「オオタキ様、こんにちは。」
少し緊張しながらメッセージを送る。ホストの方の名前が見当たらず、Kominka Minsyuku Ohtakiという名前から「オオタキさん」かなと推測し、自分が誰か。なぜそこに泊まりたいか。ぜひ泊まらせてほしい!という旨を一言一句、確認しながら言葉を紡ぐ。ぴこんと通知が鳴り、夜に滞在の了承を告げる返事が来た。
チェックイン時間は14:00と記載があったけれど、せっかくだから少し早めに着いて町を散策したいなと思い、「お昼ご飯にオススメの場所はありませんか?」とオオタキさんに尋ねると、駅前の商店街にあるお寿司屋さんを教えてくれた。
当日。いそいそとリュックサックに荷物を詰め、電車に揺られて長野県の辰野駅を目指す。窓から見える景色は八王子を超えたあたりから一気に自然が増えて、甲府のあたりから稲田が見えるようになる。黄色を通り越して金色に輝く稲穂。中にはすでに刈られて干されているものもある。笠をかぶり畑仕事をする人の姿に並び、唐突に農地のど真ん中に太陽光パネルが現れる。環境問題を考えると、一刻も早く自然エネルギーへの切り替えは行われるべきだとは思うけれど、この景色は何か違う気がすると違和感を感じながら気付いたら眠りに落ちていた。
車掌さんがぴーっと聞いたことのない笛の音を鳴らし、電車は川岸駅を出る。つぎはー終点、辰野—辰野—。ゆらゆら揺れるススキの間を縫って、辰野駅に到着した。よっこらしょと大きな鞄を持ち上げて、電車を降りる。いつも、新しい場所の土地を初めて踏む時は、少し緊張する。緊張とワクワクが入り混じった不思議な感覚。
改札のない出口を抜けて、町に出る。右に行くか。左に行くか。そういえばお寿司屋さんが駅を出て右にあるとオオタキさんが言っていたなと思い右に進む。シャッターの降りている店も多いけれど、昔ながらの定食屋さんや東京よりもヒップな感じの日用品やさんやコーヒーショップもある。
まっすぐ進んでいくとお寿司やさんの看板が見えた。あれか。けどこっちの道に行ってみたいな。気づくと柿の木が見える、左の小道の方に足が向いていた。
洗濯が干され、玉ねぎが干され、赤とんぼが飛んでいる。水の音がするなと思いながら歩みを進めると川にたどり着いた。重い荷物をどかっと下ろして、川べりに腰を下ろす。うーんと背伸びをして、青空とその向こうに広がる山、きらきらと光る川面を眺める。んー幸せだ。そのあともゆっくりと散策をしていたら気づくともうこんな時間!せっかく教えてもらったお寿司やさんを横目に駅前に早歩きで向かう。
駅に着くと、麦わらのテンガロンハットを被ったオオタキさんが待っていた。
「こんにちは〜!お迎えありがとうございます」
「こんにちは。じゃあいきましょうか」
車に乗り込むと、
「少し時間が早いので、眺めのいい『大城山』にお連れしたいんですが、いかがですか?」
「ぜひ、おねがいします!」
素敵な提案と共に、車は山道に入っていく。
「この山はね。まつたけが取れるんですよ。だからこの季節は山道以外は関係者以外立ち入り禁止。山の権利を買った人だけが、山に入ってまつたけをとりに行くことができるんです。よく取れる山ほど金額が高いです。そのお金は地域で何か直さなきゃとか、自治のためのお金に使われたりもするんですよ。」
両側に広がる木々の間からは太陽の光が漏れ、木漏れ日がゆらゆらと光っている。がたがたとした最後の道を抜け車は止まった。
扉を開けて、こっそりマスクをずらすと、身体中に森の匂いが入ってきた。何の木の匂いなのだろう。久しぶりにこんなに清々しい空気をすった気がする。こっちですと言われるまま、オオタキさんの後についてちょっとした坂を登る。
「・・・うわあ・・・。」
言葉をなくして立ち尽くしてしまった。目の前には壮大な山脈が広がっていた。
「すごいでしょう。」
坂の途中で止まってしまった足をゆっくりと動かして山頂まで登ると、そこには辰野の町と周辺の山脈が広がっている。
「あっちが北岳のある南アルプスで、あっちが木曽駒ヶ岳などがある中央アルプス。あそこが中央高速で都心からぴゅーんと来られます。このへんはもう稲刈りが結構終わっちゃってね。ああ甲府のほうはまだ稲があったでしょう。あそこが温泉宿で、うちには五右衛門風呂があるんですけど、どっちがいいですか?」
