日本のサステナブルツーリズムはいま。現状と課題、旅する側にできること

寺の木棚にずらりと並ぶ白い招き猫

紅葉の名所へ続く細い道を、前を歩く人の背中を見ながら少しずつ進む。スマートフォンを掲げる腕が並び、立ち止まる場所を探すのにも気をつかう。同じ日、そこから少し離れた谷では、同じように色づいた木々の下を、ほとんど誰ともすれ違わずに歩けることがある。

旅人が集まりすぎる場所と、旅人を待っている場所。その差を前にすると、サステナブルツーリズムという言葉が少し身近になる。日本ではいまどこまで進んでいて、何がむずかしいのか。旅をする自分には何ができるのか。

手がかりにしたいのは、旅をする人、迎える地域、自然という三者の関係だ。制度や取り組みの数を並べるより、その関係のゆがみと、つなぎなおし方から日本のいまを見ていきたい。

1. サステナブルツーリズムは、三者の関係を見なおす考え方

サステナブルツーリズム(持続可能な観光)とは、訪れる人、観光産業、環境、受け入れる地域のそれぞれのニーズに応えながら、いまと将来の経済・社会・環境への影響を十分に考える観光のあり方だ。UN Tourism(旧 UNWTO)の定義の趣旨は、おおむねこうまとめられる。

環境を守ることだけが目的ではない。地域の経済だけを優先するものでもない。旅人が楽しめて、迎える人の暮らしが成り立ち、自然が次の世代にも残る。その三つが同時に成り立つ形を探る考え方だと言える。

反対に、そのバランスが崩れた状態を表す言葉がオーバーツーリズムだ。観光客が集中することで、住民の暮らしや環境、さらには観光客自身の体験にまで悪い影響が出る状態を指す。名所の人波のなかで「景色を見に来たのに、人ばかり見ている」と感じる瞬間は、その小さな入り口なのかもしれない。

旅はもともと、人と自然、人と人、そして自分自身との関係をつなぎなおす力を持っている。けれど、同じ場所に同じ時期に人が集まりすぎると、その力は弱まり、関係はむしろすり減っていく。旅人の側からサステナブルツーリズムを考えることは、その関係をもう一度結びなおす方法を探すことでもある。

2. 日本のいま。物差しはそろい、地域の現場が動いている

2-1. 国際基準とつながる、観光地の物差し

日本の観光地が持続可能性を考えるための物差しとして、観光庁は「日本版持続可能な観光ガイドライン(JSTS-D)」を示している。英語名は Japan Sustainable Tourism Standard for Destinations。日本の観光地向けの指標で、国際基準に準拠しており、付録には GSTC-D の和訳を載せている。

ここでいう国際基準をつくっているのが、グローバル・サステナブル・ツーリズム協議会(GSTC®、Global Sustainable Tourism Council)だ。観光地や宿泊施設、ツアー事業者に向けて、持続可能性の基準を定めている団体である。世界の物差しを日本の観光地の言葉に置き換える仕組みは、すでに用意されていることになる。

自然を生かした観光を支える法律もある。エコツーリズム推進法は、平成19年(2007年)6月27日に公布された。令和8年(2026年)3月31日には、エコツーリズム推進基本方針の変更が閣議決定されている。仕組みの側は、20年近くかけて少しずつ形を整えてきた。

2-2. 半島、市、村。単位も規模もちがう動き

環境省のエコツーリズムのページを見ると、2026年に入ってからも地域の動きが続いている。令和8年(2026年)4月15日に伊豆半島エコツーリズム推進全体構想(静岡県)が、5月12日に出水市エコツーリズム推進全体構想(鹿児島県)が、6月10日に東村エコツーリズム推進全体構想(沖縄県)が、それぞれ認定された。

認定地域の一覧で、伊豆半島は「静岡県伊豆半島(沼津市ほか14市町)」と書かれている。15の市町にまたがる半島と、ひとつの市、ひとつの村。取り組みの単位も規模もまったくちがう。持続可能な観光は全国一律の型にあてはめるものではなく、土地ごとの形で進んでいくものなのだろう。

観光庁観光産業課も、令和6年(2024年)3月に「国際基準に対応した持続可能な観光にかかる取組事例集」をまとめている。物差しを示すだけでなく、その物差しを使う現場の姿を集めて共有する段階に入っていると考えられる。海外・国内・東京のサステナブルツーリズムの具体事例を並べて読むと、同じ言葉のもとにある土地ごとのちがいが、制度の名前よりも手ざわりのあるものとして見えてくる。

2-3. 迎える側が抱える、言葉にしにくい葛藤

一方で、課題も見えている。ひとつは、旅人の集まり方の偏りだ。よく知られた名所には見頃に人が集中する。その一方で、少し離れた土地には同じ季節の美しさがあっても、訪れる人はまばらなことがある。

もうひとつは、迎える側の葛藤である。観光は地域の暮らしを支える収入になる。店や宿が続き、若い世代が戻るきっかけにもなりうる。その一方で、生活道路の混雑やごみ、静けさが失われることへの戸惑いも生まれる。来てほしい、けれど来すぎると困る。その両方の気持ちを抱えながら、受け入れ方を探っている地域もあるはずだ。

