【レポート】第6回日本宿泊ダボス会議「分散型ホテルとアルベルゴ・ディフーゾ」〜SDGsの観点から、あるものを活かす地方創生〜

第6回日本宿泊ダボス会議

財団法人宿泊施設活性化機構(JALF)は2月15日、「第6回 日本宿泊ダボス会議「分散型ホテルとアルベルゴ・ディフーゾ 〜SDGsの観点から、あるものを活かす地方創生〜」と題したカンファレンスを衆議院第一議員会館およびオンラインにて開催した。

アルベルゴ・ディフーゾとは、廃村の危機にあるイタリアの小さな美しい村々に”再び息吹を”もたらそうとする伝統集落再生の試みで、一般に「分散型ホテル」と訳される。

当日は内閣府特命担当大臣の若宮健嗣氏が、開会講演にてデジタル田園都市国家構想と地方創生の関連性について語った後、一般社団法人アルベルゴ・ディフーゾ・ジャパン会長である松田久氏の基調講演を皮切りに、日本の分散型宿の成功事例の紹介やJALF理事からの報告など、分散型宿の事例と今後の日本の観光の行方についての情報交換が行われた。今回の記事では、同会の概要をお届けする。

目次

日本における分散型ホテル「アルベルゴ・ディフーゾ」の萌芽

まずは一般社団法人アルベルゴ・ディフーゾ・ジャパン会長の松田久氏より、アルベルゴディフーゾの基本的な定義やその概要についての紹介があった後、日本におけるアルベルゴ・ディフーゾ認定第一号である岡山県矢掛町の宿「矢掛屋」についての紹介や、今後国内で必要となる方向性についての示唆があった。

矢掛町も過疎化の現実に向き合っており、その解決策の一つが村落の窮状を救う「町ごとホテル」の発想だった。かつて宿場町として大名行列時の分散型宿として機能していた矢掛町の歴史的背景と、近年地域振興のために実践していたことが、たまたまアルベルゴ・ディフーゾ(以下、AD)の方向性と一致したのが取り組みの発端になった。2018年に矢掛屋がAD認定されたことがきっかけで、地域でのADの実践と普及がスタートしたそうだ。

町全体がホスピタリティを発揮するADは、宿泊施設の人的負担を減らすとともに、地元文化承継の最後の砦にもなり得る。ただし、宿泊の要となる古民家などの再生時の負担を、誰がどのように担うのかという問題が必ず出てくるため、そこにはやはり行政の力や、国家として過疎・高齢化などの課題にどのように取り組むかという意識も必要だと松田氏は語った。

国内での分散型ホテルの成功事例の紹介

カンファレンス中盤以降には、各地域の事業者やDMOの方々より、国内での分散型ホテルや古民家再生などについての成功事例の紹介があった。

まず最初の事例紹介として地域再生コンサルタントであり、株式会社Catalyst代表取締役社長の高野由之氏が登壇し、島根県江津市の有福温泉での温泉街の温泉街全体を一つの経営体とみなした再生事例や、西伊豆の築200年の古民家を観光客だけでなく地元住民も訪れる宿に再利用し、稼働率100%を達成したケースなどを紹介した。

高野氏は成功のポイントとして2点、民間銀行だけではない補助金活用によるファイナンスの大切さと、宿泊事業者の負担を地域で分担することを挙げた。

続いて、瀬戸内ブランドコーポレーション代表取締役の井坂晋氏と、同社マーケティングスペシャリストの木村洋氏より、せとうちDMOによる広島県庄原での古民家再生の事例の説明があった。同社は地域の人口減少と空き家古民家の増大を背景に、「雇用を作る」「古民家を守る」「新しい旅を届ける」などのコンセプトを軸として事業を展開。広島、愛媛の2県にまたがりながら、古民家5棟を再生した。そこではコロナ禍によるインバウンド客減少などのマイナス要因もあったが、日本の美しい里山景観のブランディングを通じて価値を見出す施策や、体験型のリジェネラティブトラベルの要素を重視し、耕作放棄地を開梱する新しいコメ作りツアーなどを企画。その中でも特に重要だったのは、官民の垣根を越えた地域内のプレーヤーによる協力体制の構築だったと両氏は強調していた。

3番目に登壇したのは株式会社矢掛屋代表取締役社長の安達精治氏、矢掛町町長の山野通彦氏だ。

「元祖分散型ホテルの創り方とその展開」と題した両氏の講演では、江戸時代に旧山陽道の18番目の宿場町として栄えた矢掛町において、古民家再生を軸にしながら日本で最初の分散型宿として10年前にスタートした矢掛屋の取り組みを紹介した。

