なぜクリエイティブな人たちは、源流域の川で遊ぶのか?川と神経の知られざる関係

郡上

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新型コロナウイルス感染症拡大の影響を受け、多くの人にとってリモートワークが日常となってから、どこか心身に不安や不調を抱えながら、過ごしてきた人も少なくないだろう。

厚生労働省が実施した新型コロナウイルス感染症に係るメンタルヘルスに関する調査においても、「気分が落ち込んで、何が起こっても気が晴れない気がした。」「そわそわ落ち着かなく感じた」など、感染拡大が始まった2020年2月から9月までの調査期間において、何らかの不安を感じたと回答した人の割合は半数程度に及んだ。

そんな中、都市部にてクリエイティブな発想を必要とする仕事につく人々の間で、ひそかに注目を集めているのが「川遊び」だ。「川遊び」には神経を覚醒させ、本来の状態に戻す効果があるのだという。神経を覚醒させるとはどういうことなのか。なぜ川遊びが注目を集めているのか。今回は神経生理学・ボディワークの専門家である藤本靖さん(以下、藤本さん)と岐阜県郡上市で水と人間の関係を探求している岡野春樹さん(以下、岡野さん)に、話を聞いてきた。

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話者プロフィール:藤本靖さん

yasushi-fujimoto環境神経学研究所代表、上智大学非常勤講師(ボディワーク・神経生理学)
東京大学大学院身体教育学研究科修了。大学では途上国の開発について学び、卒業後は政府系国際金融機関にて東南アジア、アフリカにおける政府開発援助(ODA)の業務に関わる。その日々の中で、人間の「心と身体の関係」という個人のテーマに出会い、大学院に戻り「神経系の自己調整力」について研究、ボディワークの専門家として「快適で自由な心と身体になるためのメソッド」を開発。現在は、自律神経系測定の機器開発に注力し、 ヘルスツーリズム、ワーケーションなどビジネ スマンのセルフマネジメントに関する新時代のプログラム構築にとり組む。
環境神経学研究所 https://www.neural-intelligence.company/

話者プロフィール:岡野春樹さん

haruki-okano1989年ドイツ生まれ。神奈川県平塚市育ち。長良川の源流域・岐阜県郡上市にて家族5人で暮らす、東京の広告会社のプロデューサー。会社とは別に、誰かの素直な問いを起点にした『日本みっけ旅』という旅のアート活動を仲間たちと続けており、2014年に一般社団法人Deep Japan Labとして法人化。旅先でのご縁から、さまざまな風土をいかした事業共創プロジェクトを手がける。郡上の夜の川に入った時の身体感覚に魅了され、風土と創造性の関係を研究する組織横断チーム『風土とクリエイティブ』を創設。

リラックスよりもまず、アクティベーションが大切

「自律神経というのは上がったり下がったり波のように繰り返している状態が良くて、リラックスしていればいいというわけじゃないんです。」

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自律神経といえば、とりあえずリラックスすればよいというようなイメージがあるが、むしろ緊張とリラックスなどの波がほどよくあることが自律神経の本来の良い状態なのだと藤本さんはいう。ところが、在宅勤務の増加に伴い、同じ姿勢、同じ景色の中で過ごす時間が増えたこと、新型コロナウイルスによる継続した心身へのストレスなどにより、自律神経が硬直してしまう人が増えているそうだ。

「自律神経の波が止まってしまっている状態を生理学で『凍りつき』といいます。凍りついているというのは無感覚になっている状態です。本来、自律神経は自然に上下の波をえがくはずなのに、それが起こらなくなってしまっている。止まってしまった波を再び動かすには、アクティベート、神経のスイッチを入れることが大事なのです.」

「神経は『緊張・リラックス(横軸)』と、『停滞・覚醒(縦軸)』という2つの軸で捉えることができます。これを私は二軸理論と呼んでいます。都市部のビジネスパーソンはこの二軸理論でいうと『緊張・停滞』の状態にあることが多いです。仕事やストレスなどで緊張状態にあるのだけれど、頭は停滞状態でぼーっとしている。その状態のままリラックスしようと、例えば温泉に入っても、止まった自律神経の波は動き出さないのです。リラックスよりも、むしろアクティベートすることで神経系は自然な波を取り戻し、リラックスするというのはあくまでその結果なのです。」

