国際グローバル・コミュニケーション・センター(GLOCOM)は2018年11月15日、旅や地域との関わり、シェアリングエコノミー(以下、シェアエコ)のあり方について考える公開講座を開催した。全3回のうち第2回となる今回のテーマは「交通分野」と「民泊」だ。
同講座は「Local Gov Tech(ローカル・ガブ・テック)と旅・地域・シェアの未来を考える」を共通テーマに、登壇者による講演とパネルディスカッションを行う。ローカル・ガブ・テックとは地方自治体の業務改革や地域の課題解決、新たな価値の創出などを目指して用いるテクノロジーを意味し、LocalとGov Techをかけ合わせた庄司昌彦氏による造語だ。
この日登壇したのは、GLOCOM主幹研究員であり准教授である庄司昌彦氏、東京大学・生産技術研究所の伊藤昌毅氏、株式会社トラフィックブレイン代表取締役社長の太田恒平氏、山陰インバウンド機構・代表理事の福井善朗氏の4名だ。今回は、当日の講義の様子をお届けする。
公共交通のオープンデータについて
まず、公共交通におけるオープンデータの取り組みについて伊藤氏が説明した。
海外では公共交通のウェブサイト上で、システムの開発者向けにバスや鉄道の時刻表、GPSを含めたデータを公開しており、自由にアクセスやダウンロードができるようになっている。アメリカやヨーロッパではそれらのデータを使ってアプリを作ることが主流となっており、作成したアプリをウェブサイト上で紹介している。
一方、日本では交通アプリを運営する会社が交通事業者からデータを買う仕組みがほとんどであり、オープンデータの浸透をさまたげる要因となっている。交通アプリの運営元は営利企業であるため、利用者の多い首都圏が優先され、地方の情報は不足しがちだ。
そうした地方の状況を背景に、福井氏は2017年、Googleマップのピンのない場所に、ピンが立ち、目的地が出るように資金を投じて働きかける取り組みを行った。この例にみられるように、首都圏と地方では異なるアプローチで取り組みを進めなければならない。
「首都圏の鉄道」と「地方のバス」のオープンデータ化に向けた取り組み
首都圏の交通のメインは「鉄道」だ。オープンデータに関する取り組みとしては、2015年に坂村健氏を中心に「公共交通オープンデータ協議会」が発足している。活動の一つとして「公共交通オープンデータチャレンジ」と称したイベントを開催し、首都圏の主要なバス会社や航空会社等から提供を受けたデータをもとに制作したアプリのコンテストを行った。この際に提供されたデータは、イベント内での利用のみ許可され、商業利用は不可という制約があった。
一方、地方の交通のメインである「バス」のオープンデータ化について、伊藤氏は世界共通の標準データフォーマット形式である「GTFS」を紹介した。GTFSは、バス停の名前や駅名、時刻表、運賃表といったデータをまとめて格納できる。このフォーマットでデータを管理することにより、国内外の交通アプリに情報を掲載できるようになる。
2017年3月には国土交通省でオープンデータを推進する委員会が設立され、伊藤氏と委員会メンバー数人で作成した「標準的なバス情報フォーマット」を公開した。現在、小さなコミュニティバスや大きなバス会社など、約30の事業者や自治体からデータを引き出している。なかでも群馬県、富山県、佐賀県、沖縄県は自治体が主導し、地域のバスデータを引き出した。結果、交通アプリの運営会社からの依頼がなくとも、交通事業者自らが通常業務の一環としてデータを公開している。
伊藤氏は「標準的なバス情報フォーマット広め隊」として、全国のデータの地図を書き、オープンデータに関する講演を行い、「インターナショナルオープンデータ」というイベントを開催するなどの活動を行っている。
【関連ページ】「標準的なバス情報フォーマット」のすすめ
岡山県の事例
伊藤氏と太田氏は岡山県での事例を紹介した。バス会社が複数ある岡山県では、価格競争が生じることもある状況にある中、一社がオープンデータ化を始めると、他社が続いたという。ここにはGPSの情報も含まれており、今では誰もがアクセスし、ダウンロードすることができる。
伊藤氏は、オープンデータ化が進んだことにより、高校生を含め、市民が作成したアプリが続々と公開されたと話した。また、太田氏は、バスが毎日25分ほど遅れていた状況において、それらのオープンデータに基づいてダイヤをずらし、自動的にダイヤ改正を行ったところ、その遅れが10分、5分、2分と縮まったという好例を示した。