その取り組みの軸となったのは、やはり矢掛町に分散して存在していた古民家を再生させて分散型の宿として再生させることであり、かつて大名行列の一行が矢掛町の町屋に分宿し、1泊で800名を超える宿泊客を受け入れていた町の姿を復活させることでもあった。そうした歴史的背景もふまえて、安達氏が「まちごとホテル矢掛」というコンセプトを町長にプレゼンしたことから、矢掛屋の分散型宿事業が本格的にスタートした。

安達氏はその「まちごとホテル矢掛」「Stay Community」などの主要コンセプトを中心に、単なる観光の推進ではなく地域そのものを豊かにすることを念頭におき、この地に残すべき価「地」とはなにか、50年後に生き残る街とはどういう街か、東京にはない何かがあり羨ましがられる街とはどのような街かなどを考えながら、RevPARをはじめとする指標と収益を生むことを重視し、山野町長や地域住民と連携して宿泊事業を推進していると語った。

また矢掛町長である山野氏からは、一時は取り壊しの方向もあった歴史ある街並みや町屋を、地域内ではなく外部からのアイディアを取り入れて再生すべく事業者を公募し、結果として地域連携により「移住、定住、交流」という波及効果を矢掛町にもたらすことができたとの話があった。

4番目に、株式会社コラレアルチザンジャパン代表取締役社長の山川智嗣氏から、「しつらえは超ー級”町まるごと職人に弟子入りできる宿”」と題して富山県井波のBed and Craftの事例が紹介された。

このBed and Craftは、井波の伝統産業である木彫刻の職人の作品を、宿内のギャラリーだけでなく、宿の調度品として配置することにより、宿泊ゲストと彫刻職人の接点を生み出すことが特徴だ。ゲスト向けアクティビティツアーとして職人に弟子入りできるワークショップを提供するほか、宿のレセプションを街の中に独立させ宿自体も9棟に分散するなどし、まちでの宿泊客の消費を増やすことに成功した。こうした施策を実施することで、地元企業・行政・雇用に及ぼす利潤「地域付加価値」が7.5倍になるという京都大学大学院地域環境学舎研究員稲垣憲治氏の分析結果も紹介した。

Bed and Craftは、このように街と一体となる活動全体であり、単なる「宿泊」ではなく「出会い」を提供する場であると山川氏は語っていた。

ヨーロッパの観光分野の動向から考える、日本のこれからのツーリズムが目指すべき方向性

会の最後には、JALF理事の藻谷浩介氏と井門隆夫氏の両氏より、成功事例紹介を受けた日本の観光の課題、そしてヨーロッパの動向との比較をしながら国内の宿泊業界の目指すべき方向性についての発表があった。

まず藻谷氏からは、現在のコロナ禍における国内事業の資本投下の方向性に関する指摘があり、金融資産の利回りが伸び悩んでいる現状においては、より人的、物的、知的な資本に注目するべきとの主張があった。なかでも日本の観光業においては、物的再生や経営のマネジメントに長けた人材への投資がまず重要とも語った。

また井門氏からは、EUの欧州委員会(European Comittee)からこれからの新しい観光業の指標として、従来の旅行者数や宿泊数などから、観光業の社会的、環境的、経済的影響に移行するよう加盟国に求めたとのニュースの共有があった。そして当然ADにおいても訪れる観光客の多さを目的にするわけではなく、地域で生きる人びとの幸せを目標としているはずであり、日本の観光業もこの方向性にならい観光が地域に与えるインパクトを指標として、地域の幸せに貢献するべきだと語った。

編集後記

ADや分散型宿の各成功事例を俯瞰してみると、いずれも宿単体ではなく、地域全体で稼ぐことを意識している。宿泊事業者は人的リソースやファイナンス面を地域にサポートしてもらう代わりに、既存の地域資源を事業に活用しながらその宿がある地域を文化、経済の両面で豊かにすることに寄与する点が特徴と言えそうだ。

コロナ禍による観光業への影響も終わりが見えにくいうえに、各地域の地方自治体もほぼ同じように過疎化などの深刻な地域課題を抱えている。その中で事業者と地域住民、そして地方自治体が一体となってつくり上げる分散型の宿には、これからの地域の文化と豊かさを内外に伝え残していく意味でも、国内ツーリズムにおける一つの希望になる可能性がある。

またオーバーツーリズムなどの課題に悩む宿泊事業者側としても環境負荷が少ない観光が必要とされる中、迎え入れる側と訪れる側の双方にとって持続可能な仕組みとして、分散型宿が注目を浴び始めている。これからもLivhub編集部としては、このような宿の動向に注目していきたい。

【参照サイト】 財団法人宿泊施設活性化機構
【参照サイト】アルベルゴ・ディフーゾ・ジャパン オフィシャルサイト