デンマークとつながる岩手県の小さな町の学び舎で、居心地の良い “人生の歩き方” を見つける

「自分はどう生きたいのか」

就活、転職、人生の様々なタイミングで誰しも一度は考えたことがあるテーマだろう。

けれど、スマートフォンをいくらスクロールしても、パソコンの画面をのぞき込んでも、答えはなかなか出てこない。自分だけで、自分のことを理解するのはとても難しい。ならば、誰かと出会い、話しながら考えを進めていくのはどうだろう?

岩手県・陸前高田市にある「Change Makers’ College(チェンジ・メイカーズ・カレッジ)」(以下、CMC)はそんな機会が必要な人に最適な場所。運営するのは、東日本大震災を機に陸前高田市の小さな町、広田町でまちづくり、ひとづくりを手がけているNPO法人「SET」だ。 SETのミッションは、一人一人の「やりたい」を「できた」に変え、日本の未来に対して「Good」な「Change」が起こっている社会を作ること。

広田町-田んぼ

2022年で5年目を迎えたCMCは、持続可能なライフスタイルを探求する学び舎。

持続可能なライフスタイルとは、環境にやさしいライフスタイルという意味ではない。自己理解を深めつつ「自分にとっての居心地の良さ」を探求することや、「他者とのつながり」を模索することを通して、自分にとっても、社会にとっても、そして地球にとっても、持続可能なライフスタイルを指す。そうしたサステナブルな生き方をを模索していく実験場のような学び舎であるCMCは、広田町という地域に根差しながら、近年注目されるデンマーク発祥の成人教育機関「フォルケホイスコーレ」とも協働し、日々進化を続けている。

今回は、そんなCMCでファシリテーターとして活動する山本晃平さんと、2021年にCMCに参加した坂田美優さんに、CMCの活動全般からご自身の経験を通した気づきなどを語っていただいた。

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坂田さんCMC卒業時の写真 / 1列目一番右が坂田さん、2列目左から2番目が山本さん

自分の暮らしを、自分で編む

──まずは、お二人とCMCとのかかわりについて教えていただけますか?

坂田美優さん(以下、坂田):私は、昨年CMCに参加しました。参加する前は就活の時期でしたが、自分が何をやりたいのかじっくり考える時間が欲しいと思っていました。大学での学びは、講義を受けてレポートを提出して完結するものが多く、学生同士や先生との交流も希薄で、私が求めるものとは違っていました。周囲の学友との熱量の違いもあり、もやもやする気持ちがずっとあったんです。

それに、もともと私の通う大学は留学が必須だったため、フォルケホイスコーレにいつか行ってみたいと思っていました。ただ、コロナ禍でデンマークへ行くことが難しく、“フォルケホイスコーレ 日本”で検索しヒットしたのがCMCでした。それまで、起業塾など、学外の学びにいろいろ参加していたので、「なんか面白そう」と、気軽な気持ちで参加を決めました。

山本晃平さん(以下、山本):僕は現在、ファシリテーターとしてCMCの運営に関わっています。もともと運営母体・SETが別に企画した、大学生向けのプログラムに参加したのがきっかけです。大学1年の夏休みで刺激を求めていた僕は(笑)、実際、参加してみたら本音で話せたり、やりたいことをためらいなく語れる時間がすごく心に響きました。当時、教師を目指していたのですが、それは僕を育ててくれた先生方が素晴らしかったからなんですよ。でも、教育実習に行ったり、教員志望の学生と話すうちに違和感を覚えるようになって。なんとなく、大学生活で諦めていたことが陸前高田にあると感じました。

──CMCでは、具体的にどのような活動をするのですか?

