(前編)夢は死ぬまでに世界のすべての風景を見ること。日建設計 梅中美緒さんの旅するライフスタイル

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場所を選ばずに働ける人が増え「旅しながら働く」という言葉を耳にする機会も増えた。雑誌でも「住みかた」に関する特集が複数組まれ、今までとは違ったライフスタイルを検討する人が増えていることを示唆する。そうした現実として起こりつつあるものの、まだ少し未来の話のように感じられるライフスタイルを数年前から始めていた方がいる。

梅中美緒さんは、1900年に創業された東京タワーや東京ドームなど数々の名だたる日本の建造物を設計した建築設計事務所である、株式会社日建設計の「社員」という立場のまま、世界中を旅しながら働くという実証実験を2018年から2020年までの2年間に行った。コロナ禍以降は、結婚を機に「投げ銭ハネムーン」という企画を立ち上げ、お祝いをしてくれる方から集まった投げ銭を元に、内祝いとしての返礼品を探しながら日本中を巡る旅をご夫婦で続けている。そんなユニークなライフスタイルは一体どのように発想され、続けられてきたのか。今回はその経緯について梅中さんへのインタビューを通して紐解いていく。

話者プロフィール:梅中美緒さん

mio-umenaka-profile日建設計 新領域開拓部門 NAD (Nikken Activity Design lab) アソシエイトアーキテクト/エスノグラファー。2008年日建設計入社。設計部門に8年間在籍し、音楽大学キャンパスや企業の研修施設などを担当。三井不動産ワークスタイリングの空間ディレクションをはじめ、The Breakthrough Company GOオフィスなど、数多くのワークスタイルデザインを手がける。世界100ヶ国以上を旅するバックパッカーであり、組織に所属するサラリーマンでありながら、ワークトラベラーとして「旅をしながら働く」実証実験を18年から開始。イラストレーターや旅ライターとしても活動。20年より夫婦アドレスホッパーとして、日本中で多拠点生活と「投げ銭ハネムーン」を行っている。

世界中を旅しながら働く、リモートワークの実証実験
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──まずは梅中さんの自己紹介からお願いします。

2008年に日建設計に入社して、設計部門からのスタートでした。その後2017年からNikken Activity Design lab、略してNADに所属しています。NADでは人間のアクティビティをテーマに、建築設計をする際の与件定義の部分、つまり、何をつくり、何をつくらないのかというところからクライアントと一緒に考えています。そこではパブリックスペース、ワークプレイスなどが主なプロジェクトですが、その中でもワークスタイルデザインが私の主な仕事です。それぞれのクライアント企業の特徴をリサーチしたり社員にインタビューしながら、目指すべき働き方をデザインして、場・空間などに落とし込んでいくプロジェクトを多く手掛けています。

──そこからどういう経緯で旅をしながらの実験がスタートしたんでしょうか?

入社して10年が経過しようとした時に、半年くらい休んで南米に行きたい、と当時の室長に伝えてみたんです。当時のNADでは、それぞれが1人1つずつテーマを持って研究に取り組むことになっていたこともあり、「研究でやってみれば」と言われました。その後、三井不動産のワークスタイリングという法人向けシェアオフィスのデザインの仕事をすることになり、そちらへのインプットを目的とした業務として、「世界中を旅しながら働く、リモートワークの実証実験」に取り組むことになりました。

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ウズベキスタン・ヒヴァでリモートワーク中の梅中さん

そこから丸2年間で50数カ国を転々として、パンデミックを経て去年の2020年の2月に帰ってきました。その後結婚をしたこともあり、国内で多拠点生活する方向に切り替えて、先日、東京の門前仲町から、静岡県函南町に引っ越してきました。

──密度が濃いですね。少し戻りますが、さっきお話しされていた日建設計内でのプレゼンの話をもう少し。過去にない働き方を社内プレゼンした時、会社はどういう反応だったんですか?

