Sponsored by 日本真珠輸出組合
「湾内の随所に積み重なる使用済みの養殖資材が、英虞湾やこの近辺の海に関係する方々にとっての財産になれば」
そう言って、覚田真珠株式会社代表取締役の覚田譲治さんは、汗だくになりながら、使用済み養殖資材をトラックに積み込む作業を続けた。
海洋プラスチック問題は世界的に深刻化している。その中でも、「ゴーストギア」と呼ばれる漁業由来のプラスチックごみが大きな課題となっている。世界の海に廃棄されるプラスチックは年間で約1,100万トンに及び、そのうち約50万〜115万トンが漁業に使用されるプラスチック製の漁具であると推定されている(※1)。
漁具はプラスチックや金属などさまざまな素材を組み合わせて作られているため、リサイクルが難しく、海に廃棄されてしまうことも少なくない。「作って、使って、捨てる」というリニア(直線)型の仕組みになっているのが現状だ。漁業のサステナビリティを考える上で、漁具も直線型モデルから循環型モデルへと移行することが求められている。
真珠養殖をより循環型のモデルへ
真珠養殖の発祥の地である三重県志摩市にある使用済み養殖資材も、例外ではない。リサイクルが難しく処分にも費用がかかるため、何十年も前から至るところに積み上げられ、風景の一部となってしまっている。
真珠養殖をより循環型のモデルへと移行するために立ち上がったのが、1931年創業の伊勢志摩に本拠を置く真珠メーカー、覚田真珠株式会社だ。同社は日本真珠輸出組合、真珠養殖事業者らと協力し、回収した使用済み養殖資材などを資源として循環させることを目指し、阪和興業株式会社、西部サービス株式会社、サニーメタル株式会社、佐々木商工株式会社と連携。今回初めて、使用済み養殖資材を新たな資源と捉えて、循環させる「クローズドループ」でのリサイクルの仕組みを構築することに成功した。
2024年3月に公開したレポート「真珠を育むアコヤ貝は、何を語る?伊勢志摩・英虞湾の里海を守る、浜の清掃レポート」では、志摩の歴史や直面している課題、そして浜掃除の様子を紹介した。本記事では、回収した使用済み養殖資材を循環させることに成功し、クローズドループが完成した様子をレポートする。
伊勢志摩・英虞湾から始まるサーキュラーエコノミー
覚田真珠株式会社は、拠点とする伊勢志摩の英虞湾(あごわん)で体験型ヴィラ「COVA KAKUDA」を運営しながら、スタッフや真珠養殖事業者などのボランティアと協働し、周辺に放置されている使用済み養殖資材を回収してきた。
フロートやブイ、養殖かご等、真珠養殖に使われる養殖資材は様々あるが、なかでも大量に放置されて課題となっているのが養殖かごだ。養殖かごはポリプロピレンの網と鉄のフレームでできており、鉄のフレームには塩ビのテープが巻かれている。
この養殖かごを行政や従来の回収スキームに乗せるためには、ペンチを使って複雑に絡み合った網とフレームを一つひとつ手作業で分解する必要がある。また、貝などの有機物が絡みついていると回収してもらえないため、回収がなかなか進まず、何十年も前から山積みのまま放置されていた。さらに、仮に回収されたとしても埋め立てることしかできず、回収後の処理も大きな課題となっていた。
これらの課題を踏まえ、行き場を失った使用済み養殖資材を再利用し、新しい漁具として生まれ変わらせるクローズドループのスキームを、覚田真珠と日本真珠輸出組合が構築。2024年7月下旬、初めて使用済み養殖資材の回収が行われた。
朝5時半。COVA KAKUDAのスタッフ、日本真珠輸出組合、西部サービス株式会社、真珠養殖事業者などが集まり、使用済み養殖資材をリサイクルに回すため、トラックへの積み込み作業が行われた。
積み上げられた使用済み養殖資材をバケツリレー方式でトラックに積み込む。養殖かごのフレームは鉄でできているため、持ち上げるのは容易ではない。汗だくになりながら積み込みを続け、およそ3時間後にはトラックが使用済み養殖資材で満杯に。
何十年も放置されていた使用済み養殖資材をすべてトラックに積み込み、回収手配業者である西部サービス株式会社によって、大阪にある資源リサイクル会社のサニーメタル株式会社に運ばれた。
今まで回収が難しかった使用済み養殖資材を、一気にトラックに積み込むことができた。このときの心境を、覚田さんはこう語った。
「何十年も放置されていた使用済み養殖資材が、数時間で一気になくなるというのは、私たちにとって信じられないことです。養殖ごみの山がなくなったときは、ほっとした気持ちが大きかったように思います」
「漁具to漁具」の水平リサイクルが実現