山本:全国から集まったCMCの参加者は、4月~8月の4か月間、広田町という人口3000人程度の町で、複数の班に分かれ共同生活をしながら学び合います。日曜、月曜、祝日はお休みで、火曜日には全員が集まるアッセンブリー(朝の会)があります。はじめのうちは、「ご飯を作る担当がはっきりしなくて困る」といった生活レベルの話題が多いですが、終盤になると将来の話など会話の内容も変化していきます。

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スケジュールを見ていただくと分かるのですが、かなり余白の時間が多いです。授業は基本的に午後3時には終了するので、余白の時間に自分が何をするのかは自分次第。自分で時間の使い方を選択しながら、自分のライフスタイルを自ら作っていく面白さを学びます。余白時間で、時給100円のなんでも屋さんをやった人や、狩猟を始めた人もいましたよ。

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とある週のスケジュール。余白が目立つ

また、参加者は決められたクラスを受けるのではなく、一人一人が興味のあるクラスを自ら選びます。クラスは、コーディネーターと呼ばれるCMCのスタッフが作るのですが、代表の岡田勝太や僕もコーディネーターのひとりです。「ナチュラルフードクラス」という、自然との調和を考えた料理をし、「食」という毎日の暮らしの習慣から、地球を見つめ探求するクラスや、1つ1つのモノを観察し新たな命を吹き込むことで外の世界に目を向け、海の向こう岸の暮らしを想像し創造する「エコクラフトクラス」など、コーディネーターの興味や知識によってクラスが作られているのも、CMCの特徴かもしれませんね。

──山本さんがコーディネートする「アクティビストクラス」「アロウキャンプクラス」とはどのようなものですか?

山本:まず、「アクティビストクラス」ですが、さまざまな分野で活躍するゲストをお招きして、活動内容はもちろん、自分との付き合い方、その方々が参加者と同じ年ごろどう過ごしていたかなどをざっくばらんに話していただきます。社会とCMCとの境界を繋げられたらいいなと思って企画立案しました。

──では、「アロウキャンプクラス」は?

坂田:CMC名物クラスですね(笑)。

山本:あはは。2泊3日で、スマホやパソコンなどの電子機器を持たずに森の中に入って、裸足で歩いたり、寝てみたりするクラスです。都会では常に思考モードなので、この体験を通じて五感をフルに動かして「感じるモード」に切り替えるというか。初日の午前中、3時間は森に放り出されて「なにをしたらいいんだろう」とそわそわする人が多いです。でも、ひと眠りすると安心できたり、風の心地よさに気づいたり。急にやりたいことが降ってくる人もいて、感じ方は実にさまざまですね。

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坂田:私は、森の中でリラックスすることはできず、むしろ怖かったです。クマがいる森だから、「クマが出たらどうしよう」とか、「誰かが潜んでいるかもしれない、刺されたらどうしよう」とすら思いました(笑)。だからこそ、夜、屋根と壁がある建物に帰ってきたときの安心感がひとしおで。なにか、自然の中で安らぎを感じるのが正解と思われがちだけど、私のように屋内で安心する人もいる。同じ体験をしながら、感じることが全然違うのが面白いなと感じました。

分かり合えなさ、を体感する

──CMCの参加者は若い世代が多いですか?

山本:みゆ(坂田さん)のような大学生のほかに社会人の方もいますが、運営側を含め、20代は多いです。次へのステップに戸惑っている人が参加する傾向があります。

坂田:生きづらさという言葉が注目され、CMCもその文脈でとらえられることもありますが、個人的には立ち止まる感覚で参加したわけではありません。新しいものに触れたり、知らないものを見たい、考えを深めたいのが動機でした。カレッジには、田舎暮らしに興味がある、わりと元気な大学生もいます。疲れたからひと休みしたいという人と、元気な大学生が同じ場所で暮らすのは他のところにはないユニークさだなと思いますね。

──坂田さんが昨年参加し、特に印象に残った学びは?

坂田:クラスの内容ではないのですが、たまたま居合わせた人たちと共同生活をしたことがなにより大きかったです。中には、全然そりが合わない人もいて、「4か月間、乗り切れるだろうか」と不安でした。最終的には、終盤に衝突し、爆発して…、家出をしました。

──家を飛び出す、あの家出ですか?