当時の上司は「おもしろいからやってみな」みたいな感じでした。

──当時はまだコロナ前で、今みたいにリモートワークが当たり前じゃなかった頃ですよね。その際に使う連絡ツールとか体制はどうしてました?

今みなさんがやっている方法と一緒ですよ。会議の音声だけ聞いてリアクションしたり、TV電話で意思疎通したり。情報セキュリティ面には注意し、上司の承認を得ながら活動していました。社内コミュニケーションとしては、私はあまりデジタルツールが得意じゃないので、紙に描いていました。これだけ旅をしているとデジタルツールを使いこなしているイメージを持たれているのか、よく鞄の中身を聞かれるのですが、会社支給のPCのほかに、紙とペンしか入ってない。

スケッチを描いて、LINEで写真撮って、指示を書いて送るみたいな感じですね。ビデオ通話で紙を映して「ここがさ」とか言って「ハイハイ」みたいな。結局のところそれが一番早いし伝わる。

──実証実験ということは、その旅で得たものをレポートにまとめて、定期的に会社にフィードバックしていたのですか?

もちろんレポートをつくり社内発表していますが、三井不動産のワークスタイリングをデザイン監修しているので、そこにインストールしていました。拠点が汐留や大手町をはじめ全国100拠点以上あって、全拠点でデザインを変えるつもりで取り組んでいました。

例えば、品川駅と東京駅の働き方はそれぞれ違うじゃないですか。周りにある企業も違っていれば、ビルのスペックや面積、そこへ行く目的や働くモードも違うから、ローカライズしていかなければならない。でもこれだけ拠点数が増えてくるとアイディアが枯渇するんですよ。

ワークスタイリング

梅中さんが手がける法人向けシェアオフィス「ワークスタイリング」

なので海外に行って、インスピレーションを得たり、海外の今の働き方の実態を調べたりしてアイディアを貯めていった。加えて旅の間中ずっと自分のバイタルデータとライフログ、環境データを取っていました。自分の中のワークを6分類して、いつ何をしているときにクリエイティビティが高いのかを可視化した。私自身がモルモットになることで、海外を転々と旅をしていた方がクリエイティブな時間が増えていることを定量的に数字で示したんです。

「WORKING TRAVEL」仮説図解

梅中さんによる「WRORKING TRAVEL」仮説図解

──そういう所を図解したり、定量化していくのはすごいですね。

実際には、生産性に方程式なんてものはないんですよ。けれど「働き方改革」が叫ばれはじめた2018年ぐらいは、どこかわかりやすい方程式があると皆が勘違いをしていた頃でもあった。もし短期的に生産性を上げたいなら、無駄な残業時間や不要な支出を減らせばいい話。でもそれよりもっと長期的な視点で見た“生産性”というものの正体を解明するために、自らを被験者として定量化し、見える化するのは有意義だと思いました。

──なるほど。今、用意していただいた梅中さんがデザインしたオフィスの資料を見ていたのですが、この部屋とか好きです。会議室でしょうか?

ワークスタイリング大手町の会議室

ワークスタイリング大手町の会議室

これはミュージアムをテーマにしていて、それぞれの会議室を絵画に見立てているんですね。会議って決断をすることもある局面では重要になるので「最後の晩餐」みたいな空気感をつくりたかった。最後の晩餐のカラースキームと、画角を引用して会議室として具現化しました。

──オフィスの窓が額縁に見えてきました。

そうなんですよ。窓を絵画の額縁に見立てていて、美術館のように窓枠の下にキャプションもあるんですよ。

──面白いですね。オフィスデザインをする際には、事前にどの位現場を見るんでしょうか?

