JR川崎駅から東京湾方面へと車を走らせること約20分。多摩川を挟んで対岸沿いに羽田空港を臨むことができる湾岸エリアに、今年の6月、新しいホテルが誕生した。
かつて、川崎の沿岸地帯といえば多くの工場が立ち並ぶ京浜工業地帯として知られ、日本の重工業を支える中心地として栄えていた。しかし、日本の主力産業が工業から第三次産業へと移り変わるのに伴い、川崎もその姿を変えようとしている。
新しくホテルが建てられたのも、そんな工業地帯の一角にあったいすゞ自動車の工場跡地だ。なぜ川崎からのアクセスも決して良いとは言えず、観光スポットも商業施設も何もないこのエリアにホテルが建てられたのだろうか。
実は、「殿町」と呼ばれるこの地区は国から国際戦略拠点に指定されており、ライフサイエンス・環境分野を中心に世界最高水準の研究機関を集積させることで新産業を創出するオープンイノベーション拠点、「キングスカイフロント」として再開発が進められているエリアなのだ。
川崎市は、かつての工場街といったネガティブな川崎のイメージを払拭し、このキングスカイフロントを健康や医療、福祉、環境といった今後の成長が見込まれる分野のグローバルビジネスハブにするべく、積極的な投資を行っている。
そんな川崎市の戦略を象徴するアイコンとも言えるのが、キングスカイフロントの中心に誕生した東急ホテルズが運営するアーバンリゾート型のホテル「川崎キングスカイフロント東急REIホテル」だ。
世界初の「水素ホテル」とは?
倉庫(The Warehouse)をコンセプトにデザインされたこのホテルは、5階建てで186室の客室を擁しており、レストランや大浴場、エクササイズルームも用意されている。大和ハウス工業が設計と施工を担当した。
ホテルに到着するとまず目を引くのは、まるでニューヨークのブルックリンを思わせるかのようなスタイリッシュな外観と内装だ。
ホテル正面の外観をカラフルに彩っている客室のカーテンは、医療やヘルスケアだけではなく音楽や映像など様々な産業や文化の育成に力を入れている川崎ならでの多様性を表現している。
エントランスをくぐってひとたびロビーに足を踏み入れると、日本とは思えないおしゃれな雰囲気の空間が広がっている。ホテルの1階にはフロントだけではなくコワーキングスペースやカフェ、レストラン、自由に使える展示スペースなども用意されており、自分が川崎にいることを忘れさせてくれる。
しかし、このホテルの最もユニークな点は他にある。このホテルのエネルギーの一部は、川崎周辺で集められた使用済みプラスチック由来の水素で発電したエネルギーで賄われているのだ。
発電に利用する水素は、ホテルから約5km離れたところにある昭和電工の工場から供給されている。トラックではなくパイプラインで直接供給されているため、水素を輸送する際のCO2も排出されず、環境負荷が少ない。ホテルで使用される電気・熱エネルギー全体の約3割程度を担う予定だ。
また、ホテルで使用された歯ブラシやヘアブラシなどのプラスチックも別途回収されて昭和電工の工場へと送られ、再び水素エネルギーとなってホテルに戻ってくる。宿泊客は意識せずとも川崎の環境に貢献できる、循環型のシステムが構築されている。
この取り組みは環境省が主導する地域連携・低炭素水素技術実証事業、「使用済プラスチック由来低炭素水素を活用した地域循環型水素地産地消モデル実証事業」の一環で、まずは1年半ほどかけて実験が行われる。
ホテルをキングスカイフロントのコミュニティスペースに
いま、キングスカイフロントには日本や世界の最先端を走る医療、環境関連企業が60社ほど集積しており、国や大学の研究機関なども集まってきている。
川崎キングスカイフロント東急REIホテルには、これらの企業で働く人々や出張などでやってくる人々が交流し、コミュニケーションを通じて新たなイノベーションを創出する拠点としての役割も期待されている。
ホテルには企業の研修に使えるコワーキングスペースやイベント開催ができるオープンスペースなどが用意されており、最上階のレストランでは多摩川と羽田空港の夜景を臨みながら食事を楽しむこともできる。
また、今年の8月には周辺企業らが協力し、子供向けの科学イベントを開催するそうだ。企業の担当者がホテルのコワーキングスペースに集まり、子供の夏休みの自由研究のお手伝いをする。