「ああ、太陽光パネルも増えてますよね。補助金が出るみたいで、もう高齢者で畑もやれないなあとなると、放っておくよりパネル置いておいたほうがお金も入ってくるしいいよねって、結構業者が回ってますよ。けど、もしその会社が倒産でもしてなくなったら、自分で処理の仕方も考えないとだし。景観も良くないしね。隣にあるとその熱で周辺の建物が熱くなったり。反対の声も上がっていますね。」
辰野の町と山脈を眺めながら、色々な話をした。オオタキさんは実は辰野出身ではない。5年前に辰野に引っ越してきて宿をやるまでは、東京の八王子市に住み、ブティックを夫婦でやっていたという。ブティックを始めて40年経った頃。どこか田舎で古民家民宿をやりたいねと夫婦ではなし、趣味でやっていた山登りをしながら、愛知から長野まで様々な土地を訪れ、引っ越し先を探していると、気づけば1年半程が経っていた。そんな中、偶然インターネットで今の古民家を見つけ、いそいそと見に行ったところ「これだ!」と一目ぼれし、辰野町のことも詳しく知らないまま、お試しで住むということもせずに、移住を決めたのだという。
「人の多い密集した地区だったら住んでなかったと思います。町から車で少し離れたところにあるんですけど、ぽつんと家があるんですよね。それで気に入ってしまいました。」
しかし移住を決めた家は、43年もの間人が住んでいない家で、家の中も家の前の畑も荒れ放題だった。それを地元の大工さんなどの力も借りながら、オオタキさんが半年かけて掃除や修理をして、一つ一つ住めるように直していった。
「今からその家にいけるのですね。」
「はい。ではいきましょうか。」
離れがたいほど美しい景色に後ろ髪を引かれながら、車に乗り、いざ宿へ。
「うちあの正面の山があるでしょう。あの山の谷のよこっちょのほうです。」
民家の密集した地区を抜けて、少しずつ建物の数が減り、山の谷に入ったところで車は止まった。奥に大きな古民家が見える。古民家の手前には広い田畑。ちょうど郵便屋さんが手紙を届けに来ていたところだった。
「こんにちは〜!」
オオタキさんのパートナーの恵子さんが出迎えてくれた。
「遅かったねえ」
「大城山で話し込んじゃってね」
「そうかと思った」
玄関のポストに「大瀧」の文字。オオタキさんは大瀧さんだったのか。お邪魔しますと玄関をくぐる。土間には長靴に登山靴や蜂の巣、天体望遠鏡が並ぶ。土間の上にはブティックをしていた頃の洋服がいくつか。居間に移動し本棚を覗くと、浮世絵や山、手塚治虫の漫画。そこに並ぶものからは、お二人の暮らしや趣味が想像できる。
「二階も見ますか?」
先が暗くて見えない急な階段を登ると、ぼやーっと外の景色が四角に切り取られて見えてきた。二階の壁は一部が引き戸になって開閉が可能になっており、四角に切り取られた田舎の景色が硝子すら通さずに直に目に届く。
「昔はここは蚕小屋だったみたいです。蚕を降ろすために扉が大きく開くようになっているみたいですね。いい眺めでしょう。」
「引っ越してきて一ヶ月くらいたった11月末に、明日は雪が降るからタイヤを変えたほうがいいよ。と近所の人に言われてね、じゃあガソリンスタンドにでもいってきます。っていったら、何言ってんの。そんなのは自分で変えるんだよと。笑 ここに越してきて自分で何でもやるようになりましたね。」
「うちは薪ストーブなんですけど、薪ストーブ入れるってなった時も、じゃあ薪を取りに行こうと、良くしてくれる近所の人が以前に切っておいた木のところに連れていってくれて。薪って使えるようになるまでに1年は少なくとも乾燥させないといけないんですよ。そういうことも教えてくれてね。」
そんな話を聞いていると、家の前の畑にいた恵子さんが斜め上を度々眺めていることに気がついた。
「おーい。何があるんだー。」
「ああ。あのね。雲がね上にひょろ〜っとあがってて、月も見えてたから」
それは見たいと下に降りて、サンダルをつっかけて外にでると、本当だ。山の上に狼煙のように雲がひょろ〜っとあがっている。三日月も綺麗だ。空を見つめる恵子さんの手には、おくらとラディッシュ。
「そこの畑で採れたものです。お庭見ますか?」
「おくらの花はあれ、なんだっけ、沖縄の花、あ、ハイビスカスみたいなんですよ。この花の部分におくらができるの」