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では、具体的にはどのように神経の凍りつき状態を解いていけばよいのだろうか。

山でも海でもなく、川の持つ力

「自然体験が一番手っ取り早く、凍りついた状態をアクティベートすることができます。中でも『川』は『流動性がある』という意味で非常に効果的な場であるといえます。」

「川の性質をお伝えする前に、森と海の特徴を比較してお話します。シンプルにリラックスするには森の中にいるのが効果的です。なぜなら、人間の神経系の一番深いところにある脳脊髄液が持つ、呼吸よりも長いリズムは樹木が持っているリズムと近しく、森の中にいると誰もが自然にそのリズムに同調することができるからなのです。そのリズムは『自分の命を最も感じられるリズム』なのです。」

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Image via Yasunobu Tamari

「一方海は、より動的なリズムを持っています。満ち潮、引き潮の波のリズムには、よりダイレクトに命のリズムを感じることができる効果があります。」

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Image via unsplash Mathyas Kurmann

「そして山と海をつなぐのが川です。川には多様性と流動性があり、上下左右に細かく多様な変化を含んだ動きをします。川の多様な流動性が神経系の凍り付きを解くポイントになります。また川の水の温度も重要です。特に源流域の川は夏であってもウェットスーツを着なくては長時間入れないほど冷たい場所もあります。温度変化による気圧差も大事なポイントとして考えています。」

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Image via Yasunobu Tamari

最初から温泉や森に向かい緊張した身体をリラックスさせようとするのではなく、川に入り停滞状態にあった神経を覚醒させ、その後森などに行き緊張状態をほぐしリラックスに向かわせる。自律神経を整えるには、アクティベーションを挟むことが重要という事実は驚きであった。

さらにもう一つ、自然体験の重要性を藤本さんが教えてくれた。

身体性を取り戻し、自分の人生を生きるということ

「現代を生きる人たちは普段、デジタル環境に身を置く時間が極端に長いです。頭→心→体という命令系統でトップダウン的に脳から思考することがほとんど。自分のすべては頭にあるというような感じで、体は無感覚になり反応ができず、何が食べたいかすらも極端な話、胃腸に問いかけることなくインターネットで検索して決めるといったような状況になっています。」

「自然体験には、自分の身体を自然ないい状態に戻し、『身体性』を取り戻す力があります。体→心→頭とボトムアップ的に思考できるようになると、胃腸の感覚(内臓感覚)で自分の食べたいものを決められるようになります。」

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「みんな本を読んだり、勉強をしたり、思考を思考で変えようとしています。ダイエットしたいと思ったらダイエット本を読むというように。ですが、思考の土台を支えているものは『身体性』なのです。身体性は英語でいうとEmbodiment=体現化するという意味。頭でいくら理解していてもそれは他人が実行して得たInformation=知識なので、自分の身体で体現されておらず、なかなか実践できません。」

「知識は誰かから借りてきた思考なので、その上に自分が乗っかっているだけでは、それは自分の思考ではなく、本当の意味で腹落ちするのは難しいのではないかなと思います。身体性を伴わない、体現化されていない借り物の知識のみの思考で生きるということは、他人の人生を生きることになるのではないでしょうか。」

「自然に入り、身体性を取り戻すことで、自分自身の身体から思考し、自分の人生を生きる。自然の中に入ることは、自分の人生を生きるためにもっとも重要な要素と言えるのです。」

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Image via Yoshito Hori

クリエイティブな人が集まる、源流域の川の効果

ここまで聞いてきた「自然体験や川が、神経・身体にもたらす影響」を、藤本さんと共に探求しているのは、川の魅力に魅せられ、長良川の源流域である岐阜県郡上市に移住した岡野さんだ。

