(後編)夢は死ぬまでに世界のすべての風景を見ること。日建設計 梅中美緒さんの旅するライフスタイル

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前編では梅中美緒さんの、会社員でありながら海外を旅しながら働く実証実験についてと、そこから得られるものについて語っていただいた。一方後編では、結婚やコロナ禍という転機を迎えた後、梅中さんの旅とライフスタイルがどう変化していったのかについて掘り下げていく。

話者プロフィール:梅中美緒さん

mio-umenaka-profile日建設計 新領域開拓部門 NAD (Nikken Activity Design lab) アソシエイトアーキテクト/エスノグラファー。2008年日建設計入社。設計部門に8年間在籍し、音楽大学キャンパスや企業の研修施設などを担当。三井不動産ワークスタイリングの空間ディレクションをはじめ、The Breakthrough Company GOオフィスなど、数多くのワークスタイルデザインを手がける。世界100ヶ国以上を旅するバックパッカーであり、組織に所属するサラリーマンでありながら、ワークトラベラーとして「旅をしながら働く」実証実験を18年から開始。イラストレーターや旅ライターとしても活動。20年より夫婦アドレスホッパーとして、日本中で多拠点生活と「投げ銭ハネムーン」を行っている。

内祝いと共に旅の追体験を贈るハネムーン

「投げ銭ハネムーン」webサイト

「投げ銭ハネムーン」webサイト

──次に先ほど話題に出た「投げ銭ハネムーン」の話をお聞きしたいです。周りでコロナ禍以降に結婚した人って何組かいるんですけど、皆挙式は見合わせていて。オンラインでやった人もいましたが、やっぱり不自由そうで。コロナ禍以降にあんな企画をやった人は僕の知る中には他にいなかった。

もちろん梅中さんには旅をする理由になるメリットもあるけど、内祝いを贈られた側はそれによって旅を追体験することができる。つまり「旅が旅を呼ぶ」的な企画だと思ったんです。「Livhub」というメディアも、読者に記事を読んでもらうだけではなく、読んだ人の体験を促すようなメディアになることを目指しているので、ぜひ投げ銭ハネムーンという企画に至る経緯を聞きたいです。

そもそも、自分のことを「お祝いされるような人間じゃない」と思っていて、結婚式をやるイメージが2人とも持てなかった。結婚式もしなければ苗字も変わっていないので何かを会社に報告する必要もなく、コロナ禍で上司や同僚に会うことも減ってしまったので、個人的な報告をするきっかけがなかったのです。でも、もし夫がコロナに感染して濃厚接触者になってしまった時に、突然「実は結婚していて…」と言うと感染対策や仕事上の対応など初動が遅れるので、もしもの場合に仕事で迷惑をかけそうな上司・同僚の3人にだけ「実は結婚したんです」って伝えました。みんなすごく驚いていて。

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そうしたらその次の日には他の人に伝わって、お祝いしたいムードになってしまった。「お祝いされるような人間ではない」という認識を揺るがされ、『お祝いしたい気持ち』というものに真摯に向き合わなければならないなって思ったのはこれが一つのきっかけです。あとは旅の目的地が欲しかったのが、もう一つ。102ヶ国を旅してきて47都道府県も離島もかなりの数を訪れて、コロナ以降に旅先が国内に限定されたこともあり、2021年の早々には目的地不足になると感じました。誰かのためにどこかへ行くという目的を人生に追加すると解決するのではないかと思ったんです。それから、最後の一つの理由としては、“追体験”というもののレベルを一段階あげたいなと日ごろから考えていた。海外を旅してきた時に、Facebookの投稿を見てくれた人から「うちの妻がファンです」「お母さんがよく見てます」みたいな方が結構いて、私の旅の投稿を見て追体験をしているのだと思っていて、もう一段上の追体験がつくれないかなとどっかでぼんやり思ってたんですよね。その三つが複合して、ある時ふとこの『投げ銭ハネムーン』を思いついたんです。