坂田:はい(笑)。広田町には、CMCやSETの活動に惹かれた移住者の方がいるので、その人たちのシェアハウスに逃げ込みました。

山本:夜中10時過ぎに、あちこち探し回ったんだよ(笑)。

坂田:(笑)。「このまま実家に帰ろうか」とも思いましたが、移住者の皆さんや地元の皆さんとすでに数か月を過ごしてきた縁や絆が生まれていて、簡単には逃げ出せないなと気づかされた。そこここに、愛ある見守りがあるんですよね。

そのおかげで、自分にとって脅威とすら感じた人とも最後まで一緒に生活することができました。同じ体験を共有して違いも分かるし、同じ時間を過ごして絆も生まれることはカレッジ特有の体験だと思います。社会に出てからもきっと、最初から分かり合える人ばかりではないと思うので、「やっていけるな」という希望になりました。

地域のなかで、小さく試す

──地域の方々との結びつきも、CMCの魅力になっているようですね。

山本:学校とは言うものの、CMCの境界線はとてもあいまいです。たとえば、歩いて数歩のところに、地元のおじいちゃん、おばあちゃんが住んでいて、畑で作っている野菜をいつも差し入れてくださいます。昔ながらの家屋らしい縁側があるので、そこに座っておしゃべりもしますよ。そんな緩やかなつながりが広田町には残っているんです。

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坂田:私は4月~8月の滞在でしたが、都会にはない不便さやコミュニティの小ささもある意味で魅力だなと感じました。たとえば、なにか挑戦しようと思ったときにハードル低く始められるというか。パンを作って売りたいと思っても、都会ではどこで売ればいいか見当もつかないけど、広田町なら、思い立って2週間後にはパンを販売できる。それに、地域の皆さんが積極的に買ってくださるんです。持続的に売れるかは分からないけど、何かに挑戦したときにリアクションが必ず返ってくるのは、次なる生き方を考える最初の一歩としていい場所だなと思います。

──失敗しても許されると思うと、確かに心強いですね。

山本:はい。小さくチャレンジするうえで、金銭的に不安定でも最低限の食事は何とかなるという感じもあります。僕自身、すごく忙しいときはご近所さんに「朝ごはん、食べさせてください」っておねだりします(笑)。

坂田:それができるのは、SETの皆さんが春先のわかめ漁などを自主的に手伝っているからなんです。まだ朝の暗い4時ころ、漁を手伝ってから自分の仕事に行くのはすごいなと。そうして築いてきた絆や信頼関係があるから、CMCのカレッジ生もいろいろと助けていただけるんですよね。

山本:もともと、震災復興を手伝いたい気持ちで広田町に来たから、何かを手伝わせてもらえることが嬉しくて。わかめ漁に出て初めて分かったんですが、朝陽が登ると本当に海がきれいなんですよ。と同時に、実際にその海で生死を分けるような経験もしました。「海って怖いんだな」と感じるから、生きてることも強く実感できる。そうした、根源的な豊かさが広田町にはあるなと感じます。

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坂田:厳しい自然の中で生きてきた方々は、優しさと厳しさがあるなと。昨年参加してすぐに、地元のおじいちゃんから「お前はすべてから逃げているだけだ」と言われました(笑)。第三者からなかなか言われないことですが、一人ひとりに真剣に向き合ってくださるから出てくる言葉だと感じられました。耳が痛いのは、自分でもそれがよく分かっているからなんですよね。憎み切れない、でもこわい…、そんな存在です(笑)。

つながり、見つめ、歩き出す

──CMCを卒業した後も関係性は続くのですか?