結構見ますね。そこに一番近いシェアオフィスにどういう層の人が来ていて、何時間単位で使っているのか、個人で使っているか集団なのかとか。あと服装でも、お客さんの所に行った帰りだなとか、この後ランニングしに行くんだな、とかわかるじゃないですか。

そういうのは1日そこに居て見たりとかもしますし、周辺環境も見て回ります。あとはチェックイン時のログデータも分析して、ユーザーのワークスペースの使い方を仮説を持ってデザインしていく。

──定量と定性、両方ある感じですね。

どっちもありますね。私は定性情報を取る*エスノグラフィーをやっているので、そっちの方が得意です。定量データ分析は社内に詳しい人たちがいるので、コラボして計画をしていきます。

*エスノグラフィー….集団・社会の生活や行動様式を、フィールドワークによって調査する手法

旅のインスピレーションを最大化するには

──特に海外にいる時は、いろんな情報が自分の中に入ってくるかと思うのですが、それを仕事に活かす方法論はあるんですか?

よく、そんなところに行って何をしているの?と聞かれて答えに困るんですけど、ただただ空気に溶けています。私にとってインスピレーションが舞い降りるときは、知らない土地で見たことのない情報をインプットしているとき。いかに知らない土地の空気に溶けて身体全部で感じられるかどうかをずっと試している。その質を高めるためにはデジタルデトックス状態の方が好ましい。何でもない丘の上とかにボーッとするとか、そういうことでいいんですけど。街を散歩してて突然犬が吠えた瞬間とかに閃いたりする。

エスノグラフィーもそうなんですよね。英語のことわざで「Fly on the wall(壁の上のハエになれ)」って言われますけど、どれだけ観察対象となる場所に溶けて、自分が違和感なく存在しながら情報を取得できるかが重要になります。

──その時の持ち物は?

紙とペンですね。スマホは持っていますが、常にインターネットに繋がった状態ではない。スマホは写真を撮るときにカメラの代わりになります。

──梅中さんは写真撮らないのかなと思ったんですよ。勝手に想像で。

めっちゃ写真とります。

──そうなんですね。スケッチをされるんですか?

短文の文章ですね。スマホにメモもします。長距離バスに乗った時は長めの文章を書く時もあります。

──なるほど。あの旅のあの部分がここに反映されているというような例はありますか?

それ、すごく聞かれるんです。でも直喩で反映しているんじゃなくて。それもエスノグラフィーっぽい話でいうと、自分が宇宙観測機みたいになっていたいと考えてます。今起こっている事象を見て自分の中に貯めて、編集して、それぞれの場にアウトプットしていく。

──得た経験を一旦抽象化して、それを咀嚼した後にその場に反映されるということですか?

そうですね。

──アウトプットをする前提だと、旅でのインプットの質は変わりますか?

変わると思いますね。この照明のデザインがおもしろいとか、こういうつくり方ってあるよなとか、家具のフレームをこういう風に使った方が綺麗だなとか考えながら見ています。

私が企画した「投げ銭ハネムーン」もそうです。国内は47都道府県を旅し終わっていたので、目的地が無くなっていたんです。あの人に送りたいからウニを買いに行こうとか、あの人は甘いものが好きだから、この時期の旬のものを送りたいとなると、目的地ができるじゃないですか。私は投げ銭ハネムーンをすることで目的地が欲しかったんですよね。

世界中の全ての風景が見たい

──なるほど。同じ所で同じ景色を見ても面白くないんでしょうか?

私には「死ぬまでに世界の全ての風景を見たい」という思いがあって。でも、別に同じ場所に行っても違う人に出会えたり、天気が以前と違ったり、自分のコンディションの違いとかでも見える景色は全然違う。そういう違う瞬間に出会っていたいんですよね。どれだけ非日常状態を作れるかで、インスピレーションの量が変わり、自分のクリエイティブの質が変わると思っています。

──そんな梅中さんのようなパーソナリティーがどうやって形成されるのか興味があります。原体験みたいなものはありますか?