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Image via Nanako Henmi

岡野さんは、広告会社に勤めながらも郡上市に出向し、市の移住施策・雇用創出施策に関わり、都市部のビジネスパーソンが郡上の人と共に事業を構想するワークショップを開催してきた。その過程で、会議室でワークショップを行うよりも、郡上の川に全身でつかって遊んだチームの方が、雰囲気が良く、面白い事業を生み出し、ワークショップ後も長く郡上と関わりを持つことに気づいた。その時に、源流域の風土が持つ力を再認識し、驚いたのだという。

「自然の良さって、ぶれずにナチュラルであり続けてくれることだと思うのです。自然の中にいると、自分を本来の真ん中の場所に戻してくれる。僕も、郡上の自宅で仕事をしていてモヤモヤした時、川に飛び込むと、自分の意志や大事にしたいことが、身体から素直に立ち上がってくる経験を何度もしていました。なので、会議室でワークショップを行うよりも、常にナチュラルな自然を介して人が対話し、つながることで、本当に大事なのことに気づいていくのは、思えば当たり前なことだよなあと思います。」

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Image via Yasunobu Tamari

そんな学びも踏まえ、岡野さんは昨年担当した郡上市の職員の人事研修なども、源流の森や川に入り、対話していくプログラムに変更し、非常に好評だったのだという。

そういった活動を続けていくうちに、岡野さんは藤本さんと出会った。藤本さんの話を聞く中で、自身の経験から感じていた「水が神経の起動スイッチになっているのでは」という仮説にさらに確信を持ったという。岡野さんは藤本さんと共に、そのことを実証するため、調査目的のモニターツアーを企画した。ツアーは、都市部で働くビジネスパーソンを郡上に呼び、さまざまなアクティビティを体験してもらい、アクティビティの前後で神経の状態を記録するというものだった。

調査結果は、想定していた以上のものであった。

「森を歩くことや、室内での身体ワークなどの他のアクティビティと比べて、川のアクティビティは、神経の覚醒効果が格段に高いことを示す結果が得られました。」

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藤本さんも、「川が、神経を覚醒させ、人々の身体性を高めるスイッチとなり得るということが言えそうです」と述べている。

岡野さんは、コロナ禍での人の動きに変化を感じているという。

「最近、都市部のクリエイティブな仕事をしている人が、本当に多く郡上に来てくれます。彼らは皆、日中川で浮いて流れたり、源流の森に行ったり、夜の川に入って魚をとるなどりする、源流域ならではの深い自然体験を求めています。わざわざ夜の川に入るために、西の方に出張をつくって来てくれる人までいるのです(笑)」

クリエイティブな人たちは、自身の身体実感をもとに、源流の川の力にいち早く気づき、度々郡上を訪れているのだろう。

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Image via Yasunobu Tamari

日本は他国と比べ都市部からでも源流域にアクセスしやすく、自律神経をアクティベートし、身体性を取り戻すきっかけをくれる流動性の高い川に出会いやすい。しかし近年は3面をコンクリートで固められ、淀みなく流れていくように舗装された川が増えており、流動性の高い川は減少し始めているという。

日本の昔話で語られる龍は、上下左右にうごめく流動性のある川をモチーフとして生まれてきた。ぐねぐねとした動き、暴れ方。それは水が流れるままにいく流動性そのものだ。それが本来の地球であり生命の姿ではないだろうか。

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「こうして昔から続く川と人間の関係が、身体の観点から解き明かされていくのが改めて面白いと感じます。」と、岡野さん。

岡野さんは、藤本さんと今後も風土と人の創造性の研究を続けていく予定だという。

お二人にそれぞれ話を伺いながら、そんな本来の地球、生命の持つ力を編集部メンバーも体感してみたいと思った。

お二人がフィールドとしている、岐阜県郡上市では、源流域ならではの、いのちのゆらぎを取り戻す滞在方法「源流ワーケーション」を提案している。都会から見える風景から抜け出し、自分を本来の真ん中に戻すべく、郡上の大自然を訪れてみてはいかがだろうか。

▶️郡上市のワーケーション特設サイト「源流ワーケーション 岐阜郡上」

Edited by Momoko Takita / Yu Kato

【参照サイト】厚生労働省 新型コロナウイルス感染症に係るメンタルヘルスに関する 調査結果概要について
【転載元】IDEAS FOR GOOD

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