テレビのニュースや新聞などで頻繁に「民泊」という言葉が取り上げられるようになりました。純粋に旅行者として「民泊」に興味を持っている方や、不動産の物件オーナーや賃貸業者として「民泊」の運用に興味を持っている方もいるのではないかと思います。ここでは、民泊に関する基本的な知識と、民泊をめぐる現状の課題や論点についてご紹介していきます。
民泊とは?
「民泊」という言葉はかねて農村や漁村にある家に宿泊する形態を指して使われてきました。一般に民泊に関する明確な定義が存在しているわけではありませんが、現状、「民泊」という言葉に一応の定義を与えるとすれば、旅館業法の規制下にあるホテルや旅館といった宿泊施設ではなく、個人や法人が保有する民家やマンションの部屋などに有償で宿泊することといえるでしょう。「ホームシェア」と呼ばれることもあります。
また、民泊の普及に伴い、こうした空き部屋などを有効に活用したい個人と、その部屋に泊まりたい宿泊客とを結びつけるオンライン仲介サービスを提供する企業が出現しました。2016年にはメディアで多く報じられたこともあり、ご存知の方も多いのではないでしょうか。たとえば、アメリカ初の民泊仲介サイトで世界最大手のAirbnb(エアー・ビー・アンド・ビー)がそれです。これらの企業が提供するサービスは総じて「民泊サービス」と呼ばれています。Airbnbには、2017年2月現在、日本で48,000件以上の物件が登録されています。こうした民泊サービスは「バケーションレンタルサービス」と呼ばれることもあります。
民泊をめぐる課題と論点
「個人が空き部屋を活用してお互いに貸したり借りたりすることの何が問題なの?」と思われる方もいるかもしれません。しかし、実はこの民泊の仕組みそのものに、現行の法制度が対応しきれていないのです。現状、Airbnbなどのように、空き部屋を旅行者に対して仲介する行為そのものは旅館業法の規制対象となっていませんが、それらのサイトを通じて個人や法人が有償で反復継続して部屋を貸し出す場合、その貸主は旅館業法の適用対象となります。
旅館業法においては、衛生水準の確保や宿泊者の安全確保などを目的として様々な規制が設けられています。こうした規制を無視して部屋を有償で貸し出すことは、現行の制度では「国家戦略特区」など一部の例外を除いて原則として違法となっています。
しかし、「違法なら違法として取り締まればそれで終わりではないか」というと、そうではないのが民泊の議論が盛り上がっている所以です。政府はこの民泊サービスの利用が急速に広がっている実態に合わせて、旅館業法をはじめとする規制の緩和に向けた議論を進め、2017年2月現在、いわゆる民泊新法として話題となり「住宅宿泊事業法」として報じられている法案が固まったといわれています。そして、この法律は2017年5月の施行が予定されていますが、なぜ政府は規制緩和に向けて動いたのでしょうか。まずはそこから見ていきましょう。
民泊を推進する理由
民泊を推進する理由としてよく挙がってくることが多いのが、下記のような視点です。
- 訪日外国人観光客増加への対応
- 期待される大きな経済効果
- 空き部屋・空き家の活用など地方創生へのきっかけ
- シェアリング・エコノミーの推進
それぞれのポイントについて簡単に解説していきます。
訪日外国人観光客増加への対応
2020年東京オリンピック・パラリンピックに向けて、政府は現在インバウンド需要の取り込みを経済成長戦略の一つに掲げています。2011年の東日本大震災以降、金融緩和による円安の影響やLCCの就航、ビザ発給緩和など様々な要因を基に、訪日外国人観光客数は毎年右肩上がりに伸びています。2014年には1,300万人を突破、2015年には1,937万7,000人を超え、2016年には政府が目標として掲げていた年間2,000万人を突破し2,403万9,000人と発表されました。民間の予測ではありますが、2017年には2,800万人にも達するともいわれています。
しかし、日本にあるホテルや旅館のキャパシティには限界があり、急スピードで増え続ける観光客の数に対応しきれていないのが現状です。その結果として、既に人気エリアの宿泊施設では常に満室状態が続いており、宿泊価格が高騰するケースも出てきています。そこで、海外からの観光客を中心に人気を集めているのがAirbnbなどの民泊サービスなのです。
期待される大きな経済効果
なぜ政府が訪日外国人観光客数を増やしたいかというと、一言で言えば「観光客は現地でお金を使ってくれるから」です。旅費だけではなく、現地での移動費用やレストラン、娯楽施設、百貨店などでの消費、お土産代なども含めれば、その経済効果は莫大なものになります。そのため、政府としてはこのせっかくのチャンスを逃したくないわけですが、そこで期待がかかっているのが民泊サービスを活用した宿泊キャパシティの増加です。
空き部屋・空き家の活用など地方創生へのきっかけ
また、東京や大阪をはじめとする都市部では宿泊施設の稼働率が年々高まってきているのに対して、地方では人口減少に伴う「空き家」問題も深刻化しています。こうした空き家を活用して観光客を呼び込むことができれば、一石二鳥の経済政策として地方創生に向けた大きなきっかけを作ることができます。そのため、民泊を地方創生と上手に結びつける戦略も求められており、さまざまな取り組みが行われ始めています。たとえば、イベント民泊や、Airbnbの他、国内各社による地域活性化の取り組みなどが挙げられます。
シェアリング・エコノミーの推進