企画・構成は自分で書いて、知人にwebサイトをつくってもらいました。当初は100万円くらい集まったらいいねって話していたんですけど、300万円集まりました。

──すごい。

初日で100万円いったので、まさかでしたね。もっといろんな返礼品を考えていたのですが今は4種類にしていて。ミステリーふるさと納税として、全国各地の旅先で見つけた素敵なものをその人のためにセレクトして送るプランは約150人が申し込んでくれたし、葉書を送るみたいなライトなプランもある。あと5万円でロケハン行ってきますみたいな高額プランにも、8人も申し込んでもらいました。

結婚式って、「誰を呼ぶ・呼ばない問題」があるじゃないですか。SNSが発達した今の時代では特にそうですけど、組織上で近くにいるけどほとんど関わりがない人もいるし、一度しか会ったことなかったり、なんなら一度も会ったこともないけど、関わりが深い人もいるわけですよね。投げ銭してくれた人は、今後も関わりたいという意思表示をしてくれたんだと感じました。高校で一回くらいしか喋ってなかった同級生から投げ銭が来て、それをきっかけに新しいつながりが生まれたりもした。今後その人にどう関わっていきたいかをオンライン上で送るご祝儀で意思表示する、っていうのはすごい面白いなって。この仕組みをリリースして予想外の反響があるとともに、自分にとっての気づきが溢れていて、悪魔の仕組みを生み出したなと思ってましたね笑。

──同窓会では普通そういう展開にならないですもんね笑。

あとお祝いって難しくないですか。「甘いもの好きかな」とか「お子さん何歳だったかな」とか。相手によって欲しいもの違うし、私はアドレスホッパーなのもありミニマリスト属性強めなので、モノに執着しないから、モノをもらっても困ってしまうことも多い。とか考えていたらアイディアが生まれたんですよね。

──クラウドファンディングに似ているけど、移動が伴いつつ、追体験も入ってる。コロナ禍という状況でも「誰かをお祝いする」っていうことができる。いろんな課題を解決している仕組みだと思いました。

嬉しいです。もし同じことをやりたい人がいたら、WEBサイトをつくった知人を紹介します。もう何件か問い合わせが来ているらしいですよ。

──これからは「投げ銭ウェディング」フォロワーが増えていくかもしれないですね。

お祝いする側とされる側との、緩くて濃い関係

──普通の結婚式に比べると、内祝いの内容もユニークですよね。そのあたりはどのような思いがあるんでしょうか?

一般的な結婚式では、ご祝儀を払って参列をしますが、会場代や食事・お花・スタッフ代などを差し引くと、内祝いに使えるお金はとても少なくなってしまう。この投げ銭ハネムーンの場合は、1万5000円の『ミステリーふるさと納税』プランに投げ銭すると、おおよそ投げ銭の半額~3分の2程度の予算で、私が日本各地から選んだ魚介や農産物が内祝いとして届く。企画した当初は、「人々を動かすのはお得感だ」って思っていたんで、お祝いしたのにも関わらずほぼ返ってきてる感じを出したいなと思っていて。そこでやりとりしたことが次に繋がって何か生まれたらいいなと思っていたので。

でも「コロナ禍で離れていてもお祝いが出来たことが嬉しい」とか「普通だったら結婚式には呼ばれないだろう私にもお祝いさせてもらえてありがとう」とか言われて。お得感なんかではなく、そもそも“お祝いする”という行為が人々を惹きつけたみたいなのです。返礼品に対して、「こんなにたくさんありがとう」って反応ももちろんあるけど、「選んでくれたことそのものが嬉しい」と言ってくれる。

──その一人一人との繋がりも、濃いものになりそうですよね。

その人の好きなものを当てると楽しいですしね。「ああこの人、牡蠣やっぱり好きでしょうね」とか、「この器の質感が好きそうだな」みたいな。お返しに手描きの手紙をくれたり、お祝い返しのお返しが突然届いたりして、距離も時間も超えて関係性を新たに築いていける感覚があります。

──相手のことを想像して送っているんですか?それとも事前に聞く?

子どもがまだ小さかったなとか、料理が好きだったなとか知っていれば想像を膨らませて選ぶし、お酒が飲めるかさえ知らない人は事前にヒアリングしたりする。海の幸だけはできるだけ事前にこれ食べられますか?と聞いています。アレルギーもあるし、突然送られると、受け取れないこともあるので。生ものは受け取り日時を聞いて。

──応募は全部で何人ですか?