山本:ファシリテーターとして、卒業生の相談に乗る機会は多いです。直接来て、現状報告してくれる人もいますし、広田町で出会った人を介して新しいことをはじめた人もいると聞きます。自分が頼れる先や心許せる場所が増えることで、みんないい顔になっていくんですよ。自分は自分のままで大丈夫と思えるというか。

坂田:そうですね。以前は、周囲から求められる人になるために、なにかすごいものにならなければという気持ちから選択し、行動していたけれど、共同生活の中で、自分の特性や向き不向きが見えてきて。次第に、等身大を摑みやすくなるし、「自分がこうなりたい」というビジョンもとらえやすくなる。実感のなかで手にした小さなモノサシを頼りに、小さなチャレンジからはじめてみよう…というテンション感の人が多いなと感じます。

──2023年度のCMC参加者を募っていますが、これまでとの違いについて教えてください。

山本:まずは、4月からデンマークのフリースクールの実習生がファシリテーターの一員として参加してくれることになりました。アートをテーマにデンマーク流のクラスをやってくれる予定です。また、現地のフォルケホイスコーレから現時点で2名、留学生が来ることも決まっています。ここからまた増える予定です。

そして先ほどお話ししたアクティビストクラスやアロウキャンプクラスのような選択クラスも増えます。政治やアカデミアなど、これまでにはなかった領域を盛り込もうと現在設計している最中です。デンマーク色が強くなったような印象があるかもしれませんが、陸前高田の暮らしは日本語でできるので、英語が…と不安に思わずに安心して参加してもらえたらと思います。

──アップデートを続けるCMC。さらにその先はどのようなビジョンを描いていますか?

山本:コースに参加してくれるカレッジ生と、運営する側の年齢差は5~10歳ほど。僕らはみな、これからの時代を一緒に生きる仲間だなと思っています。CMCを通じて、これからの未来を豊かにしていく仲間を増やしたいですし、いまを生きる僕ら若い世代が希望を持って生きる土台作りをしたいですね。

そのために少しずつ動き出してもいます。たとえば、アクティビストクラスに盛岡市議会議員の加藤麻衣さんをお招きしたのもその一環です。4周年記念イベント「Change Makers’ Collegeアイディアソン」に参加いただいた、社会学者で若者支援に詳しい宮本みち子先生に指導を仰ぎながら、行政にも働きかけて行けたらなと。ゆっくり時間をかけて大きく変えられるようにしていきたいですね。

坂田:私は「この人、絶対に無理」という人とぶつかって家出までしましたが(笑)、またCMCに帰ってきました。広田町の人口1%は、SETやCMCに惹かれて移住した人たちで、卒業生も、等身大、かつ自分が本当にやりたいことをやろうというスタンスで歩んで行っている人が多いなと感じます。

何をやるかははっきりしていないけれど、どこかへは進んでいたい…。そんな人も、したいことをしながら過ごしている街の人たちと一緒に、自分の考えに縛られずなんでもできるのだということを、CMCで感じてもらえたらうれしいですね。

“みんなちがって、みんないい”。詩人・金子みすゞ「私と小鳥と鈴と」の一節ではないけれど、誰もが違う個性を持つからこそこの世は素敵なのだと、幼いころはちゃんと知っている。なのに、大人になるにつれ、同じスピードで歩くことが当たり前に思えてくる。みんなが違う想いやペースで暮らすCMCは、せわしない日常で忘れかけていた、“自分が快適に歩けるちょうどいいスピード”を思い起こさせてくれる場所なのかもしれない。

現在、CMCでは2023年4月から開催予定のChange Makers’ College第8期生の募集を開始している。説明会なども随時実施しているので、気になる方は公式サイトを覗いてみてはいかがだろうか。人生の歩き方を見つけに。

【参考サイト】Change Makers’ College

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キツカワユウコ

ライター。文化芸能芸術領域で輝く人たちの魅力を、インタビューを通じて深堀ります。SDGsや旅関連の記事も多数手がけています。エシカル・コンシェルジュ、全米ヨガアライアンス協会認定RYT200修了。大自然の中をゆるくトレッキングしながら、動植物に魅了される旅がライフワーク。