「ハウスも見ますか?なってるトマト、赤いの食べていいですよ。とりたてが美味しいんです。黄色もどうぞ。甘くて美味しいでしょう?この間まではここできゅうりもたくさん採れて、ほらゴーヤも。とれるのがあるかな。ここのはこのくらいの大きさにしかならないから、今夜のてんぷらにしましょうね。」
「ここにあるのはワラビ。あそこはウド。これが梅の木で、桜の木、紅葉。もう少しすると紅葉が綺麗なんですよ。あ、夕焼けだね。そろそろ私は夕飯の支度をしてきます。」
畑を見ている間に、山に太陽が落ちて、あたりはすっかり暗くなってきた。
家の中に戻り、少し仕事をする。
「お風呂はあつめ?ぬるめ?」
あつすぎずあつめでお願いしますといってパソコンに戻る。実家に戻ったみたいで、そのやりとりがなんだか嬉しい。 お風呂どうぞ。と言われて、パソコンを閉じて湯船に浸かる。正方形の五右衛門風呂に浮かぶ木の板の真ん中にそーっと足を乗せて、ゆっくりと身体を沈める。はあ。と思わず大きな息が漏れる。お湯からもうもうと上がる湯気をぼーっと眺めていたら「うーさーぎーおーいし、かーのやまー」と18時を告げる音が鳴る。こんな早い時間から人が淹れてくれたお風呂に浸かれるなんて、なんたる幸せであろうか。
Airbnbは基本的には宿泊先のレンタルができるプラットフォームなので、ご飯は備え付きのキッチンで料理をしたり、近所に食べに行くなど各自で用意することが多く、お風呂も自分でというところが多い。今回泊まっている古民家民宿おおたきさんは、本来の姿は民宿で、そこをAirbnbにも掲載しているという形式のため、今日はお風呂やご飯まで用意していただいた。しかしここでの滞在にはホテルや民宿に泊まっているのとはどこか違う、おじいちゃんおばあちゃんのお家に遊びにきたような、そんな温かな感覚がある。Airbnbというプラットフォームが私たちの距離を近くしてくれているような、そんな感じがするのだ。
風呂からでるとご飯の準備がされていた。満州帰りのお母さんと恵子さんが子供の頃から作っていたというぷるぷるの水餃子。さきほど収穫したゴーヤやパプリカの天ぷらなど、温かいご馳走がお皿にいっぱい。昼休みを食べ損ねた私は、いただきまーす!と勢い良く手を合わせ一つ一つ食べ進めた。食べながら、恵子さんが色々な話を聞かせてくれた。
「Airbnb経由で中国の大学生の女の子が来てくれてね。『日本でこんなに美味しい水餃子が食べれると思わなかった』って嬉しそうにしてくれてました。」
「来てくれる人と話している時が一番楽しいですね。ブティックをやっていたときからそうです。」
「民宿を始めるってなって、住んでいた八王子の家のそばで民宿のランチに出せそうかな〜とバングラディッシュの方からカレー作りを習って、パン屋さんがなかったらどうしようと思ってパン作りを習って、こっちに来てからは家の前の畑で初めて野菜を育てながら、ご飯を作ってお出しして。新しいことは楽しいですよね。」
キラキラした目で恵子さんはそうおっしゃった。
「近所の親友の84歳のおばあちゃんがいてね。まつこちゃん、まっちゃんって言うんだけど、いつもにこにこ笑顔で。まっちゃんがいるだけで周りがぱーっと明るくなるの。畑をいじってたら、これはこうしたほうがいいよ、とかって教えてくれて、自然と仲良くなっていった。」
「ある時、畑に白い花が咲いていて、ねーまっちゃん白い花が咲いたんだけど、なんだろう?と聞いたら、あれ、言わなかったっけ?私が植えたんだよだって!笑 もう笑っちゃうでしょう。」
「『百姓は何年やっても1年目。一度だって同じはないからね。』このまっちゃんの言葉が私はとっても好き。去年はできたけど、今年は霜が降りてだめになったとか、そういうことが畑はとっても多いんです。まっちゃんは84歳なのに、朝から晩まで畑にいますよ。」
「今日の味噌汁に入っているなめこは、今日まっちゃんがとって持ってきてくれたんです。美味しいでしょう。」
