最近、都会での生活が、ちょっと物足りない。自然に囲まれた場所や、小さな生き物たちの気配があるところに出かけたくなる。
地方移住も気になるけど、いきなりの田舎暮らしはちょっと不安。欲を言えば、都会よりはコミュニティ感があって、でも暑苦しくもない。そんなちょうどいい距離感のある、ゆるい関係性のなかで暮らしたい。
そんなことを考えている人にぜひ紹介したいプロジェクトが神奈川県の辻堂でスタートしました。ゆるやかに集まって土とつながった暮らしを、住む人たちと一緒につくっていく暮らしの場所「ちっちゃい辻堂」。今年7月、神奈川県藤沢市辻堂で始まった、小さな村のような賃貸住宅プロジェクトです。
100 年先の辻堂を想像して、その最小単位をつくる
ちっちゃい辻堂の大家さん、石井光(いしい ひかる)さんは、地主の家に生まれながらも、不労所得で楽して生きている地主のイメージが嫌いだったとか。そんな彼が辿り着いた答えは、「地主とは、地域の自然と寄り添った暮らしを広げる“土” の人」だということ。
2020年から一年間「にこにこ農園」にて農家研修を修了、半農半大家として「ちっちゃい辻堂」をいちから作っています。一児の父で、子育てにも奮闘中。
株式会社五兵衛 代表取締役、一般社団法人EdiblePark湘南 代表理事も務める。
せっかくご先祖様たちのおかげで土地や建物を持っているのなら、それを最大限に活かして、次の世代にこのまちの風景・文化をつないでいけたらいい。そんな石井さんの考えから、100年先の風景を想像してその最小単位をつくるプロジェクト「ちっちゃい辻堂」はスタートしました。
ちっちゃい辻堂のつくりかた
石井さんによると、ちっちゃい辻堂は、以下のコンセプトに共感した人や住む人といっしょにつくっていく場所。その「つくりかた」を、ここでほんの一部ご紹介します。
・土と繋がった暮らし… 有機物はゴミにならない。土とともに暮らすだけで、 大地の循環に僕たちも加わることができる。それは、僕たちの身体にとっても安心で、気持ちいいこと。
・人間も生き物の一員だから…人間も、地球を消費するだけの存在から、生きれば生きるほど周辺環境と調和し、よりゆたかにしていく存在へ変わっていけたらいい。それにはまず、人間が他の生き物たちとともに 、地球を間借りしていることを忘れないこと。
・小さな隣人たちとともに住まう….カマキリにトカゲ、チョウにセミたち。庭に出たヘビ や 、石の下にいたヒキガエルは、いまどこへ ? 彼らが憩える居場所を改めてつくりたいか ら、 小さな生き物たち大歓迎。
・お互いが余白にいられる距離感….完璧につくり込みすぎた場所ってちょっと窮屈だと思うから、建物から暮らしぶりがはみ出てるくらいの余裕をもった場所づくりがしたい。
・うまくいかないことを受け入れる….地域コミュニティの支え合いは、やっぱりいいことばかりじゃありません。めんどくさいこともあって当たり前。それもあって豊かさの奥行きだと思うんです。
・時間が経てば経つほど心地よくなってゆく場所として….消費に依存した社会には、たいてい同じような店や施設が建ち並ぶから、どこに行ってもよくある街並みができあがってしまう。だけど本来は、地域の環境ごとに暮らしぶりは変わるはず。その土地の文化として根づいてゆくのは、他でもない、ひとつひとつの暮らしなんです。
*「ちっちゃい辻堂コンセプトブック」より引用
ちっちゃい辻堂ってどんなところ?
