窓いっぱいに広がる海。プールサイドに運ばれてくる冷たいグラス。呼べばすぐに誰かが来てくれる。高級な旅と聞いて、そんな場面を思い浮かべる人は多いはずだ。
旅の世界では「ポストラグジュアリー」という言葉を目にすることがある。豪華さの「その後」とは、何を指すのだろう。
鍵になるのは、何を足したかではなく、何とつながれたかという視点だ。土地の自然、そこで暮らし、ものをつくる人、そして旅のあとに少し変わっている自分。豪華さを手放さずにその視点を旅に持ち込む方法は、思っているより身近なところにある。
1. ポストラグジュアリーとは。「足していく豪華さ」の次にあるもの
「ポスト」は「〜のあと」を表す言葉だ。ポストラグジュアリーは、文字どおりにいえば「ラグジュアリーのあと」になる。
決まった定義や認証の基準があるわけではなく、使う人によって指す範囲には幅がある。ここでは、広さや設備、サービスの手厚さとは別のところに旅の価値を見いだす考え方、という意味で使う。
これまでの高級な旅は、足していくことで成り立ってきた。部屋はより広く、眺めはより良く、料理の皿数はより多く。日常から切り離され、何も気にせずにくつろげることが、豪華さの中身だった。
ポストラグジュアリーの旅で問われるのは、その土地とどんな関係を結べたかだ。
朝、宿の人に教わった道を歩いて市場へ行く。夕食の野菜が、どこで誰に育てられたのかを知る。部屋の広さより、窓の外の森の音のほうが記憶に残る。そうした時間に価値を置く。
豪華さを否定する考え方ではない。心地よさはそのままに、その心地よさがどこから来ているのかに目を向ける。そこに違いがある。
2. なぜ今、豪華さの意味を問い直したいのか
Livhub は、旅には人と自然、人と人、そして自分自身との関係をつなぎなおす力があると考えている。
ふだんの暮らしでは、食べ物の産地も、隣で暮らす人の顔も、自分が本当は何を感じているかも、見えにくくなりがちだ。旅は、そのつながりを取り戻すきっかけになる。
ところが「足していく豪華さ」は、ときにその逆を向く。外の世界から隔てられた空間で、土地のことを知らないまま過ごしても、旅は成立してしまう。快適ではあっても、何ともつながらないまま帰ることになる。
観光そのもののあり方を問い直す考え方として、サステナブルツーリズム(持続可能な観光)がある。訪れる人、観光に関わる事業者、環境、受け入れる地域のそれぞれのニーズに応えながら、今と将来の経済・社会・環境への影響を十分に考える観光のことだ。
この考え方を形にした枠組みもある。グローバル・サステナブル・ツーリズム協議会(GSTC®)は、観光地や宿泊施設、ツアー事業者に向けた持続可能性の基準を定めている。日本でも観光庁が、国際基準に準拠した「日本版持続可能な観光ガイドライン(JSTS-D)」をつくっている。
旅の良し悪しを、快適さだけでなく、土地に何をもたらしたかも含めて捉えようとする動きだ。ポストラグジュアリーは、その問いを旅人の側から引き受けた言葉だと読むこともできる。
3. 豪華さと自然の回復は両立するのか
Livhub のコラム「マレーシアの熱帯の島に息づくポストラグジュアリーなリゾートホテル「The Datai Langkawi」の誓い」は、マレーシアの熱帯の島にあるリゾートホテルを、ポストラグジュアリーという言葉とともに取り上げている。豪華なリゾートが何を「誓い」として掲げているのかは、このコラムで読める。
自然の豊かな場所に建つ宿にとって、周りの森や海は景色であると同時に、宿の価値そのものでもある。自然が傷めば、宿が差し出せる体験も細っていく。そう考えると、豪華さと自然を守ることは、本来ぶつかり合うものではないという見方ができる。
さらに一歩進んだ考え方が、リジェネラティブツーリズム(再生型観光)だ。観光による害を減らすだけでなく、訪れた地域の自然や文化、コミュニティを、訪れる前より良い状態にすることを目指す。
この視点に立つと、豪華さの使い道が変わって見えてくる。旅に払うお金や時間が、広い部屋や特別なサービスと引き換えに消えていくのではなく、土地の自然や暮らしを支える側にまわる。ポストラグジュアリーの旅は、そんなお金と時間の使い方を選ぶことでもある。
4. 次の旅で試せる、ポストラグジュアリーな過ごし方
4-1. 宿を探す前に「何とつながりたいか」を書き出す
予約サイトを開く前に、数分だけ時間をとる。費用はかからない。