会ったことのないまっちゃんのきらきらとした笑顔が、頭の中いっぱいに浮かぶ。そんな話を聞きながらゆっくりと夕食を味わって、いっぱいになったお腹を休ませにごろんと横になった。ふと寒くなって、寒かったら羽織っていいですよと言われた、半纏を羽織る。背中のあたりがぽわーっとじんわり温まる。ボーンボーンボーンボーンと玄関にあった古時計が鳴った。携帯で時間を見ると、時刻は20:56。恐らく時計が4分ずれている。それもまたいいなと思いながらごろごろする。そろそろ寝るかと、畳に敷かれた布団に潜り込み、気づいたら眠っていた。
–
コーケコッコー。ぬくぬくと布団の中でにわとりの声が聞こえる。
(朝か。こんなにはっきりにわとりの鳴き声を聞いたのはいつぶりだろう。眠)
ポーンポンポンポー。
(んーなんの歌だ。おはようの放送?いま何時だろう。眠)
そろそろ起きるかあ。布団からなんとかはいだして、廊下にでるとキッチンに明かりがついている。洗面所まで行き、顔を洗う。冷たい。水が綺麗な場所特有の澄んだ冷たい水。眼鏡をかけて外に出てみる。雨がぽつぽつと降ってきた。部屋に入って床に座り、ノートを広げる。
「おはようございます。寒くなかったですか?底冷えするから、お座布団ひいてね」
「コーヒーと紅茶どっちにします?」
一つ一つの会話に温度があって、楽しい。
朝ごはんは畑で採れた色とりどりの野菜のサラダや、恵子さんの手作りパンなどたっぷり。朝のキッチンの明かりは恵子さんだったのだと気付き、ありがたい気持ちになる。丁寧に見えるところで作られたご飯は美味しい。朝から気持ちも明るくなる。そしてあっという間にチェックアウトの時間に。
仕事を少ししてから帰りたいのだけれど、どこか作業ができるところがないかと尋ねると、ちょっと待っててねと、大瀧さん、もとい、利久さんが探してくれる。少し経って駅前にありました。と戻って来た、利久さんと共に、「お邪魔しました」と恵子さんとお家に別れを告げて、家を後にする。
駅まで送っていただく車の中で、ひとつ質問をしてみた。
「利久さんが、変わらずに残したいと思うものってなんですか?」
「うーん。この辺は伝統工芸とかがないからあれだけど、自然かな。山とか川とか自然は残していきたいですね。」
「昔から住む人たちはね、除草剤を撒いたりするんです。日々続いていくことですから、便利なものは使いたいと思いますよね。けどね、私は何か嫌で、もうそろそろ季節だから、あそこで除草剤を撒くらしいよという話を聞くと、そこに行って僕が草むしりをするから撒かないでといったりしてます。」
除草剤の使用には一般的にも賛否があるようだが、昔からそこに住んでいては疑問にすら思わないだろうことに対して、移住をしてきた、利久さんだからこそ気づくことがあって。それをきっかけに、昔からの住民も、当たり前としてきた事について改めて考える機会が生まれるのだろうなと思いを巡らす。地域が中だけで固まらず、外から新しい風を受け入れていくことの価値を感じる。
今回の旅を通して、お二人からそれぞれ色々な話を聞く中で、辰野という町の魅力をお二人の話から垣間見た。
辰野町には、助け合い、教え合い、支え合う関係が地域の中に濃くある。しかしそれは、「他」を寄せ付けない、排他的なコミュニティではなく、「他」を受け入れ、変化していくことを楽しむことのできる、風通しの良いコミュニティなのだと感じた。この町が、そういった場所で在れるのは、なぜなのか。気づくとまだうっすらとしか見えない辰野の地域のことを考えている自分がいた。
電車に揺られ自宅に着き、素敵な一泊の御礼と無事東京に着いた旨をメッセージで送る。
「こちらこそ楽しく過ごさせて頂きました。有難うございました。無事にご帰宅で来たとの事で安心しました。何時かご家族と御一緒に笑顔を見せに来てくださいね。」
と丁寧な返事が届く。
「素敵な写真が撮れていたので、送ります。」
「有り難うございます。でもね、いつも背中が丸いと怒られてます。」
大瀧さん、また遊びにいきますね。
【参照ページ】Airbnb Kominka Minsyuku Ohtaki
【参照ページ】Airbnb
【参照ページ】辰野町
※本記事は、Airbnbでの宿泊の魅力を伝えたいというLivhub編集部からの要望に基づき、Airbnbより宿泊費のサポートを頂いたうえでLivhub編集部が執筆しております。
飯塚彩子
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