さらに、民泊は経済的な観点だけではなく環境・社会への配慮という観点からもその意義を語られることがあります。既に日本には数多くの空き家があるにも関わらず、それらの資産を活用せずに新たにホテルや旅館などの宿泊施設を建設することは、大きな資源の無駄遣いとなります。必要以上のモノやサービスを創り出すのではなく、今あるものをお互いに共有(シェア)することで、環境や社会に対して負荷の少ない経済モデルを作り上げていこうという「シェアリング・エコノミー」の考え方は世界中で一般的となりつつあり、その代表的な先進モデルとして注目されているのが、Airbnbなのです。
このように、民泊にはメリットが数多く存在していることから、政府も民泊を規制緩和する方向で議論を進めているのです。しかし、一方で、民泊にも克服しなければいけないいくつかの課題があります。次は民泊をめぐる課題について見ていきます。
民泊をめぐる課題
民泊をめぐる課題としてよく挙がってくることが多いのが、下記のような視点です。
- 衛生管理・テロ対策などの安全面
- 近隣住民とのトラブル
- 各種法規制との関連(旅館業法・旅行業法・建築基準法など)
- 旅館・ホテルとの競争における公平性の確保
- 課税の適正化
それぞれのポイントについて簡単に解説していきます。
衛生管理・テロ対策などの安全面
民泊をめぐる懸念としてまず挙がってくるのは、やはり「安全面」の問題です。衛生管理面はもちろんですが、宿泊者の状況が追跡可能な形で適切に管理されていないと、民泊がテロの温床などになる可能性もあります。このような旅館業法の規制下にあるホテルや旅館が当然のように求められている基準をどこまで民泊に適用するのかという、柔軟性とリスクのバランスを考えた検討が求められてきました。
近隣住民とのトラブル
また、民泊サービスによりマンションなどの集合住宅の一室が宿泊施設として貸し出される場合、マンションの住民とのトラブルなども想定する必要があります。不特定多数の宿泊客がマンションに出入りするとなれば民泊を不安視する声が挙がるのは当然ですし、万が一事故や事件などが起これば民泊に対する目線は非常に厳しくなるでしょう。また、マンションの廊下などの共用部分の利用について問題視されることもあります。
各種法規制との関連(旅館業法・旅行業法・建築基準法など)
現状、民泊に関わりが深い法規制としては旅館業法、旅行業法、建築基準法などが挙げられます。特に旅館業法は部屋の貸主が密接に関わる法律となります。現行の制度では、「国家戦略特区」における特例措置、農林漁業宿泊体験民宿業、イベント民泊という3つの例外を除き、民泊は日本の法制度では認められていません。(※参考記事:「民泊ってどんな法律と関わるの?」)
そして、実態に合わせた法規制が検討された結果、「住宅宿泊事業法」の法案が固まり、2017年2月現在、2017年中の施行が予定されています。海外都市の事例なども参考にしながら、何をどこまで制限し何をどこまで許可するのかという点において、一応、規制が明確化されそうです。
旅館・ホテルとの競争における公平性の確保
民泊の規制緩和については旅館・ホテルなど既存の規制下の中で事業を展開している事業者らから猛反発の声が挙がり、継続しています。旅館やホテル業を営む事業者らが反発する背景には、もちろん民泊規制緩和がもたらす経営への悪影響があるわけですが、それ以上に重要なのは、競争をめぐる「公平性」の問題です。
先述の通り、旅館業法では旅館やホテルに対して安全衛生上の観点から施設の設備や運営に対して細かい基準を設けています。これらの基準をクリアし、維持するためには当然ながら相応のコストがかかります。また、税負担の問題などもあります。こうした要素を考慮せずに民泊を解禁してしまうと、法規制のもとで真面目にやってきた人々が損をするという構図が生まれてしまうことに対する懸念が発生します。規制緩和にあたっては、既存の業界といかに公平な競争環境を用意するか、という点を考慮する必要があります。しかし、公平性を重視するがあまりに利用者の利便性や規制緩和の効果が下がってしまっては意味がないということから、この議論については、「民泊の年間営業日数を180日に制限する」という形で一応の決着を見せる形となりそうです。
課税の適正化
貸主が民泊サービスを通じて得た利益に対する課税をどのように適正化するかといった点も論点の一つです。すでにAirbnbなどのサービスを通じて月に数十万円を超える収益を上げているホストも出てきており、課税に対して早急な仕組み作りが求められています。フランスのパリやアムステルダムでは、旅行者の滞在税を仲介事業者が納付代行するなど、仲介事業者向けの規制も出てきています。貸主だけではなく仲介事業者に対するルールも今後整備していくことが求められています。
まとめ
民泊については、規制を緩和することにより得られるメリット、またそれにより発生するリスクや問題などを総合的に検討する必要があります。一方で、法整備を待たずともすでにAirbnbなど民泊サービスを利用する訪日外国人観光客の数は増加の一途を辿っており、スピーディーな議論と意思決定が求められています。政府は2017年中に法律を施行する予定となっており、日本における「民泊」がどのように観光産業や不動産業界、また、シェアリングエコノミーをはじめとした経済活動に影響を及ぼしていくのかという点への注目が高まります。
(Livhub 編集部)
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