シェフが旅するレストラン「Tabi」in 富山 ── 鳥羽周作シェフ率いるHotel’sチームが“体験”から“料理”を紡ぐ

「sio」オーナーシェフの鳥羽周作さん。彼が新たな食体験を提供するプロジェクトとして始動したのが、“シェフが旅するレストラン”「Tabi」だ。 鳥羽さんが旅で出会った食材とそこで得た感動をコース料理に落とし込み、表参道のレストラン「Hotel’s」にて期間限定で提供されるこのプロジェクトは、料理の味や香りとともに付加されるエピソードにより、旅そのものを食べ手が追体験できるのが魅力だ。

本プロジェクトを始めた経緯などは「旅行じゃなくて旅にでよう。鳥羽周作シェフが人生で初めて旅にでるまで」にて確認してみてほしい。前回の佐賀県への旅は、鳥羽さん、Hotel’s厨房責任者の木田さん、ホール責任者の青山さんの3名のみの参加だったが、今回はレストランを閉めてHotel’sのほぼ全員のスタッフで旅に出た。

旅先は、富山県。 海と山に囲まれる富山は、豊かな自然環境と豊富な水源によりすばらしい水質を保ち、その水の綺麗さは地元で育つ食材のおいしさにも大きく影響する。素晴らしい水と、その水からうまれる食材、そしてそれらを守り受け継ぐ人々。Hotel’sのチームメンバーが富山で出会った感動とおいしさを、彼らに代わりお伝えしたい。

富山における「昆布」の存在感
Tabi-Toyama-昆布

富山の人々はとにかく昆布をよく食べるという。生産量では羅臼昆布で有名な北海道が1位だが、昆布にかける1世帯あたりの年間支出金額は富山県が圧倒的な差で1位を誇る。ルーツは明治時代、富山から北海道へ大勢の出稼ぎ労働者がわたり、昆布漁などに従事したことで昆布が身近な食材として浸透していったとされている。

だしをひくのはもちろんのこと、富山には昆布を使った郷土料理が多くある。魚介を昆布で巻いた巻き寿司をはじめ、運動会のおにぎりにも海苔ではなく昆布を巻くというから驚きだ。

Tabi-Toyama-昆布の食べ比べ

実はもともと昆布があまり得意ではなかったという鳥羽さん。しかし富山で食べた昆布のあまりの美味しさに感動し、その意識が覆され、その場で昆布をメニューに組み込むことを即断。コースと共に提供された旅のしおりではこのように語っている。

「とにかく富山にいるあいだ、至るところで昆布の存在を感じました。とくに印象的だったのが、お土産としていただいた『和牛の昆布締め』。なるほど魚ではなく、肉を昆布で。その発想を私たちなりにアレンジして、Tabiでは『馬肉』を昆布で締めてみました」

Tabiで提供された“馬肉の昆布締めタルタル”

Tabiで提供された“馬肉の昆布締めタルタル”

使用する昆布は様々な種類を試食した中から、富山でも多く食べられる羅臼昆布を採用。馬肉をスライスして昆布で締め、卵黄や黒トリュフと共にラスクに載せたアミューズだ。 本当においしい昆布ゆえ、あえて5分程度の浅締めにしたという馬肉は、言われなければ浅締めだとはわからないほど豊かな旨味をまとっている。

力強く育つ富山の無農薬野菜
Tabi-Toyama-yasai

富山の水のおいしさには、積雪量も大きく関係している。雪が多く降るため、春になると大量の雪解け水が豊富な水源となるのだ。そしてその雪は、野菜にとっても最高の環境を作り出す。冬のあいだ、野菜たちは雪のベッドの中でゆっくりと育ち、雪解け水によってうるおった土壌の栄養をたっぷりと吸収して旨味を増す。

Hotel’sチームが今回訪れた農家『ログログファーム』は、そんな富山の土壌を活かし、化学肥料や農薬を極力使わず人と環境に配慮した栽培方法を行う専業農家だ。少ない品目を大量生産する農家とは対照的に、ログログファームでは少量多品目の野菜づくりを行う。商業的な生産性よりも地元のレストランなど身近な消費者との関わりを大切にし、要望に応えていくうち今の形になったという。