ホテルと言えば観光客や出張客が泊まるための場所というのが常識だが、川崎キングスカイフロント東急REIホテルは周辺で働く企業の人々や近隣に住む人々が集まって気軽に交流できるコミュニティスペースとしての役割も備えており、まさに新しいホテルの形を表現している。
ホテルが地域活性の拠点となり、イノベーションを生み出す交流の場として活用されることで、宿泊施設以上の付加価値を生み出そうとしているのだ。
東急にとっても新しい挑戦
川崎キングスカイフロント東急REIホテルの総支配人を務める荒木氏は、キングスカイフロントに登場したこのホテルは「東急にとっても新しい挑戦」だと語る。たしかに、東急ホテルズが運営している「エクセルホテル東急」や他の「東急REIホテル」とはコンセプトから内装にいたるまで大きく異なり、よい意味で旧来のビジネスホテルのイメージを大きく覆している。
荒木氏によると、これまでの東急ホテルズの顧客層は50、60代が中心だったが、今後は20、30代の若い顧客層をターゲットにしていきたいという意向があり、今回もそのチャレンジの一環とのことだ。
また、一般的にビジネスホテルは全国どこにいっても同じデザイン、同じ品質を目指すケースが多いが、東急ホテルズの場合は地域に密着した歴史あるホテルが多く統一感を持たせることが難しいため、それであれば逆にホテル一つ一つの個性を追求していこうという考えがあるという。
これまでの東急のスタイルからは大きく振れているこの川崎キングスカイフロント東急REIホテルだが、今のところそのチャレンジは功を奏しているようだ。
荒木氏に現状の顧客層を尋ねてみると、平日はやはり出張や研修で来るビジネスマンが多いが、週末になると埼玉や千葉、遠くは栃木など関東周辺からレジャー目的でお越しになるお客様が多いという。
一般的にビジネスホテルは土日の稼働率をどう確保するかが課題となるが、川崎キングスカイフロント東急REIホテルでは、平日のビジネス需要はしっかりと取り込みつつも、思わず写真を撮って自慢したくなるようなお洒落な外観と内装や多摩川をはさんで羽田空港の夜景を臨めるという地の利を生かし、週末もしっかりと客室を稼働させている。
現状は交通の便がネックだが、2020年には多摩川を渡って羽田の国際ターミナルまでわずか5分で行ける橋の開通も予定されており、羽田の前後泊の需要も期待できる。
何より、仮に交通の便が悪かったとしてもこのホテル自体が目的地になるほどホテルの雰囲気や景色は優れているため、一度ファンがついてしまえばむしろ「少し行きづらい」という部分すらその価値を高める強みとなりそうだ。実際にホテルを訪れたお客様がSNSなどで情報を拡散し、新しいお客様を呼び込むという好循環が生まれているという。
まとめ
工業の街から最先端のイノベーション拠点へと生まれ変わろうとしている川崎。その象徴ともいえるキングスカイフロントの中心地に誕生した東急REIホテル。そこに訪れると、地域に根差す複数の企業と行政との連携による、新しいホテル運営の形を見て取ることができる。
最近ではインバウンド需要の増加に伴い続々とホテル建設が進んでおり、2020年の東京五輪に向けて客室数の過剰供給が懸念されるほどまでになっている。また、宿泊ニーズも多様化するなかで、様々な形態のユニークなホテルも数多く誕生しており、さらに民泊施設も増えていくことを考えれば今後の宿泊業界はより競争が激しくなることは間違いない。
その中で宿泊客を惹きつけるためには、従来の発想にとらわれずホテル自体をオープンなコミュニティにしてしまうというアイデアや、ホテル自体が観光目的地になるような取り組みが求められる。その意味で、川崎キングスカイフロント東急REIのチャレンジから学べる点はとても多い。
都心から1時間弱で非日常を味わってみたいという方はもちろんだが、これまでになかった新しいホテルの形を自分の肌で感じてみたいという方はぜひ一度訪れてみていただきたい。
【参照サイト】川崎キングスカイフロント東急REIホテル
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(Livhub 編集部)
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