サニーメタル株式会社に運ばれた使用済み養殖資材は、大型シュレッダーで破砕処理され、鉄とポリエチレンに分別される。鉄は再生原料として出荷され、ポリエチレンは廃棄物固形燃料化する業者へ処理を委託している。この技術を使うことで、これまで回収が難しかった養殖かごを分別することなく、リサイクルすることが可能になった。
原料化された鉄は佐々木商工株式会社で、「マスバランス方式」により新しい養殖かごに再生される。マスバランス方式とは、原料から製品への加工・流通工程において、ある特性を持った原料(使用済み養殖資材由来)がそうでない原料と混合される場合に、その特性を持った原料の投入量に応じて、製品の一部に対してその特性の割り当てを行う手法だ。使用済み養殖資材の原料3トンと、他の原料7トンを混ぜ合わせた10トンの原料から製品を作ったとする。その場合、完成した製品のうち3トンを「100%使用済み養殖資材由来」と見なすことができる(※2)。
日本真珠輸出組合によると、使用済み養殖資材の回収を行い、集まったものから抽出された鉄で新しい養殖かごの製作を行う「漁具to漁具」の水平リサイクルは、真珠養殖の業界では世界でも初めてだという。
原料化されたポリエチレンは、現状では廃棄物固形燃料としてサーマルリサイクルに利用される。
日本真珠輸出組合専務理事の伊地知由美子さんは、こう語る。
「サーキュラーエコノミーを実現するためには、業界を超えて横断的に連携することが不可欠です。あと一歩でループが完成しそうな段階で、規制や法律といった壁に直面することがよくあります。今回、TEAMリズム(帝人株式会社が中心となって活動を行っている大阪関西万博の共創チャレンジ)を通じて阪和興業グループとの連携が実現したことで、ループをつなげることができました」
廃棄ロープからボトルホルダーへ
また、今回のスキームに乗らない廃棄ロープも存在する。筏から養殖かごを吊るすロープが長く、シュレッダーに絡まってしまい、今回のスキームでは回収できないという。
そのような廃棄ロープを利用して、ボトルホルダーやハンモックなどの製品を作るプロジェクトがCOVA KAKUDAでスタートした。海女振興協議会の海女さんにオフシーズンに協力してもらうことで、ごみ削減の課題と雇用機会の不足という二つの課題を同時に解決することを目指していて、現在、販路を探しているという。
使用済み養殖資材のクローズドループが完成
上図が、2024年時点での使用済み養殖資材の「アップサイクル・クローズドループ・リサイクル」の取り組みを示した全体図だ。英国エレン・マッカーサー財団が提唱する「バタフライダイアグラム」の考え方をベースに作成されている。今まで廃棄されていた使用済み養殖資材などを新たな資源と捉え、「ループを閉じる」ことが示されている。寿命がきた養殖かごを再度養殖かごに循環させる「漁具to漁具」の水平リサイクルは、同じ材料を資源循環させる理想のリサイクルだと言える。
ただし、ポリエチレンのサーマルリサイクルはあくまでもエネルギー回収であり、プラスチックの再資源化ではない。今後は鉄のように漁具として再生することを目指しているそうだ。
今回リサイクルに回せた使用済み養殖資材は、英虞湾全体で考えるとほんの一部だ。英虞湾には元々1,000軒以上の真珠養殖業者が存在していたが、その中の多くが養殖資材を廃棄処理できないまま廃業した。そうした養殖場の跡地には養殖資材が放置されていることが多いため、今後も回収を続け、このループに乗せていく予定だ。
覚田さんは、今後の展望についてこう語る。
「このスキームが広がれば、大きな一歩となる。使用済み養殖資材を埋めたり燃やしたりするのではなく、もっと責任のあるやり方で処理できるので、後に続く人が出てくるのではないでしょうか。とにかく始めることが大事。あとは、どのようにすれば遠くまで届けることができるかが課題です」
使用済み養殖資材のクローズドループ・リサイクルが完成すれば、真珠養殖業をワンウェイから循環型モデルへと移行できる可能性がある。真珠の美しさと引き換えに、海を汚すことは、真珠を身につける人にとっても本望ではないはずだ。伊勢志摩の取り組みが先進事例となり、さらに同様のモデルが拡大していくことを期待したい。
※1 ゴーストギア発生予防対策・地域プロジェクト |WWFジャパン
※2 マスバランス方式とは・意味
※本記事は、ハーチ株式会社が運営する「IDEASFORGOOD」からの転載記事となります。
【参照サイト】日本真珠輸出組合
【参照サイト】一般社団法人日本真珠振興会
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Photo and text by Ran Nomura
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