北海道で育ったんですけど、毎週のように車に積まれて山を登らされたり、冬は25日間ぐらいスキーをさせられたり。両親が兄と弟と私の3人とキャンプ道具を車に積んで、北海道中のキャンプ場を転々とする生活をしてましたね。

──ご両親、いったい何者ですか?笑

両親ともただアウトドアが好きだったんですよ。両親は今70とかそれ位ですけど、よく海外に行っていました。明日からマチュピチュに行ってきますみたいなメールが突然入るのが日常です。1回だけトルコでニアミスしたこともありますね。

──ご両親の影響を受けているっていうことですね。

どっちが先なのかよくわかんないんですけどね。私が初めて海外行ったのって20歳ぐらいなんですよ。

──もっと早いのかと思いました。

当時は建築学生だったので、初めての海外はヨーロッパでした。やっぱり美術館や教会などの建築を見たいと思って、アメリカやヨーロッパを中心に行ってたんですけど。どこかのタイミングで、建築家以外に作られた建造物や、そういった場所での営みに興味を持つようになり、アジアやアフリカ、インドに行くようになっていった。東南アジアの空港から降り立ったときのムワッとした空気感、わかりますか?あれって今、必要じゃないですか。

──必要ですね。

私はその中毒者だと思います。あの埃っぽい空気の中毒者だった。

──最初は建築を見ることが目的だったのが、徐々にあの空気感の中毒者になった?

社会人になってからはただの長期休暇旅行者だったんです。でも会社に入社して10年経ったタイミングで、行けた国が30ヶ国位だということに気づいて焦ったんですよ。休暇を取って南米に行こうと思っていましたが、担当する業務の研究として、この生活がはじまったんです。

──アイディア自体は会社からだったんですね。

うちの部署は新領域部門なので、何か一つは研究活動をしなければならなかった。そして、シェアオフィスをつくるプロジェクトがスタートしていたタイミングでもあり、リモートワーカーがどんなことに苦労していて、何のメリットがあるのかについて知る必要があった。でも私は実体験がないと手が動かない。

だから今でもクライアントの企業の人になり切るくらいインタビューもするし、観察もする。その時は、自分を最もリモートワーカーに寄せないとできなかったので、そういう大義名分を持って企画書を提出したのが実証実験のきっかけです。

その後2年間で50数ヶ国行って、2020年の2月にガラパゴス諸島に行って、トータルでの渡航国が102ヶ国ぐらいになったんですよ。2018年に比較的近い国から始めた実証実験の最終到達点として、2年続けてやっと南米に行けるようになった。そんな南米を一周回ってガラパゴスまで行って、なんかもう、満足したなって思ってたんです。そのタイミングでコロナ禍になり帰ってきたので、結構すっきりした状態でランディングできた。非日常も2年間続けたらそれが日常になるんですよね。

死海での梅中さん

死海での梅中さん

──非日常が日常に転換して、逆に日本の方が新鮮、みたいな感じでしょうか?

定住という非日常を楽しんでいました。私はめちゃめちゃ門前仲町が好きだったので、もう家帰ったら「豚汁作るぞ」みたいな感じで帰ってきて、オフィスや客先に通うという東京での定住を楽しんでました。

──定住が非日常?

そうなんです。非日常化した時の定住は楽しいですよ。

──そういえば以前お会いした時も「そこまで旅してるなら家を引き払ってアドレスホッパーになった方がいいのでは?」って聞いたんです。でもその時も「門前仲町の家がすごく好きなんですよ」っておっしゃっていて。その理由が今ようやく腑に落ちました。

私はやっぱ振れ幅が欲しいので。

──梅中さんがnoteで書いていた「日常と非日常の交互浴」というやつですね。

そうですね。

──僕は移動で疲れたりとか、あと環境が変わると疲れがちなんですが、梅中さんは元々そういうことが疲れないのか、それとも何か工夫があるんでしょうか?

2020年4月に在宅勤務を強いられたとき、一つの場所にいると魂が死ぬと感じて。

──魂が移動を求めてる?

何か風景が変わらないと無理なんでしょうね。

函南町のご自宅のテラスから見える風景

函南町のご自宅のテラスから見える風景

インタビュー後半では梅中さんのプライベートに話題を移し、結婚とコロナ禍を機に梅中さんの旅がどう変わっていったのかを伺っていく。(後編に続く)

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