とはいえ実際にはどんな間取りで、中はどんな環境なのかが気になるところ。実際に内覧会にお邪魔してきました。
たとえば最近まで募集をしていた久根下B棟の間取りをみてみると、こんな感じ。
・久根下B棟
間取り:2DK
専有面積:41.29㎡+ロフト11.60㎡
賃料:221,000円/月額
共益費:20,000円/月額
駐車場(1台):15,000円/月額
ちっちゃい辻堂には、5つの棟と、畑やみんなで使うコモンスペースなどがあります。
まず最初に気づくのは、各戸建を遮る塀がなく、気持ちよく風が抜ける公園のような雰囲気。そしてそれぞれの戸建をつなぐ道や玄関までのアプローチ、そして駐車場に至るまでウッドチップや石、土などの自然素材で構成されていて、アスファルトやコンクリート舗装などが見当たりません。
これらはプロジェクトの一員であるランドスケープデザイナー岡部 真久さんによる「微生物舗装ワークショップ」という企画のもと、オーナーの石井さんが住民や地域の人とともに実際に手を動かしてつくりあげた環境。家の屋根から落ちる雨水を保水したり、植栽や畑の野菜たちと共生し土壌を豊かにしてくれる微生物を考慮して考えられた、循環を促すランドスケープ(日常生活における風景や景色)です。
この舗装を実際に歩いてみると、アスファルトを踏んだ時の固い感触とは違い、歩く人の足をやわらかく包み込みながら押し返してくれます。子どもたちもその気持ち良さを感じ取っているのか、ちっちゃい辻堂の中を嬉しそうに裸足で走り回っていました。
舗装の素材である、ウッドチップや籾殻くん炭、藁なども、地域からでる廃材や解体される古民家から調達するなど、素材の多くを地産地消でまかなっているとか。
そして住宅の材料はほとんどが神奈川県産木材を使用。また屋根には冬は室内を暖かく、夏は涼しくする仕組みとして太陽光集熱システム「びおソーラー」を設置するなど、自然の循環を利用した設計が随所に取り入れられています。
住まいの入り口には広めの土間があり、そこにキッチンが配置されていて、家の外のパブリックと家の中のプライベートをつなぐセミプライベートな空間設計になっています。
こうした土間や縁側などの、隣り合ったプライベート同士をなだらかにつなぐセミプライベート空間、そして敷地内のコモンスペース、石井さんが手掘りした井戸などのパブリックスペースの存在。それらが複合的に重なることで、住人同士がちょっとした機会にすれ違い、お互いの存在をほどよく認識し合う。まさにちっちゃい辻堂が大切にする適度な距離感や、余白のある暮らしが促される仕組みがそこにあります。
現地を訪れてあらためて感じた「余白」
実際に現地見学会を訪れて感じたのは、大家さんである石井さんが理想とする暮らしの大枠を描きながらも、そこにはちゃんとこれから住む人々と一緒につくっていく部分、つまり暮らしの細かい部分での余白も用意されていること。
「暮らしの大まかな方向性はコンセプトブックに示していますが、それに共感度100%の人ばかりが集まらなくてもいい。たとえば生ごみの堆肥化や、コモンハウスの使い方などその他の細かいルールについては住む人たちと話し合って決めていきたい。賃貸住宅では大家に力が偏りがちなので、その力を大家が自ら適度に削いでいくのが大事」と語る石井さん。
周囲の自然環境と向き合いながら、まちでの暮らしの最小単位として、適度なコミュニティや身体的な心地よさを大切にしている、ちっちゃい辻堂。
そんなちっちゃい辻堂は現時点では残念ながら満室なのですが、引き続き見学会を定期的に行っています(2023年10月現在)。今後は現在の場所から徒歩2分のところに「ちっちゃい辻堂 第二期」を建設中な他、住民や近隣の方と交流できるイベントや、住民でなくても参加可能な「微生物舗装ワークショップ」などを随時開催していく予定です。
都会にほど近い場所で、自然環境に寄り添った余白のある暮らしに興味がある方は、ぜひ現地に足を運んでその暮らしを体感してみることをオススメします。
【参照サイト】ちっちゃい辻堂
【参照サイト】ちっちゃい辻堂 コンセプトブック
【参照サイト】ちっちゃい辻堂 note
いしづか かずと
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