だけではなく世界で活躍することを期待しています。社会を変革するイノベーターを目指している人には、ぜひ新学部の門を叩いてもらいたいです。


これからの社会と暮らしを持続可能にするためには、ツーリズムという意味での観光を通して社会や地域について考えていくことが一つの鍵になるのはどうやら間違いなさそうだ。もし観光を通して持続可能性について考え、そしてそこで必要になる「学び方を学ぶ」ことに興味が湧いた人がいたら、ぜひこのサステイナビリティ観光学部の門を叩いてみてはいかがだろうか。

【参照サイト】立命館アジア太平洋大学
【参照サイト】おおいた遺産
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