Tabiでは、このログログファームから“お任せ”で送られる野菜を使用する。ランダムに送られてくる野菜を見て鳥羽さんが瞬時にレシピを頭の中で組み立て、シェフがそれを料理として完成させるのだ。鳥羽さんとシェフの連携と試行錯誤によって完成したのが、無農薬野菜をふんだんに使ったバーニャカウダソースのラビオリだ。

「地元のレストランのために少量多品目の野菜づくりを行うその畑から、ちぢみほうれん草と、今最もおいしい野菜たちをランダムで送ってもらっています。そのファームのすべてを、一皿の新しいバーニャカウダとして再構築しました」

バーニャカウダソースのラビオリ

バーニャカウダソースのラビオリ

ラビオリが隠れるほどたっぷりと乗ったちぢみほうれん草は熱を通しても葉にしっかりと弾力があり、甘みが強く濃厚な味わい。このほうれん草はラビオリの生地にも練り込まれ、里芋を使ったバーニャカウダソースの詰め物といただく。

まったりとしたラビオリの味わいにアクセントを加えるのが、さらに下に隠れた野菜たちだ。ロマネスコと紫大根はあえて食感が残るように茹で、黄かぶは甘めのピクルスに仕立てることで、五味(甘味・旨味・苦味・酸味・塩味)に加え食感や香りを楽しめる“五味プラスワン”の味わいを完成させたこだわりの一皿だ。

富山のおいしい地酒
桝田酒造さん

富山の冷涼な気候と良質な水は酒造りにも適し、昔から酒造りが盛んに行われていたことから、永く続く蔵元が多く存在する。今回一行が訪れたのは、富山の蔵元の中でも特に長い歴史を持つ「桝田酒造」。酒造りの体験をさせてもらうだけの予定が、酒造の代表と従業員で行う夜の飲み会にも急遽同席することになったという。

貴重な日本酒を大きなやかんで熱燗にしたりと豪快な飲み方で酒瓶を開ける造り手たちとは対照的に、酒に強くない鳥羽さんはへべれけになってしまったそうだが、酒を通して富山の食文化への理解が深まった1日のことをこのように語る。

「地酒は、その土地のおいしさを映す鏡のようなもの。日本酒のお話をたくさん聞いていく中で、富山の水のうまさ、富山の米の豊かさ、食文化の奥深さ、すべてがお酒を通してひとつにつながっていくのを感じました」

酒粕アイス できたてのジェラート

酒粕アイス できたてのジェラート

今回Tabiのコースの最後に提供されたのは、桝田酒造の酒粕を使ったジェラート。卵を使わず牛乳と練乳、酒粕のみで作られたできたてのジェラートは、ミルクの風味を酒粕のほのかな塩味が引き立てる繊細な味わいだ。すっと消えるような口溶けは余韻を残さぬまますっきりと旅を締めてくれた。

富山のおいしさと旅の思い出を、料理というアウトプットでお裾分けしてもらった今回のTabi。「水がおいしいと全部おいしい」鳥羽さんがそう話すとおり、富山の食材のおいしさの根源には必ず水のおいしさがある。そして、世の中に流通させてくれる生産者の方々のおかげで、私たちはそのおいしさを知ることができる。味だけではなく、その土地や人々の想いを知ることでおいしさは何倍にも変わり、お腹を満たすだけの「食事」ではなく心も満たされる「食体験」に変わるのだ、とそう感じた。

Tabi-富山-のディナーの提供期間は終了しているが、鳥羽さん率いるHotel’sチームの旅はまだまだ続く。次はあなたもTabiでの食体験を楽しんでみてはいかがだろうか?

【参照サイト】Hotel’s Twitter
【参照サイト】富山県 公式サイト
【参照サイト】sio株式会社
【参照サイト】ログログファーム
【参照サイト】桝田酒造
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沼野裕貴

東京都出身。国内外の美味しいものを求めて旅をすることをライフワークに、今日も次の旅先で何を食べようか考え中。仕事はコンテンツマーケティング業。最近の趣味はストウブ集めとストウブで料理を作ること。