「海の近く」「露天風呂つき」といった条件の前に、今回の旅で何と出会いたいかを一行で書く。森の静けさなのか、その土地の食なのか、何もしない自分なのか。
その一行があるだけで、宿を比べる目が変わる。設備の数より、その一行に応えてくれそうかどうかで選べるようになる。
4-2. 宿の公式サイトで、土地との関わりを読む
候補の宿が決まったら、予約の前に10分ほど、公式サイトの環境や地域への取り組みのページを読む。これも費用はかからない。
食材をどこから仕入れているか、周りの自然とどう関わっているか、地域の人とどんな形で協力しているか。具体的に書かれているほど、その宿が土地とどう向き合っているかが見えてくる。
第三者の認証も手がかりになる。たとえばグリーンキー(Green Key)は、観光庁の資料で「GSTC基準に準拠」と紹介されている認証制度だ。
ただ、認証を受けていない宿が何もしていないとは限らない。反対に「サステナブル」「エコ」という言葉が並んでいるだけでは、中身までは分からない。言葉より、具体的な取り組みの記述を探したい。
4-3. 移動を減らし、一か所に長くいる
1泊ずつ宿を移る旅を、一か所に2泊、3泊する旅に変えてみる。宿泊費は増えるが、移動にかかる時間と交通費は減る。
2日目の朝、前の日に歩いた道をもう一度歩くと、見えるものが変わっている。宿の人の名前を覚え、向こうもこちらを覚えてくれる。関係は、時間をかけないと生まれない。
限られた休みでたくさんの名所を回りたい旅には向かない。その場合は、旅の中の一か所だけ連泊にするという方法もある。
4-4. 作り手やガイドの話を聞く時間をとる
農家、漁師、工房の職人、地域のガイド。その土地で暮らし、何かをつくっている人の話を聞く時間を、半日ほど予定に入れる。
ガイドつきの体験には参加費がかかるものもある。一方で、市場や工房の店先で話を聞くだけなら、お金はかからないことも多い。
言葉に自信がなくても、「これはどうやってつくるのか」と一つ尋ねるだけで会話は始まる。人と人の関係は、豪華な設備では買えない旅の価値の一つだ。
4-5. 何もしない朝を一つ、予定に入れる
旅の途中に、予定を入れない朝を1回だけつくる。費用はかからない。
窓を開けて、鳥の声や風の匂いに気づく。日記に、昨日出会った人のことを書く。自分が何を心地よいと感じているのかに、静かに耳を澄ます。
自分自身との関係をつなぎなおす時間は、ポストラグジュアリーの旅のなかでも、いちばん小さく始められるものかもしれない。
5. 豪華さを捨てなくていい。自分のペースで続けるコツ
ポストラグジュアリーの旅は、高級な宿を避けることでも、不便を我慢することでもない。手厚いサービスや広い部屋が心からありがたいときもある。
仕事で疲れ切っていて、とにかく休みたい旅。体調や同行者の事情で、移動や体験を増やせない旅。そうした旅にまで、作り手との対話や連泊を詰め込む必要はない。休むこと自体が、自分自身との関係をつなぎなおす時間になる。
4章の5つも、すべてやろうとしなくていい。一つの旅で一つ試せれば十分だ。次の旅で別の一つを足していけば、いつのまにか旅の選び方そのものが変わっている。
完璧なサステナブルな旅を目指すと、旅が義務になってしまう。ワクワクする気持ちを入り口に、気になったことから始めてみてほしい。
6. まとめ
ポストラグジュアリーの旅は、豪華さを足していくことより、土地の自然や人、自分自身とどんな関係を結べたかに価値を置く旅のあり方だ。
豪華さと自然の回復は、本来ぶつかり合うものではなく、旅に使うお金や時間を土地を支える側にまわせる、という考え方がある。
次の宿を選ぶときは、客室の広さを比べる前に、候補の宿の公式サイトで、食材の仕入れ先や周りの自然との関わりが具体的に書かれているかを確かめる。その記述が見つかった宿を一つ候補に残すことが、ポストラグジュアリーの旅の最初の一歩になる。
【参照記事】
- https://www.mlit.go.jp/kankocho/content/001730862.pdf
- 日本版持続可能な観光ガイドライン(JSTS-D) | 持続可能な観光の取組 | 持続可能な観光地域づくりのための体制整備等の推進 | 持続可能な観光地域づくり戦略 | 観光政策・制度 | 観光庁
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