なお、太田氏はこれまで、すべてのバス会社の情報を統合し、地図上に表示するアプリを作成してきた。2018年11月、伊藤氏と太田氏が岡山でアプリ作成の講習会を開催したところ、地元の自治体職員やIT企業に勤める人が訪れたという。講習では岡山のオープンデータを取り込み、パソコンの中のデータベースに入れ、実際にウェブアプリや路線図を作成した。伊藤氏は、オープンデータにするためには、まずバス事業者が自らの業務を紙ではなくデジタルベースで行う必要があると話した。
オープンデータで複数の交通情報を連携可能に
太田氏は、オリンピック開催時に予想される公共交通の混乱について指摘した。
現在の日本では、京王アプリ、JRアプリ、メトロアプリ、東急アプリといった鉄道会社ごとのアプリが出ている一方で、ナビタイムのような交通アプリではリアルタイムの情報が確認できない。オープンデータ化することで、リアルタイムで交通状況が把握できるほか、色々な予約アプリとの連携や、外国人ユーザーが多いGoogleでの閲覧、オリンピック・パラリンピック専用のアプリでも見ることができるなど、幅広く活用できる。過去に開催されたロンドンやリオデジャネイロのオリンピックにおいて、オープンデータで混乱を緩和したことにも触れた。
また、庄司氏は、パネルディスカッションの際、西日本鉄道とトヨタ自動車が共同開発したアプリ「my route(マイルート)」の実証実験が2018年11月、福岡市で開始されたことに話を広げ、非常に未来的だと述べた。my routeは、バス・鉄道といった公共交通や、タクシー・レンタカーを含む自動車、自転車、徒歩などの移動手段を組み合わせてルートを検索できるサービスで、予約・決済まで行うことができる。
最後に伊藤氏はオープンデータ化について、情報が盗まれるということではなく、交通関係者、企業、専門家、コミュニティが広く力を合わせ、よい交通、よい街を作りだすために必要だと伝えた。
山陰DMOの誘客戦略と民泊の取り組み
福井氏は、鳥取・島根への誘客を図るDMO組織「山陰インバウンド機構」の取り組みについて紹介した。DMOとは、国土交通省の観光庁の認定を受けた団体であり、全国に200ほど存在している。設立3年目を迎えた山陰インバウンド機構も、インバウンドを呼び込み、どのように観光につなげていくかをミッションとしている。
4つのゲートウェイ戦略
福井氏によると2017年の山陰インバウンド機構の訪日客は20万3,000万人泊であり、2020年までに40万人泊を目標としている。達成にあたり、同機構は4つのゲートウェイを軸に誘客の戦略を立てている。
まずは国際定期便・航路である通称「米子鬼太郎空港」からの誘客だ。この愛称は「ゲゲゲの鬼太郎」の作者である水木しげる氏の出身地であることに由来している。ソウルからの定期便は週6便、香港からの定期便は週2便だったが、1年が経ち、2018年12月から週3便に増えた。搭乗率はいいものの、ソウル便はLCCで、搭乗率に左右され減便することもあり、偏らないようにしたいと福井氏は話した。
二つめは、岡山・広島の瀬戸内山陽側からの誘客だ。広島は訪日客が多く、個人旅行(FIT)が増えている。自然増はもちろん、意図的に誘客するため、山陰インバウンド機構は、広島県の空港の部署と連携している。2017年にはシンガポール航空のセカンドライン「シルクエア」が入ってきており、2019年春にはタイからもLCCが入ってくる。岡山は特に台湾、中国からのチャーター便が盛んであるため、このような層が利用する仕組みの整備も進めている。
三つめは、関西・関空からの誘客だ。大阪・京都はオーバーツーリズムであることから、どう緩和するかが重要だという。大阪のDMOは、一定期間長く滞在してもらうのではなく、旅前(タビマエ)、旅後(タビアト)は大阪・京都に宿泊し、旅中(タビナカ)は外に出るよう、うながしている。
四つめは、東京からの誘客だ。特に成田空港は欧米豪の大動脈であり、山陰は5つの国内線をもつ空港があるため、東京からの誘客も重要となる。
欧米豪を対象とした誘客のポイント
福井氏は民泊について言及したうえで、具体的な誘客戦略について説明した。