そして、物差しや制度が整っても、旅をする側がそれを知らなければ、旅の選び方はなかなか変わらない。制度と現場のあいだには、旅人の行動という見えにくいすき間がある。そこに、旅する側が関われる余地が残っている。

3. 旅の中でできる、関係のつなぎなおし方

3-1. 見頃の「時間」と「場所」を少しずらす

名所に行くのをやめる必要はない。朝早くに歩き始める。平日を選ぶ。名所のとなりの町や谷にも足をのばす。それだけで、同じ景色との向き合い方が変わる。

人の少ない時間の森は、音がよく聞こえる。葉の落ちる音、沢の流れ、鳥の声。混雑のなかでは写真を撮ることに意識が向きがちだが、静かな場所では自然そのものと向き合う時間が生まれる。お金はほとんどかからない。必要なのは早起きと、少しの寄り道くらいだ。

3-2. 土地を知る人と歩く

地元のガイドと歩くエコツアーや自然散策では、同じ道を歩いても見えるものがまるでちがう。木の名前、その谷で昔から続いてきた暮らし、季節ごとに変わる生き物の様子。ガイドの言葉を通して、風景の奥にある人と自然の関係が見えてくる。

ガイド料は地域の人の仕事になる。旅人の素朴な質問が、迎える側にとって自分の土地を見なおすきっかけになることもある。一方的に「見せてもらう」のではなく、小さな交流が生まれるのがこの旅の良さだ。

3-3. 宿の取り組みを、認証の名前から読む

宿や施設を選ぶとき、持続可能性に関する認証の名前を見かけることがある。たとえばグリーンキー(Green Key)は、GSTC基準に準拠した認証制度だ。観光庁の事例集にもそう書かれていて、国内の連絡窓口は一般社団法人JARTAが務めている。

認証の名前を見つけたら、どんな基準を満たしているのかを公式サイトで読んでみてほしい。その宿が何を大事にしているのかが見えてくる。反対に、「サステナブル」「エコ」という言葉が並んでいるだけでは、中身までは分からない。言葉よりも、具体的に何をしているかに目を向けたい。

3-4. 地元の店で使い、言葉を交わす

旅先での買い物や食事を、地元の人が営む店で選ぶ。それだけで、旅のお金がその土地に残りやすくなる。商店で「このあたりでおすすめの散歩道は」と聞くと、ガイドブックに載っていない場所を教えてもらえることもある。

人と人の関係は、こうした短いやりとりから始まる。旅人が「お客さん」から、少しだけ「その土地を知る人」に近づく瞬間だ。

3-5. 帰り道に、ひとつだけ書き留める

旅の終わりに、いちばん心が動いた場面をひとつだけメモに残す。景色でも、誰かとの会話でもいい。なぜそこで心が動いたのかを言葉にすると、自分が旅に何を求めているのかが少しずつ見えてくる。

自分自身との関係をつなぎなおすことも、旅の大切な働きだ。書き留めたことは、次の行き先や過ごし方を選ぶときの、自分なりの物差しにもなる。

4. 全部を背負わなくていい。楽しさを手放さない続け方

ここに並べたことを、一度の旅ですべてやる必要はない。旅はまず、楽しいものであっていい。次の旅でひとつだけ試して、心地よかったものを残していく。そのくらいの温度のほうが長く続く。

合わない方法があるのも自然なことだ。休みが見頃の週末にしか取れない人にとって、時期をずらすのはむずかしい。それなら、名所での滞在を少し短くして、となりの町で食事をするだけでもいい。ひとりで静かに歩きたい人には、ガイドツアーがかえって窮屈に感じられることもあるだろう。

認証の有無を気にしすぎる必要もない。認証を取っていない小さな宿や店にも、土地に根ざした工夫を続けているところはある。認証の名前はあくまで手がかりのひとつで、宿の人と話して初めて分かることも多い。

限られた時間で名所を効率よく回りたい旅には、この考え方はまどろっこしく感じられるかもしれない。そういう旅があってもいい。毎回完璧を目指すより、ときどき思い出すくらいの距離で付き合うほうが、旅人にとっても迎える地域にとっても無理がない。

5. まとめ

日本のサステナブルツーリズムは、国際基準とつながる物差しと法律の骨組みがそろい、半島・市・村といった地域ごとの単位で動きが続いている段階にある。課題として残るのは、旅人の集まり方の偏りと、迎える側が抱える「来てほしい、でも来すぎると困る」という葛藤だ。

そのすき間を少しずつ埋めていけるのは、旅をする一人ひとりの選び方でもある。人と自然、人と人、そして自分自身との関係は、大きな決意よりも小さな寄り道からつなぎなおされていく。

次に名所への旅を計画するときは、地図で目的地のとなりの町や谷をひとつ選び、行程に30分だけ寄り道の時間を入れておくといい。

【参照記事】

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Livhub 編集部

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