「地上の楽園」を期待して訪れたキューバの首都、ハバナ。
実際に街を歩いて目に入ったのは、積み上がったごみと、今にも崩れ落ちそうな建物たちだった。
そこは「地上の楽園」からはほど遠く、私にはむしろ「世紀末」のような場所に感じられた。
社会主義国であるこの国で一体今何が起こっているのか。
私はキューバ人のとある社会学者に連絡をとり、キューバの社会システムについて詳しく教えてもらうことにした。
「卵は月に1人5個、鶏肉は月500g」配給制度の現実
キューバには食料配給制度が存在する。毎月、米や砂糖、卵、塩、鶏肉などが各家庭に配布される仕組みだ。配給制といっても多少のお金を払う必要があるが、一般のスーパーの価格よりずっと安い。
これだけ聞くと理想的な制度のように思えるが、問題はその「量」である。卵は1人につき月5個、鶏肉は500gと、とても配給だけで生きていけるような量ではない。
配給は街の各所にある「配給所」で行われる。常に在庫がある訳ではなく、朝仕入れたものは午後には売り切れてしまうことが多いそうだ。朝方にハバナの街を歩くと、各配給所に行列ができていた。
配給制度は「ロシアンブック」と呼ばれる冊子で管理される。冊子は政府から各家庭に毎年渡され、商品を受け取ると冊子の中の表にチェックマークが記される。

「配給制度だけでは生きていけないです。でも、街中の市場で売られている野菜や鶏肉は高すぎる。必然的に食事は炭水化物が中心になります。配給制度で足りない物品は、外資系の輸入ショップで購入することもできます。でも輸入ショップではキューバペソ(キューバの通貨)は使えません。アメリカドルで購入する必要があります。ドルを手にするために、人々は観光客にドルの換金を勧めます。公式レートは1ドル120ペソだけれど、街では230〜270ペソでの換金が出来ます。これが闇取引です」
夢のような制度とは言い難い配給制だが、この制度のおかげでキューバの餓死者はほぼゼロだそうだ。町中にも、ホームレスや物乞いの人々はほとんどいなかった。

大学院まで行っても「学歴はごみ同然」
キューバでは、幼稚園から大学まで教育費が無料である。教育費が無料なことで、識字率や学力などにおいてメリットもある。
一見理想的な仕組みに感じられるが、現実は厳しいものらしい。
「私は大学院まで修了したけど、仕事がありません。だから今こうしてガイドをしています。国が提供する職業に就いたら、給料はみんな同じだし、とても低い。とても生活できるような給料ではありません」
「誰でも望めば大学に行けます。普通は大学や大学院を卒業すれば、良い仕事に就けますよね。でもキューバでは、卒業しても仕事がありません。キューバでは最近こんな皮肉画像が出回っています。『学歴はごみ同然』ってね」
30万人が大脱出。海外逃亡を考える暮らし
社会学者の彼女が次に連れて行ってくれたのは、とある建物の前。
そこには50メートルほどの長い行列ができていた。

「ここはスペイン大使館です。みんなスペインに行くためのビザやパスポートを求めて並んでいます」
キューバ人のほとんどは、祖先のどこかにスペイン人のルーツを持つ。そのため、スペイン渡航のビザやパスポートを申し込むことができるらしい。
「でも取得にはものすごく時間がかかります。まず問い合わせをしたら返ってくるのに半年。それから書類を提出して確認が済むまで数ヶ月。そしてビザが発行されるまでに数ヶ月。不備があったらまた振り出しに戻ります。それに、必ず取れるとも限りません」
彼女自身も、大いに苦労してようやくビザを手に入れたらしい。
「みんな国内での生活に危機感を覚えています。このままこの国では暮らしていけないから、国を出ることを選ぶ人が多いです。アメリカに不法入国する人も多くいます。2022年は30万人がアメリカに入国したそうです」
説明を聞きながら、たどり着いたのは大使館前の小さな公園。
木に囲まれた芝生エリアには、無惨に殺された大きな鳥の死体がいくつも転がっていた。
「これは祈りの儀式のために殺された鳥たちです。アフリカ系のルーツを持つ人たちが、宗教儀式の一環で行ったものです。ビザを取れるようになるためなら、鳥も殺す。みんなそれくらい切実に、出国のためのビザを欲しがっています」
脱出したい彼女と、住み続けたい彼
私は今回コミュニケーションを取れたキューバ人の2人に、「これからもキューバで暮らすかどうか?」と尋ねてみた。2人から返ってきたのは、それぞれ別の回答だった。
30代、社会学者の回答
「私は国を出るつもりです。ここでは母の病気に効く薬が手に入りません。母を連れてスペインに向かう予定で、ビザもようやく手に入れました。社会学者としてこの国のことを客観的に学んだけれど、様々なことに問題があると思っています」
20代、エンジニアの回答
「僕は海外にいくつもりはないよ。この国での暮らしは時には大変だよ。特に医療制度はひどくて、薬が手に入らなかったり、医者がいない時もある。それでも僕たちは何とか乗り切っているんだ。僕はここが好きだし、居心地がいい。海外に出ていこうとは思わないよ」
祖国を出る決断と、厳しい環境でも留まる決断。
私が日本で同じことを迫られたらどうするだろう。
生まれ育った場所を離れるとは、どんな気持ちだろう。
祖国から人々が出ていくのを見ているのは、どんな気持ちだろう。
答えの出ない問いをぼんやりと考えながら、ハバナの街を後にした。
ー
本記事ライターは、世界中のローカルなヒトと体験に浸る世界一周旅中。
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