山陰DMOにおいてもリソースを無駄なく活用するため、地域面の連携にも注力したいと同氏は話し、民泊については日本版DMOとして初となるAirbnbとの連携についても語った。
【関連ページ】山陰インバウンド機構、日本版DMOとしてAirbnbと初の連携
現在は適地を6か所探し、研修会を開催しており、最終的には地域型のプラットフォームになることを目指している。当面はアナログで研修会を開催し、地域の合意形成、協力を得て、最後は体系的な話に移行したいと続けた。また、観光に関する施策を実行するにあたっては、課題解決を民間が行い、最後に行政が入る階層が理想だとの考えを示した。
山陰の観光の課題のひとつとして、山陰は区域が350kmあるうち、宿泊できるエリアが非常に限定的であることを挙げた。この背景には、アジア系と欧米豪の観光ニーズのちがいがある。
アジア系の訪日客は日本人と感覚が近く、松江市を中心とした中海エリアの人気が高い。ここには宿泊施設や旅館施設、温泉等が多く、松江城や美術館、鳥取砂丘といった観光資源と隣接しているため、誘致に不都合はなかった。さらに、山陰のなかでは倉吉に隣接した北栄町にある「名探偵コナン駅」の人気が高く、鳥取空港も「コナン空港」と呼ばれている。こちらも「名探偵コナン」の作者である青山剛昌氏の出身地であることに由来している。
ただし、世界的には旅行者の多くを欧米豪が占める。彼らは日本人向けコンテンツには興味を示さないため、これまでと異なるコンテンツを考える必要があるという。
こうした中、同機構は欧米豪の旅客に人気の高い三つのコンテンツを見つけだした。まずは、日本刀のルーツである鉄の鋳造技術「たたら」だ。欧米豪では日本刀への関心が高く、発祥の地が島根、鳥取の中山間地域にあるというストーリーに惹かれるという。
次は「隠岐の島」だ。福井氏は、欧米豪の訪日客は「オーセンティック」と表現し、以前案内したイギリス人は「シェトランド諸島のようだ」と感激していたと話した。日本海の島はもともと大陸と地続きだったときの地形や地質が残っているため、欧米豪の人びとにはより魅力的に映るようだ。
最後は、島根県西部にある石見地方の伝統芸能「石見の神楽」だ。ダイナミックで非常に盛り上がることに加え、欧米豪の彼らが注目するのが、石見神楽を社中(地元の「連」)で保全としていたというストーリーだ。
なお「鳥取砂丘」は、景観自体ではなく、砂丘を世界で唯一鳥取が「保全」し、緑地化を防いでいることに惹かれると福井氏は語った。隣接する砂丘美術館では、年に1回テーマを変えており、砂で彫像を造るプロが世界から集まってくる。そのような「砂をどう考えるか」というストーリーが観光の訴求ポイントとなる。
さらに同氏は、鳥取・島根の350kmある地域を車で移動すると、欧米豪の訪日客は中山間地域に興味を示したと話す。交通の便やアクセスがよくなかったとしても、田舎の原風景に感心する。一方で、中山間地域には宿泊場所がないという問題があり、あとから温泉街に連れて行っても残念そうな様子だったという。
そのため、大規模なホテルを建てるよりも、元ある資産を有効活用して宿泊施設にすることが重要だと福井氏は語った。そして、地方は課題も多いが、可能性を見つけて事業を展開したいと続けた。
編集後記
今回は、首都圏、地方の交通事情、そして山陰DMOによる民泊の取り組みについて講義が行われた。未だ普及途上にあるオープンデータだが、日本国内でも徐々に普及のための取り組みが進んでいる。訪日客の増加がさらに見込まれる2019年のラグビーワールドカップ、2020年のオリンピック・パラリンピック開催時には公共交通が混乱しないよう、関係各者協力のもと、誰もが交通情報を確認できるようインフラを整備することが必要不可欠であり、その対応は急がれている。また、首都圏はもちろん、訪日客を迎え入れるためのインフラ整備を求められているのが地方だ。有名観光地だけではなく、古くからの日本の町並みや自然の景色への需要が高まっている現在、その環境の中で宿泊できる民泊はますます求められるだろう。今回紹介した数々の取り組みをきっかけとし、この取り組みに関わる多くの人びとの暮らしが豊かになるよう期待したい。
【関連ページ】【レポート】GLOCOM主催、第1回シェアリングエコノミーのあり方に関する公開講座
(Livhub編集部 竹中 綾)
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