現時点で240人ぐらいですね。そのうちの22組は8000円でツアープランを組む「あなただけのツアープラン」というお返しです。

内祝いの返礼品事例

内祝いの返礼品事例

──結構大変そう。

要望を聞いて、何泊何日でだいたい何時間ぐらいで行けるところで、行きたい季節とか、絶景が見たいか美味しいもの食べたいかとか、ただただ「無になりたい」とかそういう希望を聞いて、離島パターンと山パターンとあるけどどれがいい?って聞いて、昼はここがおすすめとかこの宿は好きそうとかをメールで送っています。

──ツアープランのところだけ切り取っても、違うプロジェクトができそうです。

そうですよね。私のツアープランはいくらくらいで売れるものか分からなくて笑。

──もっと高く売れると思います。

22組も応募が来ると思ってなくて。とても意外でした。一番高額の「ロケハン行ってきて」プランだと、いつか中国に来てね、とか、縄文を探してきてくださいとか、恐竜を見つけてくださいというリクエストもある。

──ミステリーハンターですね笑。

娘を秘境に連れてってとか、15年後に孫たちをアフリカに連れてってくださいとか、タイムカプセルみたいなものを埋め込む人が多いんですよ。5万円かけて。

──未来への楽しみがあるのがいいですね。最近はクラウドファンディングが一般化してきた分、いろんな人がやるようになって、少し問題も出てきた。主催側が疲弊したりとか。投げ銭ウェディングの場合はやる側も、参加する側も楽しんでコミュニケーションをしている感じがいい。

クラウドファンディングを使えばいいじゃんって話もあったのですが、そもそもインターフェースが無機質なものになっているので、それとの差別化は意識していました。そもそもご祝儀は達成するものじゃないので「〇〇円達成!とかあと何%!」とかに違和感があった。

──似ているようでそこが決定的に違いますね。

緩さはそこから生まれてるかもしれないですね。

──達成率や現在の金額の表示がないからこそ、心地の良さが生まれるのかもしれないですね。参加する側と、される側の緩い関係に基づいた仕組みがそこにある。

あとやっぱりみんなお祝いしたいんですね。投げ銭ハネムーンのアイディアが思い浮かんだときに、友達の結婚式が2日連続であって。そこで久々に会った人に、こういうアイディアあるんだけど、どう思うって相談してみたんです。「若い人はそもそもアプリに課金することが日常だから違和感なく参加できる」とか「投げ銭という言葉にネガティブなイメージは持たない」とか色々聞いて、取り入れながらこういう形になった。

──「追体験」ってさっきおっしゃってましたけど、皆それだけ梅中さんにのせたい何かがあるんでしょうね。

なんでしょうね。一夜にして100万円集まるって。

──勝手な想像ですけど、常にずっと今まで追体験してきた何年かがあって「ありがとう」みたいなのもあるんじゃないですか。「旅させてくれてありがとう」みたいな。今までもこれからも旅させてねっていうのがある方とか。自分はできないとか、できたとしても、そんなに頻繁にできない人もいると思うんですよね。色んな理由で。

たしかに「こんな時代にお祝いさせてくれてありがとう」って言われましたね。

梅中さんご夫妻のある1日を描いたイラスト

梅中さんご夫妻のある1日を描いたイラスト

──そのお礼の言葉に、今の社会の空気感や人の思いが表れている気がしました。それらをのせながら続いていくお二人の旅を、今後も楽しみにしています。今日は楽しいお話を有難うございました。

<後記>
コロナ禍以降の自粛の中、出口の見えない閉塞感が続く日本。そんな中でも周囲の人の気持ちをのせながら、気負いなく飄々と歩みを進める梅中さんの旅の目的地は、今後どこに移っていくのか。そんなことを考えながら、私たちの旅に対する想いは更に募る。

【参照サイト】投げ銭ハネムーンwebサイト
【参照サイト】梅中美緒さんのnote

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いしづか かずと

Livhubの編集・ライティング・企画を担当。訪れた場所の風景と自分自身の両方を豊かにする旅を探している。神奈川と長野をいったりきたりしながら、二拠点生活中。今気になっているのは環境再生やリジェネラティブツーリズム。環境再生医初級。